誰にも越えられないタイムで記録更新を パラ水泳界のエース候補
佐賀県のアスリート、パラ水泳の坪井夢輝選手(ブリヂストンカンツリー倶楽部所属)は、2023年6月にフランスで行なわれた国際大会では男子4×50mリレー、4×100mリレーでともに準優勝、10月の特別全国障害者スポーツ大会では25m自由形で大会新記録を出して優勝するなど、輝かしい実績を重ねているパラ水泳界の期待のエースです。
社会人としての自覚を持って挑む世界
23年春、中原特別支援学校を卒業し、地元・佐賀県鳥栖市のブリヂストンカンツリー倶楽部に就職した坪井選手は、社会人アスリートとしてパラ水泳で記録に挑戦しています。
坪井選手が水泳をはじめたのは2歳半の頃でした。祖母がコーチで、2人の姉と叔母もやっていたことがきっかけでした。「最初はうまく泳げなくて、毎日プールに通うのが大変で、あまり楽しくなかった」と言いますが、「仲間も増えて、小学6年ぐらいからは楽しいと思えるようになりました」。姉たちが引退した現在は、妹とプールに通い、毎日の練習に励んでいます。
得意な種目は自由形。中学3年の頃から大会で上位入賞の成績をあげ、「賞状をもらえるとうれしい」と坪井選手は言います。21年12月の全国知的障害者水泳競技大会では、50m自由形、100m自由形、200m個人メドレーの3種目を制しました。しかし、いずれも「自己ベストのタイムに届かなかったので、優勝はしたけれども納得できる泳ぎではありませんでした」と、順位だけでは満足しません。
学校やクラブに恩返しを、地域には貢献を
明治安田「地元アスリート応援プログラム」は、佐賀県障がい者スポーツ協会(現・佐賀県パラスポーツ協会)の藤井洋恵さんから推薦してもらいました。鳥栖市で生まれ育った坪井選手は、幼い頃から「地域の人たちに『夢輝、夢輝』と可愛がってもらったことが今でも忘れられません」。自分に自信が持てるようになったのも、いつも「夢輝、頑張れ!」「大丈夫だよ」と温かい言葉をかけてくれた支援学校の先生方やベストスイミングクラブ鳥栖のコーチたちのおかげだといいます。
22年6月の九州障がい者水泳選手権では、50m、100m、400m自由形の3種目で優勝し、大会記録もマークしました。そんな坪井選手の力になっているのが、コーチからの「お前ならできる」との言葉でした。「自分ならできる」と鼓舞し、25mの日本記録まで約0秒3、50mは1秒半まで迫りました。
「いつも変わらずに応援してくれる先生方、学校やクラブに少しでも恩返しをしたいし、地元に貢献をしたい。家族への負担も少しは軽くなる」と考え、プログラムに応募してみようと決めました。
佐賀県の中でも鳥栖は、坪井選手にとって特別な街です。「子どもの頃は友達とサッカーやバスケットボールをして遊びましたし、好きなスポーツブランドが数多くそろっているアウトレットモールには、今でもたまに家族や友達と出かけています」。心のよりどころといえば、「同年代の仲間がいることで、苦しい練習にも前向きに取り組める」というベストスイミングクラブ鳥栖と、「家族とリラックスして過ごせる」という自宅が真っ先に頭に浮かびます。
初の国際大会で好成績を出すも痛感した課題
23年、坪井選手ははじめて日の丸を背負って国際大会に出場しました。6月にフランスで行なわれた「ヴィシー2023Virtusグローバルゲームズ」の舞台に立ち、まず感じたのが雰囲気の違いでした。
「やっぱりすごいなと思いました。会場の雰囲気と、選手の雰囲気もすごくて、ちょっと焦りました。海外の選手はレースの後半になってもペースが落ちない選手がたくさんいて、刺激になりましたね」
この大会で坪井選手は、男子4×50mリレー、4×100mリレーで日本新記録をマークし準優勝、個人100m自由形では7位の成績を収めました。
そして日本に戻った坪井選手は、国際大会で痛感した課題を意識した練習に取り組み、7月の日本知的障害者選手権水泳競技大会では100m自由形優勝。8月のインクルーシブ水泳競技大会でも100m自由形優勝、50m自由形準優勝など、多くの実績をあげてきました。
10月に鹿児島県で開催された特別全国障害者スポーツ大会では、25m自由形で大会記録の11秒44をマークし優勝しました。
オフシーズンには、ブリヂストンカンツリー倶楽部で職場の同僚とゴルフをするなど、水泳以外も練習に取り入れました。ゴルフは体幹のトレーニングになるそうです。
良い結果を出して地元鳥栖に報告したい
充実のオフシーズンを過ごし、24年5月にシーズン最初の大会、横浜国際プールで行なわれたジャパンパラ水泳競技大会に参加しました。結果は、5種目に出場し、100m自由形、200m自由形、200m個人メドレーでそれぞれ銀メダル獲得という好成績を収めました。
「ジャパンパラでは納得のいく泳ぎができ、いいタイムも出ました。そこは納得しているけど、順位に納得がいかなかった。ほぼタッチの差で負けたので、そこは悔しかった」と、結果に満足していません。
24年9月のフランスでの国際大会は残念ながら出場を逃しましたが、今後は25年のアジアユースパラ競技大会、26年に名古屋で行なわれるアジアパラ競技大会、そして4年後にアメリカである世界最高峰の大会などにすでに視線は向いています。
「そこで良い結果を残して、地元鳥栖に報告できるようにしたい」と目を輝かせます。
そしてもう一つ、坪井選手がめざすのが日本新記録の更新です。
「25mのベストは11秒39で、惜しいところで切れなかった。日本記録も伸びていますが、自分が抜けるなら、みんなが抜けないような日本新記録を出したい」
24年シーズンは好スタートを切った坪井選手。今後はどれだけ結果を残し、鳥栖にうれしい報告ができるのか、そして自身の目標である日本新記録がどこで飛び出すのか。次代のエース候補の活躍に、地元・鳥栖だけでなく、日本中が注目しています。
(取材・制作:4years.)
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