5月2日、東京・歌舞伎座で尾上菊之助改め八代目尾上菊五郎、尾上丑之助改め六代目尾上菊之助の襲名披露興行の幕が上がった。初代から300年近く続く大名跡を八代目として受け継ぐ重み、約30年間名乗ってきた菊之助の名前を息子である丑之助さんに託す気持ち、八代目菊五郎として新たに挑みたいことなどについて聞いた。
不甲斐なさと憧れの間で走り続けた菊之助時代
歌舞伎座の「團菊祭五月大歌舞伎」で尾上菊之助さんが八代目尾上菊五郎を、丑之助さんが六代目尾上菊之助を襲名する襲名披露興行が開催中だ。その後歌舞伎座での「六月大歌舞伎」を経て7月には大阪松竹座、10月御園座、12月南座さらに26年の博多座と親子で襲名の1年を駆け抜けることとなる。
江戸時代に初代が尾上菊五郎を名乗って以来、300年近く続く名を受け継ぐことへの思いを八代目菊五郎さんはこう語る。
「父から菊五郎の名を『おめえ、継げよ』と言われてから、私なりに代々の菊五郎が成し遂げてきたことを勉強してまいりました。初代は京都から江戸へ出て、女形と立役の両方を演じるという礎をつくり、三代目は鶴屋南北と組んで江戸の歌舞伎を盛り上げ、その芸を磨き上げたのが五代目。六代目は踊りの神様と言われ、祖父梅幸が女形の芸、七代目の父が世話物と菊五郎の器を大きくしてきました。先人たちの作品・芸という宝物を受け継ぎつつ、さらに入り口を広げ、歌舞伎の魅力を多くの人に届けるためにできることは何かと考え、その道が少しずつ見えてきたところです」
今回の襲名で29年間名乗った菊之助の名前を長男が継ぐことになる。「私が菊之助を襲名したのは18歳。襲名披露興行の1年間は、理想とする五代目、六代目、七代目と自分を比べ、至らなさに打ちひしがれる日々でした。精一杯すぎて、精一杯だったことしか覚えていません。諸先輩方から歌舞伎について、芸について教えを受け、現代劇でも役をいただいたり、新作をつくり上げたりするなど数えきれないほど勉強させていただき、皆様に育てていただいた菊之助でした。29年間、毎月が転機だったと言っても過言ではありません。できない不甲斐なさと、こうなりたいという憧れを原動力に走り続けてきたように思います。息子は11歳で菊之助を継ぐのですから肉体的にも精神的にも大変なことでしょう。精神的にストレスフリーでいられるよう、父としてサポートしたいです。稽古後のお茶やご褒美飯の時間も大切にしています。妻の作る油淋鶏(ユーリンチー)は息子にとって元気飯のようです」
新古演劇十種の復活を八代目の使命として
八代目として成し遂げたいことの一つとして菊五郎さんは五代目がつくり上げた「新古演劇十種」の復活を挙げる。十種のうち「身替座禅」や「土蜘(つちぐも)」は上演の機会があるが、「羽衣」「茨木」「羅漢」「古寺の猫」「菊慈童」「一つ家」「刑部姫」「戻橋」は、ほとんど掛かることがない。
「新古演劇十種は“あやかし”を扱っている作品が多いです。『土蜘』は個人的に大好きな演目です。今掛かっていない新古演劇十種を復活させ上演したいです。父と息子と親子3代で新たな作品に挑めたら、こんなにうれしいことはありません」
七代目が「52年間名乗ってきた名前を変える気はない」と宣言したことで、長い歴史の中で初めて2人の菊五郎が並び立つ。5月夜の部の「弁天娘女男白浪」での七代目、八代目の共演にどんな声がかかるのか「戸惑いもあるが、楽しみ」と心境を語る。
「忠義や人情、人を思い、慈しむ恕(じょ)の心──。古典には日本人が大切にしてきたものが織り込まれ、生きるヒントになることがたくさん詰まっています。それを観(み)る人に役者のセリフや身体表現、音楽や空間の美しさを通してダイレクトにお届けできるのが歌舞伎の魅力だと考えています。お客様の心に芝居を通して前向きな力をそっと残す。私が一番したいのは、そんなことかもしれません」
新たな幕開けとなる襲名披露興行では「京鹿子娘道成寺」「弁天娘女男白浪」(5月)、「菅原伝授手習鑑」「連獅子」(6月)と音羽屋ゆかりの人気演目がそろう。華やかな祝いの場に足を運び、伝統と革新、舞台に満ちるエネルギーを体感したい。
松竹創業百三十周年「六月大歌舞伎」
昼の部では、歌舞伎三大名作の一つに数えられる「菅原伝授手習鑑」から、「車引」と「寺子屋」を上演。夜の部では令和5(2023)年9月の「秀山祭九月大歌舞伎」の「二世中村吉右衛門三回忌追善」で初めて菊之助、丑之助の親子で勤めた「連獅子」を上演する。
〈日時〉6月2日(月)〜27日(金)※10日(火)、19日(木)は休演。〈会場〉歌舞伎座(東京・銀座)〈料金〉1等席23,000円、2等席18,000円、3階A席8,000円、3階B席6,000円、1階桟敷席25,000円(税込み)〈出演〉八代目尾上菊五郎、六代目尾上菊之助 ほか〈チケット販売〉チケットホン松竹(10:00〜17:00)0570-000-489、チケットWeb松竹(24時間受け付け)
■お問い合わせ 歌舞伎座 TEL.03-3545-6800
Profile

八代目 尾上菊五郎さん
1977年生まれ、東京都出身。84年2月歌舞伎座「絵本牛若丸」で六代目丑之助を名乗り初舞台。96年、歌舞伎座「弁天娘女男白浪」の弁天小僧菊之助ほかで五代目尾上菊之助を襲名した。立役、女形ともに演じ、音羽屋ゆかりの芸から新たな役柄まで幅広い分野で高い評価を得る。古典歌舞伎や舞踊に尽力するとともに新作歌舞伎の企画・上演にも積極的に取り組んでいる。2025年歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」で八代目尾上菊五郎を襲名した。

