「全大会で1位を譲らない」熱い思いを抱く日本パラ水泳のエース
佐賀県のアスリート、パラ水泳の坪井夢輝選手(ブリヂストンカンツリー倶楽部所属)は、2024年5月の「ジャパンパラ水泳競技大会」100・200m自由形で準優勝し、25年1月の「日本知的障害者選手権新春水泳大会」200m自由形で優勝を果たすなど、国内大会では輝かしい実績を重ねるとともに、結果に満足せずに飽くなき挑戦を続けるパラ水泳界のエースです。
社会人としての自覚を持って挑む世界
23年春、中原特別支援学校を卒業し、地元・佐賀県鳥栖市のブリヂストンカンツリー倶楽部に就職した坪井選手は、社会人アスリートとしてパラ水泳で記録に挑戦しています。
坪井選手が水泳をはじめたのは2歳半の頃でした。祖母がコーチで、2人の姉と叔母もやっていたことがきっかけでした。「最初はうまく泳げなくて、毎日プールに通うのが大変で、あまり楽しくなかった」と言いますが、「仲間も増えて、小学6年ぐらいからは楽しいと思えるようになりました」。
得意な種目は自由形。中学3年の頃から大会で上位入賞の成績をあげ、「賞状をもらえるとうれしい」と坪井選手は言います。21年12月の「全国知的障害者水泳競技大会」では、50m自由形、100m自由形、200m個人メドレーの3種目を制しました。しかし、いずれも「自己ベストのタイムに届かなかったので、優勝はしたけれども納得できる泳ぎではありませんでした」と、順位だけでは満足しません。
良い結果を報告することが地元への恩返し
明治安田「地元アスリート応援プログラム」は、佐賀県障がい者スポーツ協会(現・佐賀県パラスポーツ協会)の藤井洋恵さんから推薦してもらいました。鳥栖市で生まれ育った坪井選手は、幼い頃から「地域の人たちに『夢輝、夢輝』と可愛がってもらったことが今でも忘れられません」。
24年には、明治安田のイベントで地元のJリーグ・サガン鳥栖のゲームを観戦しました。「結構、昔は(観戦に)行っていましたが、最近は行けていませんでした。楽しさをお客さんに与えられたらなって気持ちになりました」と振り返り、サポータを鼓舞するサガン鳥栖の選手と大会で会場を盛り上げる自身の姿を重ね合わせたそうです。
さらに、大会の結果報告で明治安田の方から、「おめでとう」とお祝いの言葉をもらったり、職場のゴルフ場でお客さまに「頑張ってね」「応援しているよ」と声をかけられることが力になっています。地元でも有名人になってきましたが、坪井選手は「まだまだこれからですね」とはにかみます。
地元で声をかけてもらったり、応援してくれることが力になっているという坪井選手は、「泳ぎの結果を報告することが一番じゃないかなと思っています」と言うだけに、結果にもこだわりをみせます。
初の国際大会で好成績もあらたな目標を抱く
23年、坪井選手ははじめて日の丸を背負って国際大会に出場しました。6月にフランスで行なわれた「ヴィシー2023Virtusグローバルゲームズ」の舞台に立ち、まず感じたのが海外選手の違いでした。
「海外の選手はレースの後半になってもペースが落ちない選手がたくさんいて、刺激になりましたね」
この大会で坪井選手は、男子4×50mリレー、4×100mリレーで日本新記録をマークし準優勝、個人100m自由形では7位の成績を収めました。
そして日本に戻った坪井選手は、国際大会で痛感した課題を意識した練習に取り組み、7月の日本知的障害者選手権水泳競技大会では100m自由形優勝。8月のインクルーシブ水泳競技大会でも100m自由形優勝、50m自由形準優勝など、多くの実績をあげます。
10月に鹿児島県で開催された特別全国障害者スポーツ大会では、25m自由形で大会記録を0.2秒更新する11秒44をマークし優勝しました。
この頃から坪井選手は、「25mのベストは11秒39で、惜しいところで切れなかった。日本記録も伸びていますが、自分が抜けるなら、みんなが抜けないような日本新記録を出したい」、と記録にもこだわりを持つようになりました。
悔しさを糧に不動の王者をめざす
24年シーズン最初の大会は、5月に横浜国際プールで行なわれたジャパンパラ水泳競技大会でした。5種目に出場し、100m・200m自由形、200m個人メドレーでそれぞれ銀メダル獲得という好成績を収めました。
「ジャパンパラでは納得のいく泳ぎができ、いいタイムも出ました。そこは納得しているけど、順位には納得がいきませんでした。ほぼタッチの差で負けたので、そこは悔しかったです」と、結果に満足していません。
その後は、順調に表彰台の中央に立ち続けますが、10月に地元・佐賀で行なわれた「全国障害者スポーツ大会」の25m・50m自由形では準優勝という結果に。前年の鹿児島で優勝し、連覇がかかる大会だっただけに、悔しさがこみ上げました。
「連覇もあったし、地元でもあったから、ここは負けられないという気持ちが強かったです。全体的には調子が良かったとは思っています」
現在、「全部の大会で1位を譲らないこと。記録もあるけど、国内ランキングで1位に居続けることが目標です」と坪井選手はさらに高みを見据え、新たな決意を胸にしています。
24年の11月からは、より刺激のもらえる選手がいる「ビートスイミングクラブ小城」に練習場所を移しました。「自分も刺激がもらえるし、チームメイトにも刺激を与えられる。野口雅貴コーチの熱心な指導を受け、モチベーションアップ、維持をうまく促してくださるおかげで、確実に成長できていると思います」
前回の世界最高峰の大会は残念ながら出場を逃しましたが、3年後の大会には「まあ、自分の想像だけど、出れるんじゃないかなと思っています」と自信が持てるほど、現在は好調を維持している坪井選手。
そのためにも、1年1年の積み重ねが大切だともいいます。目標は、揺るがない国内ランキング1位の存在になること。そんな坪井選手は、飽くなき挑戦に向け、仕事も両立しながら、国内王者の座を維持すべく、今日もストイックに練習を続けています。
(編集:4years.)
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