馬とともに描く夢 障がいがある子どもたちへ「夢を持ち続けて」
東京都のアスリート、パラ馬術の吉越奏詞(そうし)選手(岡本ライディングジャパン、小泉所属)は、高校3年で出場した2018年世界馬術選手権6位入賞を皮切りに、21年は世界最高峰のパラスポーツ大会にも出場。23年には国際大会、全日本パラ馬術大会で優勝するなど実績を重ね、パラ馬術界のホープとして注目されています。
馬に乗って歩けるようになった喜び
23年春に日本体育大学を卒業した吉越選手は、アスリート社員として住宅設備総合商社の株式会社小泉に入社。現在も営業スタッフとして従事するとともに社会人アスリートとして国内だけでなく、乗馬の本場、ヨーロッパでも国際大会に出場しています。
吉越選手がはじめて馬に乗ったのは、幼児期のとき。地元・目黒区の碑文谷公園で行なわれていたポニー教室に6歳違いの兄が通っており、先天性の脳性まひという障がいを持って生まれた吉越選手も馬に興味を示しました。そこで、母親が地元の療養型医療施設「すくすくのびのび園」に掛け合い、ポニーセラピーを受けられる乳幼児コースが開設されました。
「他のリハビリは嫌がって泣いていたらしいのですが、ポニーセラピーだけははじめから怖がりもせず笑っていたそうです。そのときから楽しかったんだと思いますし、その気持ちは今でも変わりません。僕は、生まれたときに『将来、車いす生活になる』と言われていたのですが、馬に乗って歩けるようになりました。その喜びもとても大きかったです」
中学1年のときに、世界最高峰のパラスポーツ大会が東京で開催されることが決定しました。その瞬間、吉越選手の中で乗馬が「リハビリ」から、「大会」という明確な目標となり、目標を掲げて取り組む「競技」へと変わったのです。
「開催決定の翌日、朝ご飯を食べながら家族に『パラ馬術で出場したい!』と宣言しました。馬術は“人馬一体”という言葉のとおり、馬との信頼があってこそ成り立つスポーツ。僕は、体の右側が弱いんですが、それを馬も分かってくれているみたいで、いつも守るような動きをしてくれるんです。僕は、芸術ともいえる馬の美しさをどれだけ引き出してあげられるか、いつも意識しています」
その熱い思いを込めて書いた作文は、東京都教育委員会賞を受賞。「その後、島根県で開催された全国障がい者馬術大会の3部門で優勝しました。そのときには、夢ではなくて実現できる、したいっ!という気持ちに変わりました。島根県の方からも『頑張ってください』と応援の言葉もいただき嬉しかったです。」
障がいがあるすべての人に馬のすばらしさを伝えたい
明治安田「地元アスリート応援プログラム」に応募したのは、目黒区役所の職員からの紹介がきっかけでした。「地元だけでなく自分が活躍することで、パラ馬術を全国に広めたい」と話します。
「馬術はとてもお金のかかる競技で、負担が大きいことを相談したところ、このプログラムを教えてもらい、ぜひ参加したいと思いました。僕の生い立ちや経験を障がいを持った方や子どもたちにも知ってほしいし、少しでも力にしてほしくて。それに何よりも実際に馬に触れ合い、喜びを感じてもらいたいんです」
22年は4月のベルギー大会からヨーロッパでの国際大会に出場し、8月にデンマークで行なわれた世界馬術選手権では10位。以降、国際大会にも積極的に出場しているので、海外遠征の費用は高額になります。また、馬術ならではなのがパートナーとなる馬にかかるお金です。
「22年8月の10位は、そのときに組んだデュエット号との中ではベストな順位でした。馬術は、乗る馬は決まっていません。それぞれの大会で、前もってマッチングしてパートナーを選びます。大会によっては、今回もあの馬に乗りたいという希望は出せますが結構値段がかかります。パートナー選びのポイントは、自分の意思をちゃんと聞いてくれる、自分の障がいを理解してくれる馬に出会えるかということですね。」
2大会連続の世界大会出場をめざして
吉越選手が尊敬するアスリートは、同じパラ馬術でいくつもの金メダルを獲得している英国のリー・ピアソン選手です。
「馬の良さを引き出す工夫がすばらしいベテラン選手です。人柄もすばらしくて、機嫌が悪いところを見たことがありません。僕のような若い選手にも気さくに話しかけてくれて、いつも勉強させてもらっています。僕も、ピアソン選手のように一生のライフスタイルとして馬術を続けていきたいです」
23年は4月のベルギー大会を皮切りに、海外を転戦し、9月のポーランド・ワルシャワで開催された国際大会で優勝。11月の全日本パラ馬術大会でも頂点に立ち、24年9月にある世界最大のパラスポーツ大会に向けて実績を重ねています。
「どんどん世界中がレベルアップしている中で、切磋琢磨できることがすごくうれしいです。ポーランドでは、強豪が多い中で優勝できて、ますます世界大会に出たいという気持ちが強くなりました」と語る吉越選手。2大会連続の世界大会出場に向け、気力は十分です。
メダルの先に見る夢 馬と触れ合う場を増やしたい
ビザの関係で1回の遠征では90日に一度帰国する必要があります。ヨーロッパへの遠征は、国際大会に出場することだけが目的ではなく、その前後の本場での練習も欠かせません。
ヨーロッパでは馬術専門の番組もあり、親しみやすい競技となっています。吉越選手も参戦した際、競技場を歩いていると「日本人だ、こんにちは。さっきの演技は良かったよ」と声をかけられたこともあり、フレンドリーな環境を楽しんでいます。
「障がい者のリハビリになる乗馬プログラムが浸透しているのも、競技の本場も、やはりヨーロッパです。お金はかかりますが、現地を見ないことには強くなれないんです。支援金は大切に使わせていただき、僕が十分な成績を残すことで、これまでお世話になった地元・目黒の方々や応援してくださっているすべての方々に恩返ししたいです」
障害馬術のボランティアにも参加していて、そこでも変化を感じています。
「まずは世界大会でメダルを獲得したいという目標がありますが、その先には子どもから大人まで馬に親しんでもらって、少しでも障がいを克服してもらったり、馬と触れ合える場を増やしたりしたいという夢があります」
吉越選手が帰国した際に必ずといっていいほど立ち寄るのが、自宅から10分ほどで行ける自身の原点でもある碑文谷公園です。
「今でもよくのぞきに行って、ポニーに会ったりします。体が大きくなったので、もうポニーには乗れないですけどね」
「障がいのある子どもたちには、もっともっと上をめざしてほしい。夢を持ち続けてほしい」という吉越選手。お世話になっている地元の人々だけでなく、障がいがある全国の子どもたちにも勇気を届ける吉越選手は、馬とともに一歩一歩着実に夢に向けて歩みを続けています。
(取材・制作:4years.)