第79回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出され、主演の2人が女優賞を受賞したことも大きな話題となっている濱口竜介監督の最新作、『急に具合が悪くなる』。映画の中で上演される独創的な舞台を演じる俳優役で、フランス語での演技も披露。「夢がかなったよう」と語る長塚京三さんに、作品との出会いや魅力について聞いた。
脚本・作品の新しさと若いエネルギーに触れて
世界3大映画祭の主要賞を獲得し、映画ファンが新作に期待を寄せる濱口竜介監督。その最新作は日本、フランス、ドイツ、ベルギーによる国際共同製作で、監督にとって初の海外ロケ作品となる。日本の哲学者と人類学者による同タイトルで出版された往復書簡を、介護施設の施設長、マリー=ルーと舞台演出家である真理の物語に飛躍させ、映画『急に具合が悪くなる』が完成した。
パリ郊外の介護施設「自由の庭」で、施設長として理想の介護のあり方を模索するマリー=ルーと独創的な演劇の演出家で、ステージ4のがん患者の真理。偶然出会った2人はフランス語と日本語で会話を重ねながら魂を重ねていく──。
長塚京三さんが演じたのは、真理が演出する映画内の舞台で、イタリアで起こった精神医療改革の中心的存在となった実在の人物フランコ・バザーリアを演じる俳優、清宮吾朗という人物だ。
「この吾朗という役は、原作には存在しません。まあ、吾朗だけではなく、この作品は原作のエッセンスの純度をそのままに、監督の超越した想像力と緻密(ちみつ)な創作力で完成されたものです。吾朗を演じるにあたっては、本読みと監督との会話を重ねながら作り上げていったわけですが、それが僕にとってはとても貴重な時間でした。誰も見たことのない、でも、何かを変えていこうというエネルギーに満ちた作品になっていると感じています。僕自身、この映画の中の僕は、初めて見る自分でした。この年になってまだ見たことのない自分に出会わせてもらえるなんて幸せな体験ですよね。3時間を超える映画ですが、何度も見たいと思っています」
長塚さん演じる吾朗が劇中劇で放つ力強いセリフ「我々が開くのはこの世界の新たな可能性だ」という言葉の真意を作品で確かめたい。
フランス留学から半世紀 稀有(けう)で幸せな巡り合わせ
学生時代、フランスへの留学経験がある長塚さんは、俳優デビューのきっかけもフランス映画だ。
「それほど大それた思いがあったわけではなく、日本ではない遠いところへ行きたいくらいの気持ちで留学したフランスですが、勉強は結構真面目にしたつもりです。ですが、日本へ帰ってきてしまえばというか、留学から帰国して半世紀以上も経っているわけですから、語学としてのフランス語はきれいさっぱり忘れてしまっている。だから、フランス語でちゃんと演技・表現ができるかどうかという問題はありました。ただ、今回フランス語を学び直す中で、何かあの時学んだ芯にあったものがよみがえってきたという感覚に触れることができたのは、非常にうれしかったですね。あの時学んだことは、それほどいい加減なものでもなかったんじゃないかと思えて」
濱口監督は脚本執筆前の段階で、本作で真理が演出する舞台に、誰に出てもらうかと考えた際、プロデューサーとの会話の中で長塚さんの名前が上がり「ぜひ一緒に仕事をしたい」と思ったといい、吾朗という役を長塚さんに当て書きしている。
「監督は僕のフランス留学時代のことなんてご存じないでしょう。これまでの活動を知ってくれた上で、選んでくれたわけですから、俳優としてとてもありがたいことだと思い、喜んでお受けしました。フランスで俳優を目指したこともあった僕にとっては、フランスのお客さんの前で、フランス語で演技をするなんて、夢がかなったような気持ちです。どういう巡り合わせかわかりませんが、僕はとてもラッキーな出会いをしたと思っています」
濃密で心を揺さぶられる3時間16分には、どんな出会いがあり、どんな可能性を見いだせるのか──。長塚さんと同様に、「何度も見たくなる」はずだ。
映画『急に具合が悪くなる』
理想の介護を模索するマリー=ルーと独創的な舞台の演出家でステージ4のがんを患う真理。同じ響きの名前を持つ2人はパリで偶然出会い、急接近していく。濱口竜介監督にとって初海外ロケ作品。本作で3度目のカンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出され、主演の2人が女優賞に輝いた。「自分たちを取り巻く社会」「この世界で生きること」とは——。緻密なダイアログで構成された心揺さぶられる物語。
〈出演〉ヴィルジニー・エフィラ、岡本多緒、長塚京三、黒崎煌代
〈監督〉濱口竜介
〈原作〉宮野真生子・磯野真穂『急に具合が悪くなる』(晶文社)
6月19日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
Profile
長塚京三さん
1945年生まれ、東京都出身。フランス留学中の74年に映画『パリの中国人』で俳優デビュー。帰国後、日本での俳優活動を開始した。92年、映画『ザ・中学教師』『ひき逃げファミリー』で毎日映画コンクール男優主演賞を受賞。97年『瀬戸内ムーンライト・セレナーデ』で日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞した。主な出演作に、ドラマ「金曜日の妻たちへ」シリーズ、「ナースのお仕事」シリーズ、映画『長い長い殺人』、『お終活 再春!人生ラプソディ』など。2024年、12年ぶりとなる主演映画『敵』では、東京国際映画祭最優秀男優賞を受賞した。

