雪に閉ざされた、とある町。屋根からの落雪や吹雪によるホワイトアウト──。気温は氷点下が当たり前という極寒の中、一歩外に出れば命に関わるような危険も多い雪国の日常。あたたかなはずの家の中にも、正体不明の“白い存在”が現れ、家族の心を壊していく。「大好きなジャパニーズホラー」で主人公の妻を演じた加藤千尋さんに話を聞いた。
雪女の物語に着想を得た恐怖を体感する映画
冬のある寒い日、森へ仕事に出かけた2人の木こりは吹雪に見舞われ村へ帰ることができなくなってしまった。仕方なく渡し守の小屋に避難して一夜を過ごすことになり、そこで若い木こりは恐ろしい雪女と遭遇する。幸いにも命を救われた彼は、若く美しい女性と出会い結婚するが、その女性こそが雪女だった──。誰もが子どもの頃見聞きしたことがあるであろう「雪女」の物語。映画『氷血』のベースにあるのは、古くから日本に伝わる怪談だ。凍える寒さ、白く閉ざされた世界、吹きすさぶ風の音、今も昔も人々はそこに何か得体の知れない白い存在を感じ、恐れてきたのだろう。
『氷血』のストーリーも、そんな雪深い町と雪に閉ざされた冬の家で展開する。都会を離れ、幼い息子とともに夫の実家に住むことを決めた夫妻。穏やかな日常は閉ざされた世界の中で少しずつゆがみ始め、家族が一人また一人と壊れていく。加藤さんはそんなドメスティックな環境で“白い存在”におびえ、精神をむしばまれていく悠希を演じた。
「監督からは、『普段のチッチさん(加藤さん)のままに演じてみて』と言われていました。悠希と自分を演技で重ねていく過程はとても楽しかったです。ただ、母親役も初めてで、母として子どもに接するということは私の日常にはないので、難しさもありました。友人の子どもと接したり、母になっている友人の様子を観察したりという機会を多く作って役作りに生かしました。作品で描かれているのは、見えない存在の怖さと今見えているものの怖さ。悠希が家の中でその存在におびえる白い女は、スクリーンの中のいろんなところに登場します。悠希が体験する怖さは、映画館という閉ざされた場で、作品を見る人も一緒に体験できるはずです」
怖さと気持ち悪さの奥に潜む異様な美しさ
「子どもの頃からホラーやオカルトが好きで毎日のように見ていたこともある」と言う加藤さんにその理由を尋ねてみた。
「見えないものに対する憧れかも知れません。私には霊感が全くないのですが、母と弟が“見えるタイプ”なんです。子どもの頃は、自分だけが見えないのが悔しくて。未知なるものを見たい、普段感じることのできない怖さを味わいたいと、たくさんのホラー作品に触れてきました。だから、今回いただいたオファーには『神様ありがとう』と思ったほどうれしかったです」
ホラー好きとして多くの作品に触れてきた加藤さんは、内藤瑛亮監督や編集スタッフから、体や顔の角度や動かし方、印象的な目の演技など「わかっている人の動き」と言われるほどだったそう。ホラーへの愛にあふれたそんな細やかな演技にも注目したい。
ロケが行われたのは、2025年の1〜2月の福島県。暖冬の影響で雪が少ないことが心配されたにもかかわらず、ロケ中は観測史上最大級の降雪となり、吹雪で車がスタックして何度も動けなくなることがあったほど。「命の危険と隣り合わせでホラーよりも怖いくらいの過酷な寒さと雪でしたが、東京生まれ、東京育ちの私はそんな雪を体験したことがなかったので、寒さに耐えながらも、非日常の景色を大いに楽しみました。何より、見渡す限り真っ白な雪と氷の世界は圧倒的に美しく、スクリーンの中に引きずり込まれるようなシーンになっていると思います」と振り返る。
湿度が高く、蒸し暑い日々にうんざりしている人も多いはず。あたり一面銀世界の『氷血』ワールドに一歩足を踏み入れ、血も心も凍りつくような恐怖体験を。
映画『氷血』
幼い息子を連れて雪深い夫の実家に移住した稔(北山宏光)と悠希(加藤千尋)夫妻。稔の父、茂(佐野史郎)は認知症を患っており、介護を必要としている。そんな苦労も愛する家族と一緒なら乗り切れるはずだった。しかし、茂の怪死を境に、家族の日常は崩壊の一途をたどり始める。雪に閉ざされた世界で、古くから人々に語られてきた“白い存在”とは──。“白の恐怖”が呼吸も凍りつくような速度で、見る者の感覚を侵食していく、美しく残酷な《侵食感》ホラー。
〈出演〉北山宏光、加藤千尋、佐野史郎
〈監督〉内藤瑛亮
〈脚本〉片桐絵梨子、内藤瑛亮
〈配給〉ショウゲート
全国公開中
Profile
加藤千尋さん
東京都出身。2015年より楽器を持たないパンクバンド「BiSH」のメンバーとして活動。グループ解散後、俳優としての活動をスタート。主な出演作に、ドラマ「ほんとにあった怖い話 夏の特別編」(23年)、「放課後カルテ」(24年)、「ESCAPE それは誘拐のはずだった」(25年)、映画『ミーツ・ザ・ワールド』(25年)、ミュージカル「奇跡を呼ぶ男」(26年)など。また、22年から「CENT」としてソロプロジェクトを開始し、25年にメジャーデビュー。最新シングル「スタンド・バイ・ユース」は、CMソングに起用された。

