【前編】 見えないものの中にこそ
三機工業株式会社 環境システム事業部 主任
第56次南極地域観測隊
越冬隊
環境保全担当
重松孝太朗
国立極地研究所 国際北極環境研究センター
第55次南極地域観測隊
夏隊
第56次南極地域観測隊
越冬隊
気水圏モニタリング担当
松下隼士
——最初に南極に行きたいと思ったのはいつごろ、どんなきっかけですか。
重松 もともとどうしても南極に行きたくて三機工業に入ったわけではなく、そういうチャンスがあることは就職の最終面接で初めて知りました。ただ、僕が入社後に配属された部署には、観測隊に参加する社員が出発前に下水処理設備の研修を受けに来るんです。日々そんな先輩たちと会って、帰国後にはワクワクする体験談を聴いているうちに、これは自分も行くしかない!という気持ちになっていきました。
松下 僕はずっと海洋や大気の観測が専門で、JAMSTEC(海洋研究開発機構)の研究船「みらい」の乗船技術員だったこともあります。北極圏からパタゴニアまで、僕らが世界中に出かけて観測やサンプル採取をし、それを受けて研究者が解析して論文を書く。そんな役割分担ができているんです。
そのころ一緒にチームで働く研究者の方から、南極ではどんな観測ができるか、そこでの観測が何にどう役立つか、ということを教わる機会がありました。次第に自分もそこに行ってみたい気持ちが強くなり、最初は55次の夏隊、その後に重松さんと同じ56次の越冬隊に参加することになりました。

——重松さんは環境保全担当、松下さんは基本観測担当だったそうですが、それぞれ南極で毎日どのように過ごしていましたか。
重松 普段、会社での僕は、下水処理施設に用いる部品の設計に携わっています。昭和基地にも隊員の生活を支える小さな水処理設備があるので、そのメンテナンスとトラブル対応、および基地から発生する廃棄物の処理が日常の主な仕事でした。
現地で焼却できるものは焼却し、国内に持ち帰るものは梱包する。昭和基地では研究観測に関わるさまざまな廃棄物が発生するので、分別も缶とペットボトルを分けるといった簡単なやり方ではありません。そのルールを守ることは大変ですが、隊員のみなさんにもしっかり協力していただき感謝しています。
その他に僕が滞在中の重要なミッションとして、新しい汚水処理施設を運用開始まで持っていくという仕事がありました。当初の計画ではもっと早く稼働を始めているはずでしたが、53、54次隊では悪天候のために必要な資材を降ろすことができず、55次隊でやっと全ての資材を昭和基地に運ぶことが出来ました。そのため、この計画は計5年ほどかけた長いプロジェクトになっていたんです。幸い56次隊でようやく稼働にこぎつけ、現在も問題なく動いているようでホッとしています。
松下 僕はモニタリング観測という手法で、温室効果を研究するための大気観測やエアロゾル(空気中の微小な粒子)の観測を行っていました。使用する機器がかなり多いので、毎日午前中はそのチェックだけでほぼ終わってしまうぐらいです。
大気中の物質やガスなどのサンプリングも定期的に実施します。続けることで通年の、さらには何十年という長い期間の経年変化がわかるので、これも重要な仕事です。任期を終えて帰国する際には、かなり大量のサンプルを持ち帰ることになりました。

——南極に行ってみて驚いたことや、予想と違ったことはありますか。
重松 僕らが到着したのは南極の夏季だったので、一面の銀世界……みたいなイメージとはまったく違いました。昭和基地の周囲は重機がいつも動いていて、採石場のような雰囲気なんです。しかもそこいる隊員のみなさんは、すでに1年以上南極で過ごしているので、小ぎれいであるはずもなく(笑)。そのワイルドな姿に迎えられたとき、すごいところにきたなと思いました。
松下 やっぱり自然のスケールの大きさですね。戸外に立ったときに感じる空間の広さと空の大きさは、映像を見て想像していたものとは比べものになりません。あの自然のなかに身を置くことができただけでも行ったかいがあります。
ただし、一方でその自然は危険なものであることも実感しました。冬季にブリザードが吹き荒れているときは、原則的に外での活動はできなくなります。しばらくして収まったあとに何げなく外を眺めると、自分が普段仕事をしている観測塔がありません。ブリザードの威力で倒れていたんです。あれには言葉を失いました。風の威力そのものも強烈ですが、ブリザードは雪を含んでいるため重く、建物にかかる負荷が余計に大きくなるんです。
重松 倒れた観測塔をもう一度立ち上げる作業は僕もお手伝いしました。ロープをつないで引っ張るというアナログな方法でしたけど(笑)。
滞在中に一度だけ、ブリザードで仕事場に足止めされてしまった隊員に食事を届けるため、志願して外に出たことがあります。何げなく腕を顔の高さに上げてみても、自分の手の先すら見えません。吹きつける風の音で横に立っている人の声も聞こえない。衣服はきっちり着込んでいたものの、うっかりファスナーを開けていたポケットのなかには拳ぐらいの雪玉ができている。本当にすさまじいものだなと思いました。
(後編へ続く)




