08伊根湾の舟屋群 京都府
岩倉 しおり
海に浮かぶ町
穏やかな海がもたらす舟屋の暮らし
所狭しと並ぶ縦長の2階建て建造物は、浸水しているのではないかと見まがうほど地表と水面がほぼ同じ高さで接している。南側に開けた周辺約5kmの湾に沿って230軒ほどが並ぶ舟屋と呼ばれるこの建物は、1階が舟の係留場になっている伝統的な漁師の家屋だ。京都府北部に位置する伊根町の伊根湾には、独特の地形と漁師の知恵が結びついた景色が広がる。漁村としては初めて選定された国の重要伝統的建造物群保存地区でもある。
「SATO」プロジェクトのナビゲーターで上智大学大学院のあん・まくどなるど教授は今回、モデルの知花くららさんをゲストナビゲーターに迎えた。「伊根浦にはどういう物語があるのでしょう」と、あん教授は知花さんに話しかけた。知花さんは今春、京都芸術大学建築デザインコースを卒業したばかりだ。「建物群に興味があります。ずっと来たかったところなのでうれしいです」。2人は静かな漁師町を訪れる旅に出た。
珍しい地形が生んだ景観
「景色も環境もよく、海のものも山のものも新鮮なものがすぐ手に入って食べられる。住んでいる人たちがみんな顔見知りで、全体がひとつのチームのような感じです」。伊根浦舟屋群等保存会副会長で町中散策ガイドを務める八木鈴子さん(72)は、伊根町の魅力を語った。
舟屋は江戸時代には建てられていた。腐りやすい木造の舟を保護する目的で作られ、当時はかやぶき屋根だった。昭和初期までに瓦葺の2階建てに改築され、建材には地元のシイの木が使われた。漁を終えた舟を引き上げ、漁網を干したり魚をさばいたり。舟屋は漁師の仕事場そのものだ。母屋(主屋)は舟屋と道を挟んだ山側にある家が多く、仕事と暮らしの場が隣り合わせになっている。
舟屋が作られたのには伊根湾の珍しい地形が大きく影響している。北と東西の三方を山に囲まれていて、日本海からの風とそれに伴う荒波が入ってこない。南には「青島」という小さな島があり防波堤の役目を果たしている。加えて潮の干満差が40~50cmと、年中、波が穏やかだからこそ舟屋は生まれた。伊根湾は豊かな漁場で、「伊根ブリ」と呼ばれるブリのほか、かつては迷い込んだ鯨を捕っていたこともある。今はブリ、マダイ、岩ガキなどの養殖も盛んだ。
「舟屋は機能的ですね」と感心するあん教授に、知花さんは「水辺に建物がずらりと建っている景色は世界的に見てもすごく珍しいです」と続けた。
「舟屋の2階に寝ると海の上に寝ている感じです。ザバザバ、ザバザバと波の音が聞こえます。しょっちゅうだとうるさいくらいですけど、たまに来るお客さんには異空間なようで、喜ばれます」。自らも舟屋を持つ八木さんは楽しそうに笑った。
伊根湾に魅せられた漁師たち
舟屋が実際に使われている様子を見せてもらうために、前野耕太郎さん(43)を訪ねた。曽祖父の代からの舟屋を引き継ぎ、舟で漁をしながら素潜りでアワビやナマコをとっている。伊根町で生まれ育ち、小さい頃からの素潜り好きが今のスタイルにつながっているという。
海に面した舟屋の1階の間口は、格納する舟の脇に人がやっと通れる通路があるだけの幅しかない。様々な漁具が納められ、とった魚や貝類は出荷するまでカゴに入れて海に沈められている。訪問時には岩ガキがカゴの中にあった。玄関から舟の係留場までは短い一直線の廊下でつながっている。「玄関を開けたら海が見えます。2階が住居なので、ここで食事も洗濯もします。漁師にとって舟屋は便利です」。前野さんの話に耳を傾けた知花さんは「なりわいと暮らしが密接なのはとても豊かですね」とうらやんだ。
「古きよき漁師のあり方を継承したい」と考えている前野さんが、最近感じる海の変化がある。海面の上昇だ。「夏になると今、立っている舟屋の中まで水面が上がります。少し前まではなかったことです」。温暖化による海面上昇では、海抜の低い島国が存続の危機にさらされている。海が穏やかだからこそ成り立っている伊根町の暮らしにも、地球環境の変動が忍び寄っているのかもしれない。
舟屋を継承する人がいる一方で、他の地域から移住して漁業に取り組む人たちもいる。
竹熊幸弘さん(30)は、はえ縄でのアマダイ漁を始めて2年目だ。それまでは出身地の鹿児島県・奄美大島でマグロやブリの養殖をしていた。結婚を機に妻の地元である伊根町にやって来た。初めて目にした舟屋は建物に舟が入るところ、そして海との近さに驚いた。「奄美大島では台風がくるので舟屋は建てられません」
奄美大島の海は潮の流れが速く、サンゴ礁があるので定置網やはえ縄漁はできない。伊根町だからこそできるはえ縄漁を選んだのは、待つのではなく自分から魚を追いかけ、狙ってとることが楽しいからだ。「海が近いので家から自分の舟が見えるし、湾になっているのでほかの漁師が帰ってくる様子が見られるのもいいです」
今村大志さん(32)は奈良県生駒市出身。幼いころから川で遊んだり山に登ったりすることが好きで、ラフティングやキャニオニングのガイドをへて「自然が豊かなところで子どもと過ごしたい」と京都府京丹後市で教職に就き3年間を過ごした。いつかは自然体験ができる民宿を営みたいという夢を抱いていたところ、京都府が漁師の担い手を育てる学校の一期生を募集しているとの新聞記事を見て「これだ」と飛び込んだ。漁業をするにあたっての知識や技術を1年間学んだのち、2016年に伊根町へ。今は自分の名前をとった舟「大志丸」で海へ出かけ、10kg以上のおもりをつけて海に潜り、ウニやサザエなどをとっている。
「仕事場の海、そして周りの人との距離が近くて居心地がいいですよ。とれたての魚を毎日食べ、家族との時間もたくさんあります。ゆくゆくは漁師と民宿経営を両立させて、人を喜ばせられることをしていきたいですね」。漁師がゴールではない。夢はその先にある。
伊根町は漁業の町だ。水産会社が大型定置網漁を手がけるほか、個人による延縄や刺網などが営まれている。漁師の減少や高齢化という問題に直面しているが、竹熊さんや今村さんのような地域外からの漁師も受け入れられはじめ、新たな展開が見えつつある。約23年前に伊根浦を訪れたことがある、あん教授は、当時とは様子が変わっていると感じた。「幸いなことに、いい方向へと向かう変化です。色々な人が入ってきて新しい風が吹いているようです」と笑みを見せた。
人を引きつける温かみのある暮らし
人が集まるのは漁業だけではない。海とともにある伊根町の暮らしやあたたかみのある人たちもまた、若者を引きつける。
亀井美凪さん(20)は保育を学ぶために通っていた兵庫県の短大を卒業したこの春、生まれ育った伊根町に帰ってきた。これからは小学校の時から憧れていた保育士として働く。
朝はカモメの鳴き声や舟の音が聞こえ、父がとってきた魚を祖母らが調理し家族で食卓を囲む生活を送ってきた。地元を離れ、そうした生活は当たり前ではないことを知った。亀井さんにとって伊根町は、穏やかな気持ちになれる場所だ。「海がなぎで穏やかになる時、疲れたことがあっても吹き飛びます」。写真を撮るのが好きで、伊根町の様子をSNSに投稿している。「私、こんなとこに住んでるんよ」とメッセージを添えると「行ってみたい」という反応がありうれしくなる。
知花さんは亀井さんに自身の姿を重ねるように「いったん外に出ると故郷を見直す機会になりますよね。住んでいる時は当たり前すぎて意識しない波の音が恋しくなる時があります」と故郷である沖縄に思いを寄せた。
保育士を目指したのは、亀井さんが楽しい保育園生活を送ったからだ。「子どもと一緒に楽しんで、子どもたちから楽しいと思われる先生になりたいです」。伊根湾の海のように穏やかな雰囲気の亀井さんに、あんさんは「伊根町を愛していますね。愛するところに暮らす人間の表情は違いますね」と大きくうなずいた。
地元の人が歴史を継承すると同時に、新たな人も引き込む伊根町。象徴である舟屋群は舟の大型化や漁師の減少に伴い空き屋も多い中、若い人たちの手により舟屋を生かした新しいタイプの宿やレストランが生まれ、観光スポットにもなっている。
伊根浦舟屋群等保存会では伊根町の景観を保つために年に1回、海面に浮かぶごみ拾いや道路掃除をするほか、「花いっぱい運動」としてベゴニアなどの種や苗を配って地域の人たちに軒先に植えてもらったり、サクラの苗木を山に植えたりしている。町の漁業、文化、経済、歴史を子どもたちに伝えたいと、2020年、「子どもたちにおくる『伊根浦ものがたり』鯨も北前船もやってきた」という絵本も出版した。この町では、中学生が授業の一環で観光客に舟屋の説明をし、保存会メンバーはそのサポート役を務める。こうして、子どもや住民たちと連携した舟屋のある町の保存に力を注ぐ。一方、新たな人たちを受け入れ、新しい試みにも期待を寄せる。会長の永濱貢さん(74)は「よその人がここに来て生活をすると、最初はなかなか大変かもしれません。でも、仲良くなるとみんな何でも協力してくれます。人が温かいんです」とにこやかに話した。
なぎのリズムで暮らしながら新しい道へ
歴史ある町並みに暮らしながらも新しいことに寛容な伊根町の人たちと交流したあん教授と知花さん。今回の旅は2人の心にどう刻まれたのか。
自然界と共生するとはどういうことなのかについて最近よく考えるというあん教授は「ここにいる人たちはみんな、日本海でありながら非常に穏やかな海のなぎのリズムに合わせて生活していました。自然界と共生するということについて、伊根町のみなさんの姿に見習うべきところがあります」と語った。
知花さんは「ここに住んでいるみなさんは、伊根町で暮らすことにアイデンティティーを感じていると思いました。私はここに来たのが初めてなのですが、初めてじゃないような気がしたのは、舟屋が海に向かって並び、海を共有している感覚が、ここの人たちの穏やかな空気感につながっているからなのかなと。海は世界中につながっています。だから閉鎖的というよりはどこかゆるく、リラックスした空気の中で、自分たちのプライドを持ちつつも新しいものを受け入れ、新しい道を模索している感じが印象的でした」と、その表情も柔らかかった。
- あん・まくどなるど
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カナダ生まれ。高校生だった1982年から1年間日本に滞在。1988年、熊本大学留学。全国環境保全型農業推進会議推進委員を務めたほか、気候変動に関する政府間パネルの評価報告書作成に携わる。「にほんの里100選」の選考委員。 2009年上智大学地球環境学研究科非常勤講師、2011年同大同科教授。
VIDEO REPORT
穏やかな海 自然のリズムに合わせて暮らす
あん・まくどなるど/知花 くらら京都府 伊根湾の舟屋群