勝ち癖にこだわって全日本制覇 次は海外での活躍を誓う
青森県のアスリート、フェンシング(サーブル)の坪颯登選手(日本体育大学4年)は、2024年の「全日本フェンシング選手権」で優勝を果たした実力者です。日本一に輝き、新たな目標は海外でも勝ち上がれる選手になること。24年には出場がかなわなかった夢の舞台に今度こそ立つべく、次の28年大会に向けて意気込んでいます。
元選手である父の影響を受け、ライバルは兄
フェンシングにはエペ、フルーレ、サーブルと3種目あり、エペとフルーレが「突き」だけの競技なのに対し、サーブルは「斬り(カット)」も加わることでよりダイナミックな攻防が特徴です。
坪選手にとってフェンシングは、元選手である父の影響で3歳の頃から体育館に行き、おもちゃの剣を持って遊んでいたのがはじまり。本格的に競技をはじめた頃の最大のライバルが、フルーレ種目で以前に日本代表経験があり、現在はコーチとして働いている2歳上の兄・颯馬(そうま)選手でした。
「『プレ、アレ(はじめ)!』の合図でお互いダッシュで駆け寄り剣を振り回す。『お兄ちゃんに負けたくない!』だけなので、いま映像を見返すと恥ずかしいです(笑)。どんな相手にも負けるのが悔しいから、泣きながら両手で剣を持って突いたこともありました(笑)」
勝負に対する思いの強さ、そして武器である「スピード」を活かすべく、中学2年のときに坪選手は本格的にサーブルへの挑戦を決意。そして、19年の「アジアカデ(U17)選手権大会」では、個人戦決勝で同世代のライバル小久保真旺(まお)選手を破り、優勝しました。
地元・青森の「祭り」や「海の幸」は活力
幼少期を過ごした青森県黒石市から、フェンシングが盛んな同県むつ市に転居し、日本フェンシング協会の推薦で「JOCエリートアカデミー」に入るため、中学3年で上京。大好きな地元を離れる寂しさや不安を抱きながらも、トップアスリートとして強さに磨きをかけられる環境に身を置ける喜びにあふれていました。
明治安田「地元アスリート応援プログラム」の存在は、青森の指導者から教えてもらって知ったといいます。「自分が活躍することで地元に貢献できる、盛り上げることができるなら本当にうれしいし、すばらしい。今の僕があるのは地元・青森での支えやサポートがあったからこそで、このプログラムを通して恩返しできるかもしれないと思いました」
地元・青森の“祭り”や“海の幸”は今も坪選手を支える活力で、世界と戦う源です。
「黒石といえば『ねぷた』と『よされ』。子どもの頃から慣れ親しんできたので、僕にとって夏といえば『祭り』。むつ市は海に近く、海産物が最高においしい。特にホタテやマグロは最高で、大会や合宿を終えて久しぶりに帰省したときにおいしい地元の海産物を食べるだけで癒やされます」
今でも帰省すれば多くの人から「頑張ってね」「応援しているよ」と声をかけられ、「大切な地元の方たちに喜んでもらえるように頑張りたい、と心から思えるし、競技人生において自分を助けてくれる活力」と言います。地元でライブ配信された海外試合を見て、「あの試合良かったね」と感想を述べてくれる人もいるそうです。
悔しさをバネに全日本選手権で優勝
日本体育大学では23年2月にフランス・ドゥルダンで行なわれたジュニアワールドカップで個人準優勝。同年3月には全日本選手権大会個人戦で6位に入るなど、国内でも安定して勝てるようになりました。
残念ながら24年に開催された4年に1度の夢舞台は団体で出場をめざしましたが、日本は団体戦の枠を獲得できすることができず、個人1名の出場となった結果、坪選手の出場はかないませんでした。ただ、悔しさをバネに新たな目標を掲げ、「全日本選手権の個人で優勝することが一つ。もう一つの目標が、海外大会でメダルを獲得すること」と力強く宣言します。
全日本選手権制覇に向けて坪選手は、「勝ち癖」をつけることを意識しました。「ナショナルチームでいつも一緒に練習しているライバルを倒さなければ日本一になれないので、トレーニングのときから勝ち癖にこだわりました」。そして24年9月に迎えた本番、自信をつけて大会に臨み見事、宣言どおり優勝を成し遂げました。
「大会には『冷静さ』をテーマに掲げて挑み、徐々に落ち着いてプレーできて良いペースをつかみました。相手を翻弄するステップワークなど得意とする攻撃的戦術を焦らず、淡々と、自分らしくプレーで表現できたことが勝因だったと思います。準決勝の対戦相手は、代表クラスの手ごわい相手でしたが、ナショナルチームの練習では良い感覚をつかめていたため、自信はありました。決勝戦は内容的にはあまり良くなかったですが、最後の最後でも冷静になって戦えて、優勝が決まった瞬間は素直にうれしい気持ちと、支えてきてくれた方々への感謝の思いが強かったです」
明治安田の青森支社からは日本一の祝勝会が
日本一に輝き、家族や友人など小さい頃から応援してくれていた方々から祝福のメッセージが届きました。明治安田「地元アスリート応援プログラム」に参加してからは応援してくれる方々が増えたことも相まって、全日本選手権優勝の反響は大きく、明治安田の青森支社は祝勝会を開いてくれたといいます。
「日頃からのサポートに加え、優勝に際して大きなパネルで祝福してもらい、うれしい気持ちでいっぱいです。祝勝会で優勝報告したときには、『あの場面はどういう気持ちで戦っていたの?』や『剣の操作はどうやっているの?』など具体的な質問もしてもらい、競技への興味を感じたので、心の底から応援していただけていると思うと感動しました」
フランス人コーチの指導で夢舞台へ
祝福を受けた坪選手に芽生えた新たな気持ちは「さらに良い結果を残して恩返ししたい」。日本の頂点に立ったあとは海外で勝ち上がれる選手になることをめざし、最大の目標として掲げるのは、全世界が注目する4年に1度の国際舞台です。
「24年は世界最高峰の大会に出場できませんでしたが、次の28年大会に出場してメダルを獲得することが大きな目標です。そのために国内で全日本選手権連覇することはもちろん、アジア選手権、世界選手権、ワールドカップ、グランプリで個人・団体ともにメダル獲得をめざします。ナショナルチームではフランス人のジェローム・グース(ヘッドコーチ)に指導してもらっていて、今までにないプレーや戦術を教えてもらっているので、コーチから多くを吸収していければ夢をつかめるはずです」
現在、日本体育大学4年の坪選手はティー・ユー・ビーアソシエイツとスポンサー契約を締結。大学卒業後はアスリート社員となり、競技に集中できます。日本一という結果を残して今後に大きな期待がかかるサーブルのホープは、夢舞台で活躍することで「サーブルが面白いと思ってもらえるファンを増やしたいです」と強く意気込んでいます。
(編集:4years.)
※プロフィール画像 Ⓒ(公社)日本フェンシング協会