練習環境が変わり充実の日々 さらなる飛躍へ飛び続ける!
静岡県のアスリート、体操(トランポリン)の海野大透(うんの ひろと)選手(サン所属)は、2024年ワールドカップポルトガル大会シンクロナイズド競技3位、故障から復帰した25年は全日本トランポリン競技選手権大会で3位に。自身の活躍を通してトランポリンをもっと知ってほしいと競技の普及にも努めています。
「跳ぶだけで世界が変わる」トランポリンに魅了
海野選手が、トランポリンにはじめて乗ったのは3歳のころでした。実家で祖母が「静岡トランポリンクラブ」を経営していたこともあり、「どちらかといえばレクリエーションの感覚だったかもしれません」と本人は振り返りつつも、「ちょっと跳ぶだけでも世界が変わるのが気持ち良かった」と、トランポリンに魅了されていきます。
平日は放課後に2~4時間、土日は6~7時間、父親の大輔さんの指導を受け技術を磨いていた海野選手。その厳しい練習で身につけたのが、ジャンプの滞空時間と高さでした。一般の選手は1本のジャンプでの平均滞空時間が2.0~2.1秒とされていますが、海野選手の場合は2.2秒を超えています。
トランポリンは10回の連続ジャンプで技を組み合わせていく競技。そのため、海野選手は1回の演技で空中にいる時間がほかの選手より計1~2秒も長くなることになりその分、高いレベルの技を繰り出すことができるのです。
けがと反抗期による半年の空白からの復帰
次世代のエースとして成長を続けてきた海野選手でしたが、一度だけ競技から離れたことがありました。
高校1年の夏、着地に失敗し両足の脛骨骨端線損傷という大けがを負います。治療とリハビリに3ヵ月。「当時、反抗期だったと思うんです。父親とけんかしたり、付き合っていた彼女もいたりして、そっちばっかりに夢中になってしまって……」。さらに3ヵ月、合計半年もの期間、トランポリンに乗らない毎日を過ごします。
それでも徐々に湧き上がるのはトランポリンへの思いでした。「跳ぶっていう毎日の習慣がなくなって、遊びに出かけてもどこか楽しくなくて。結局、トランポリンに戻りました。やっぱり新しい技ができたり、自分で思いどおりに動かせたりする感覚は気持ちいいんです」
浜松修学舎高校から静岡産業大学に進学するころから国際大会にも出場するようになり、2021年の世界選手権では団体銀メダルに。大学を卒業した22年には地元企業の「サン」に就職。働きながらも競技を継続し、22年10月の全日本トランポリン競技選手権大会で準優勝、川崎トランポリンジャパンオープンでは優勝という大きな結果を残しました。
ここまで順調に実績を積み重ねてきた海野選手ですが、24年は苦難のシーズンとなってしまいました。
世界大会の代表選出をめざして練習を積み重ねてきましたが、体調不良と足首の捻挫、かかとの骨折、腰椎捻挫とけがが続き、本来の調子を取り戻すことができず、思うような成績を残せなくなりました。結果的に24年の夏の国際大会への出場は断念。国内ランキングも7位にまで落ちてしまいました。
そんな苦しい年になりましたが、海野選手は「24年は故障もあり、苦労したけれど練習を見直すなどケアを入念にするようになった点は収穫があった」と振り返ってくれました。
その無念は25年に晴らしてくれました。故障が癒え、本来のコンディションに戻った海野選手は新たに取り入れたウェートトレーニングの成果も出てパワーアップ。9月に行なわれた国民スポーツ大会では準優勝、そして全日本トランポリン競技選手権大会では3位と本来の実力を見せてくれました。
飛躍の裏にはさらなる進化が。10月から海野選手は地元静岡を離れて、東京都北区にあるナショナルトレーニングセンターへ練習拠点を移し、それに合わせてコーチも変更。「元選手の方がコーチしてくれるので、今までよりも自分の感覚で伝えやすくなりました」と、早くも海野選手もフィットしていると感じています。
さらに練習相手が日本トップクラスの選手たちばかりなので、練習時から気合が入る様子。「以前よりも頭を使って練習しないといけないので、練習の質が上がった気がします」と、手応えを感じています。
こどもたちと戯れた真夏のトランポリン教室
海野選手自身、トランポリンはまだまだマイナー競技だと感じています。
「人にトランポリン競技をやっていると話したときに、『あれって跳んでるだけでしょ』って言われるのは悲しいです」と海野選手は苦笑いを浮かべますが、「ジャンプは喜びの表現」とも語ります。
弾むという行為で人は楽しい気持ちになったりうれしさを他者に伝えたりしますが、そのポジティブな感情を持ったトランポリン競技の面白さ、すばらしさを多くの人に知ってほしいと願っています。
そのためにも、トランポリンの大会を単なる競技発表の場にとどまらず、スポーツエンターテインメントの舞台に変えていけるよう、見せ方や演出などを工夫していきたいと海野選手は目を輝かせます。
そうした思いがあるなかで、明治安田「地元アスリート応援プログラム」に参加し、25年はイベントにも参加。こども向けのトランポリン教室でこどもたちとともに汗を流しました。
「トランポリンがはじめてというこどもも多く、楽しんでもらえたようでうれしかった。真夏だったのでみんな汗だくになっちゃって。以前よりもこどもが好きになったかもしれないです(笑)」と、海野選手自身、楽しんでいる様子でした。
選手として見る人を驚かせる演技をするだけでなく、社会人として、アスリートとしてトランポリンをもっと広めていきたい――。自身のキャリアを通して、そんな大きな目標を抱いています。
離れたからこそ湧き上がる、地元静岡への思い
静岡から世界へ。その思いは以前から強かった海野選手ですが、拠点を東京に変えてからさらにその思いが強まり、「地元の良さを感じる」と言います。
地元に帰るとサイクリングやドライブに出かけ、景勝地・日本平から静岡市の夜景を見下ろしてリラックスするそうです。
地元を流れる安倍川もお気に入りの場所です。2日に1度は30分ほど、川の周辺をランニングしています。「水が流れる音と風が気持ち良いですし、名物の安倍川餅もおいしいですよ。静岡市は海も川も山も近く、自然に囲まれた街なので好きです」
当面の目標は11月に開催される世界選手権での優勝、そして国民スポーツ大会でのメダル奪取。その先には自身が強く願うトランポリンの普及、メジャー競技にするためのチャレンジが待っています。
故障を乗り越え、ひと回り大きな成長を遂げた海野選手。その躍進はとどまることはないでしょう。
(編集:4years.)