入賞作品紹介

入賞
保護者の部
富山県 梶原 典明 さん
応募方法:WEB

 息子がおととし4月に中学1年生になってからお弁当を作るようになって、これで丸2年が経った。仕事を口実に家庭を顧みず、家族が離れていった時、これまでの償いにと、お弁当作りを買って出たのがスタートだった。意気揚々と始めたわけではなかった。そのせいか、レシピ本を見ながら、あるいはSNSの動画を参考にしながら作り始めたものの、1週間で疲れてしまった。  その悩みを妹と電話口で話していたところ、ふと妹が話題にしたのが、昔、母がよく作ってくれた“とろろ昆布のおにぎり”だった。運動会や学芸会のお昼時に、重箱一杯に俵型のとろろ昆布おにぎりを隙間がないくらいぎゅうぎゅう詰めにして持ってきてくれた。ごはんの周りを薄緑色のふわふわとしたとろろ昆布が覆う。とろろ昆布は、酢につけて柔らかくした真昆布や利尻昆布をブロック状に固め、その断面を薄く糸状に削りとったもので、富山県民にはおなじみの郷土の味だ。具は決まって梅干し。梅干しの酸味と昆布の塩味が絶妙で、母の味といえば、この梅干し入りとろろ昆布おにぎりだったことを思い出した。  そうだ、これだと電話口で思った。おかずはコンビニで息子に買ってもらうとして、主食のおにぎりだけは、頑張ろうと決意。それからは、とろろ昆布おにぎりだけを作り続けた。鮭フレークを入れたり、じゃこを入れたり、ごま油を加えてみたり。時には、小さく角切りにしたプロセスチーズをご飯に混ぜるなどレパートリーを徐々に増やしていった。  とろろ昆布おにぎりだけを息子に持たせ続けて半年たった頃だったろうか。私が朝寝坊してしまったある日、食卓に行くと、野球のボールくらいの大きさのとろろ昆布おにぎりが2個、皿の上に載っていた。白い紙には、息子の筆跡で『おやじをまねて作ってみた。毎日、おにぎりサンキュー。』と書かれていた。 手にとって食べてみたら、ふいに涙が出てきた。塩味のきいたおにぎりの中に入っていたのは、真っ赤な梅干し。昔、食べたあの母の味だった。涙のせいで塩味がきつくなったが、息子のおにぎりは、うまかった。息子も私も不器用で、私のこれまでの行動に対する反抗もあって、ほとんど息子とは会話らしい会話はなかった。だから息子の粋な行動が本当に嬉しかった。  それ以来、少しずつだが、息子が玄関を出る時に 「気をつけて行って来いよ。」と声をかけると、 「行ってくるわ。」という返事が扉越しに聞こえるようになり、一言だけだが、言葉を交わすようになってきた。  母がかつて作ってくれたあの“とろろ昆布のおにぎり”は、まさに私と息子の心の距離を縮めてくれた最高のおにぎりだ。このおにぎりを私はこれからも大切に作り続けたい。

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