夢は大きく、4年に1度の世界大会で10大会連続出場のギネス記録
東京都のアスリート、パラ馬術の吉越奏詞(そうし)選手(岡本ライディングジャパン、小泉所属)は、高校3年で出場した2018年世界馬術選手権6位入賞を皮切りに、24年は世界最高峰のパラスポーツ大会に2大会連続出場するなど実績を重ねるパラ馬術界のホープ。夢は大きく、世界大会でのギネス記録をめざしています。
リハビリで唯一泣かなかったホースセラピー
吉越選手がはじめて馬に乗ったのは、幼児期のとき。地元・目黒区の碑文谷公園で行なわれていたポニー教室に6歳違いの兄が通っており、先天性の脳性まひという障がいを持って生まれた吉越選手も馬に興味を示したそうです。
そこで、母親が地元の児童発達支援「すくすくのびのび園」に掛け合い、ホースセラピーを受けられる乳幼児コースが開設されました。
「他のリハビリは嫌がって泣いていたらしいのですが、ホースセラピーだけははじめから怖がりもせず笑っていたそうです。そのときから楽しかったんだと思いますし、その気持ちは今でも変わりません。僕は、生まれたときに『将来、車いす生活になる』と言われていたのですが、馬に乗って歩けるようになりました。その喜びもとても大きかったです」
吉越選手が中学1年のときに、世界最高峰のパラスポーツ大会が東京で開催されることが決定しました。その瞬間、吉越選手の中で乗馬が「リハビリ」から「大会」、そして目標を掲げて取り組む「競技」へと変わったのです。
「開催決定の翌日、朝ご飯を食べながら家族に『パラ馬術で出場したい!』と宣言しました。馬術は“人馬一体”という言葉のとおり、馬との信頼があってこそ成り立つスポーツ。僕は、体の右側が弱いんですが、それを馬も分かってくれているみたいで、いつも守るような動きをしてくれるんです。僕は、芸術ともいえる馬の美しさをどれだけ引き出してあげられるか、いつも意識しています」
その熱い思いを込めて書いた作文は、東京都教育委員会賞を受賞。「その後、島根県で開催された全国障がい者馬術大会の3部門で優勝しました。そのときには、夢ではなくて実現できる、したいっ!という気持ちに変わりました。島根県の方からも『頑張ってください』と応援の言葉もいただきうれしかったです。」
障がいがあるすべての人に馬のすばらしさを伝えたい
その後、吉越選手は高校3年で出場した18年の世界馬術選手権で6位入賞を飾るなど実績を重ねるなか、22年に明治安田「地元アスリート応援プログラム」に応募したのは、目黒区役所の職員からの紹介がきっかけでした。
「馬術はとてもお金のかかる競技で、負担が大きいことを相談したところ、このプログラムを教えてもらい、ぜひ参加したいと思いました。僕の生い立ちや経験を、障がいを持った方や子どもたちにも知ってほしいし、少しでも力にしてほしくて。地元だけでなく自分が活躍することで、パラ馬術を全国に広めたかった」と、当時を振り返ります。
「馬術は乗る馬は自分で探さないといけません。私の障害を理解してくれる馬と出会えるかが大切です。相性の良い馬と試合にでるために経済的負担は大きいです」
その後、吉越選手は23年は4月のベルギー大会を皮切りに海外を転戦し、9月のポーランド・ワルシャワで開催された国際大会で優勝。11月の全日本パラ馬術大会でも頂点に立つと、24年6月にオランダで行なわれた最終選考の大会でも好成績をあげ、2大会連続で世界大会の出場を決めました。
2大会連続の世界大会出場の舞台裏
はじめて出場した世界大会は、自国開催だったため出場枠が4枠あったのですが、24年の大会の枠は2つのみ。吉越選手は「本当の実力を試す大会になったなと思い、誰が選ばれてもおかしくない状況でした」と振り返りますが、見事出場権を獲得。
そして、1回目の個人10位から、2回目は9位と順位を上げました。
「1回目はとても緊張してしまったので、2回目はきちんと楽しもうと思いました」と話してくれましたが、実はアクシデントもありました。パートナーのジュビーロ号が、輸送中に体調を崩していたのです。
「体調が戻ればいいなと思いながら出場しました。大会のときも、ジャビーロ号はかなり悪い状態だったんですが、出られればいいなと思って。ジャビーロ号も一生懸命頑張ってくれました。あの状況では、あの演技がベストだったと思います」と吉越選手は、パートナーの健闘を称えます。
そして、「世界大会では唯一、動物を介した競技になるので、そこが最大の魅力だと思っています。お互いに成長し合える競技だなと。自分が馬と息を合わせて一生懸命頑張ってるところを見てほしいです」と馬術の魅力も語ってくれました。
夢は世界大会10回連続出場とギネス記録
世界大会で結果を残し、帰国した吉越選手は明治安田の研修会に講師として参加しました。「皆さんに報告させていただき、温かい拍手をいただき、すごくうれしかった」。
さらに、地元・目黒区では、全区民に配布される区報で吉越選手の功績を大々的に取り上げました。「すごく感謝しています。バスの中とか、多分気付いているんだろうなっていう雰囲気を感じたり、碑文谷公園の乗馬クラブを卒業した子たちからは『目黒区報見たよ』って声をかけてくれて、大会の方も見てくれてましたね」
吉越選手は直近の目標として、11月に行なわれる全日本パラ馬術選手権の優勝をあげていますが、夢ははるか先にあります。
「障害馬術の選手で、(4年に1度の世界大会に)10回出た選手がいます。自分はギネス記録の12回に挑戦したい」
24年の世界大会、障害馬術では68歳のドイツの選手が銅メダルを獲得しました。障害馬術では、これまでは10回出場した選手がいるようですが、吉越選手はその記録を超える11回をめざすのではなく、今後10大会連続を目標にしています。吉越選手は現在24歳、10大会後でもまだ64歳と可能性は大いにあります。
同じ障害を持った子どもたち、吉越選手の思い出の碑文谷公園で乗馬に出合った人たち、現在はベテランが君臨する馬術競技に挑戦している若い選手、そして地元・目黒区で応援してくれる方々にとって、吉越選手の挑戦は大きな希望となるでしょう。
(編集:4years.)