シンガー・ソングライターを1代目大江千里。2代目はジャズピアニストとしての自分。そして現在3代目としてポップスとジャズを融合させて楽しんでいるという大江さん。47歳でジャズを学ぶために渡米し、自分を更新し続ける日々。新たな音楽との関わり方と今夏の日本ツアーへの意気込みを聞いた。
キャリアを脱ぎ捨て自由になれた先に
1983年のデビュー以来、日本の音楽シーンに様々な色合いのヒット曲を刻んできた大江千里さん。もどかしい気持ちや素直になれない現実、恋の終わりの悲しさなどを心に届く言葉で編み、口ずさみたくなるメロディーに乗せてシンガー・ソングライターとしてポップシーンを彩ってきた。2008年、47歳の大江さんは「人生は一度きり」と「ずっと憧れていた」ジャズの世界に飛び込むべく、日本での音楽活動に区切りをつけ、愛犬ぴーすとともに米ニューヨークへと渡った。
「ニュースクールという音楽大学に入学し、ゼロからジャズを学びました。そこでは、当たり前ですが、それまでのキャリアやヒットはまるで通用しない。そんな世界で僕は『脱ぎ捨てる』ことに苦労しました。教室の隅っこで10代の若者に混じって冷や汗をかきながらもう一度音楽に向かい、学び直す──。そこにあったのは『圧倒的な敗北感』です。でも、それこそが自分を蘇生させ、自由にしてくれたんだと今は思います。あの時出会った先生や仲間、そしてジャズに足を向けて眠ることはできません」
夏の日本ツアーは、今年で4年目を迎える。日本で夏のツアーを始めようと思ったきっかけはふと湧き上がってきた「懐かしい気持ち」だと言う。
「ニューヨークでジャズという世界に飛び込み、18年間無我夢中で余分な自分をそぎ落とす日々の中で、かつて僕が音楽で生きていくことを支えてくれた皆さんの顔や日本の夏の情景がふと浮かびました。一生学びの途上にいる僕を支え、背中を押してくれたそんな面々に『今、こんなに面白いことをやっているよ』と報告したくなったんです。夏の日本ツアーは『移動教室』。ワクワク楽しみながら、新たな挑戦を盛り込んでいます」
毎日をゼロから始め最新の未熟を更新する
今夏のツアータイトルは「ふたつの宿題〜黒画用紙ではりつめて〜」。80年代に書かれた楽曲「ふたつの宿題」を今、ツアータイトルにした理由はどんなところにあったのだろうか。
「40年ほど前に書いた『ふたつの宿題』。当時は、答えの見えない未来への不安と憧れを歌っていました。ニューヨークで自分を一回壊してゼロからジャズを学び直した今の僕は『わからないことの面白さと豊かさ』を知りました。還暦を過ぎた自分が過去の自分から出された宿題をどう解くのか──。それを皆さんと一緒に楽しみたいと思い『ふたつの宿題』をタイトルに掲げてみました。宿題は答えが見つかれば終わりだと思っていましたが、本当の宿題とは自分を驚かせ続け、変わり続けること、終わりのない学びこそが宿題の正体だったのかもしれない、そんなふうに感じています」
ツアーには「新たな試み」や「新たな装い」も盛り込まれるという。その意気込みについては「今の自分のブルックリンでの音楽との戯れをさらけ出す場所にしたい、歌って踊って泣いて笑えるスリリングなステージに」と熱い思いがあふれ出す。
60歳を過ぎてからアレルギーがあることを知り、その食材を避けて自炊し、アルコールフリーの生活を続けて「今の自分を使い切る快感」を知ったという大江さんは「変われる」という手応えが、音楽にも自由な振り幅と生命力を与えてくれたと語る。
「65歳にして、昨日までの自分は終わりにして、ゼロから今日を始めるということが普通にできるようになってきました。『一生、学び』という僕の音楽の旅に、ゴールはなさそうです。たった1音で誰かの心に風を吹かせるような純度の高い音楽を目指して、昨日までの自分をあっさりと裏切り、最新の未熟を更新し続けていきたいですね」
日々、未熟を更新し続ける最新の大江さんがこの夏、どんな音楽を届けてくれるのか。あふれるエネルギーを体感しに、ホールへと足を運びたい。
大江千里ソロコンサート2026年夏
「ふたつの宿題〜黒画用紙ではりつめて〜」
米ニューヨークを拠点にジャズピアニストとして世界各地で演奏活動を続けている大江千里。夏の日本ツアーは4年目を迎え、新たな試みを加え装い新たに開催される予定だ。恒例の全国各地の合唱団との特別共演では、珠玉のバラード「ふたつの宿題」を合唱団とのコラボレーションで初披露する。北九州公演を皮切りに全国14公演の予定。
〈日時〉7月19日(日)(東京・特別公演)18:30開演(17:30開場)
〈会場〉サントリーホール〈料金〉8,000円(全席指定・特製プログラム付き、税込み)
Profile
大江千里さん
1960年生まれ、大阪府出身。83年、大学在学中にシンガー・ソングライターとしてデビュー。「格好悪いふられ方」「Rain」など多くのヒット曲を生み出し、2007年までに18枚のアルバムを発表。08年に愛犬ぴーすとともに渡米し、ニューヨークのThe New Schoolでジャズを学ぶ。12年に卒業後PND RECORDSを設立し、ジャズピアニストとして活動しながら7枚のオリジナル・ジャズ・アルバムを発表。24年には森山良子の日本語ジャズアルバム『Life Is Beautiful』をプロデュース。米国や日本でのライブのほか、世界各地で新たな音楽の届け方にチャレンジし続けている。今夏にニューアルバムをリリース予定。

