ろう者も活躍できる社会の実現に向け、一歩ずつ歩みを進める

大木 洵人 さん 株式会社シュアール 代表取締役、 NPO法人シュアール アドバイザー

ろう者を取り巻く社会の現状を変えたい

大木洵人氏は2016年、29歳のときに「クラウド型オンライン手話辞典の拡大」のプロジェクトが高く評価され、ヤング・ローリエイツ(18歳〜30歳までが対象)部門でロレックス賞を受賞した。

「人類の未来に貢献し得る革新的なプロジェクトを奨励・支援するロレックス賞は、環境分野で活躍されている方に贈られることが多いという印象でした。にも関わらず、ろう者の言語や文化といったマイノリティな分野に注目してもらえたことは、私たちにとって大変意義のあることでした」と、大木氏は当時を振り返る。

大木氏が代表を務めるシュアールは、ろう者が聴者と対等に社会で活躍できるようにIT技術でサポートするという意味の『Tech for the Deaf』をスローガンに、慶應義塾大学在学中の2008年に設立された。

大木洵人氏。台東区西浅草に本社を構える株式会社シュアールのオフィスにて

携帯電話やタブレット端末を介してろう者に通訳や情報、サービスを無料で提供することから始め、2011年にオンラインの手話辞典「SLinto(スリント)」を実用化した。ユーザーが手話の動画をクラウド上に投稿することで辞典の内容が拡充していくという、画期的なアイデアだった。

現在はさらに事業の枝葉を広げ、遠隔の手話通訳事業と、手話のエンターテインメント事業に注力している。ろう者を取り巻く社会の現状を変えたいと考えたときに大きな壁となるのは、「聴者の方にろう者を正しく理解していただけないこと」だと大木氏は言う。

「生まれたときから耳が聞こえない人、途中で聞こえなくなった人、聞こえにくい人。一口にろう者といっても、人によって程度はまちまちです。しかし幼い頃から耳が聞こえず、ろう学校に通ってきた人にとっては第一言語が手話で、日本語は第二言語であることがほとんど。ここがまさに聴者のみなさんに理解されにくい部分だと思うのですが、ろう者にとって手話と日本語というのは、聴者にとっての日本語と英語と同じか、それ以上に全く違う独自の“言語”なのです」

手話やろう文化を、広く社会に理解してもらうために

第一言語が日本語である聴者が、中学校や高校で習った程度の語学力で洋画を見たときに、音声も字幕も英語であったとしたら。内容を詳細に理解できるかというと、そうではないはずだ。英語を一度頭の中で日本語に翻訳して、そして理解する。それと同じように、ろう者は日本語を頭の中で手話に翻訳して、理解する。言語が違うため、元の言語と完全に同じ感覚で理解するのは難しい。

だから、単純に「字幕があれば読めるでしょう」「筆談ならできるでしょう」とはならないのだと、シュアールに所属するお笑いタレント・デフWの奥村泰人氏は言う。「人によって日本語の得意・不得意の差があり、筆談できる人もいれば、できない人もいる。みんな一様ではないことも、ろう者に対しての誤解が生まれやすい要因の一つなのかなと思います。手話は日本語とは文法も異なるので、普段から手話で物事を考える、ろう者からすると、翻訳は大きな負担になります」

手話で説明をするデフWの奥村泰人氏 ※当日は手話通訳士のスタッフの方に通訳を行って頂いた

シュアールでエンターテインメント事業を統括する今井ミカ氏によれば、「ろう者が楽しめるエンターテインメントはほとんどない」という。今井氏がデフWをプロデュースするのも、ろう者の“あるある”話や、ろう者ならではの文化を日本語に翻訳せずに手話でそのままストレスなく楽しめるものにしたいとの思いがある。

今井氏は、「聴者と同じように、耳が聞こえない子にも好奇心や知識欲を満たす機会を増やしたい」と、手話動画で生きものの生態を伝える「手話で楽しむ生きものずかん」の制作にも取り組んでいる。「日本語が第一言語ではないので、本を楽しめない子が多いんです。ろう学校で使われている教科書も、日本語で書かれているものばかり。先生たちがその都度手話に翻訳しています。そういったことを社会に知ってもらう一助になればとも考えています」

こうしたエンターテインメント事業は、短期的にも長期的にも必ずろう者の役に立つと大木氏は確信している。「ろう者に向けた事業ではありますが、聴者に手話やろう者、ろう文化に興味を持ってもらうきっかけにしてもらえたらという思いがあります。お勉強的に学ぶのではなく、『なんだかおもしろそうだな』を入口に、ろう者のことを知ってほしいのです。知らないと、“無い”ものとされてしまいます。ろう者やろう文化を知った上で理解されないというよりは、そもそも知られていないのが現状。ろう者が暮らしやすい社会にしていくためにも、とにかく知ってもらうことが第一だと考えて活動しています」

身近なところから興味を広げ、問題意識を持つようになった

大木氏自身、手話に興味をもったのは中学生のときにたまたまテレビで目にした手話番組がきっかけだった。美しい手の動きや、音声言語とは全く違うコミュニケーションのとり方が心に残った。

大学進学後に手話サークルを立ち上げ、ろうの学生から手話を学んだ。ろう者と接したのは、そのときが初めて。「視覚を重視している彼らの、聴者とは違うセンスに惹かれたり、コミュニケーションの取り方の違いに新鮮な驚きを感じたり。ろうの友達が増えていくにつれ、興味は増していきました」

そんな中で、衝撃的な話を聞く機会があった。「両親がろう者で電話が使えないため、深夜に子どもが痙攣を起こしたときにとても困ったという話でした。その地域ではファックスでも救急車を呼べたのですが、突然の事態でなかなかファックスが思いつかず、結局近所の人に助けを求めてことなきを得たそうです。こういった現状をすぐには変えられなくても、自分もなにか一歩を踏み出したい。その思いがシュアール設立へと繋がっていきました」

SATOプロジェクトについても様々な角度で語る大木洵人氏

大木氏は、朝日新聞社がロレックス社の支援を受けて、日本各地にある里の魅力と里が抱える課題を発信するプロジェクト『SATO〜次世代に残したい里』で、取り上げるべき里を選んだメンバーの一人でもある。選考にあたり、大木氏は里と手話、ろう文化には共通点があると感じたという。「里はこんなに魅力的であるにも関わらず、十分には知られていない。手話やろう文化もまた、いいものであるにも関わらず、知られていない。どちらも継承していくべき価値のあるものなので、まずは若い世代に知ってもらうことから始められたらと思いました」

かつて手話に魅せられた自身がそうであったように、里の課題に取り組む最初の一歩は「美しい」でも構わないと話す。「身近なところから興味を持って、広げていく。その最初の一歩が、二歩目、三歩目へと繋がっていきます。一歩目がなければ、その後の歩みもない。だからこそ、少しでも興味があれば現地に滞在してみるとか、里を守る活動をしている人と話してみるとか、行動することが大切です。私だって、最初から今の事業をやろうと思っていたわけではないですから」

聞こえる人がマジョリティな社会では、ろう者は生活に必要な情報を得るのも一苦労だ。そのため、ろう者は情報交換を密に行う必要があり、結果としてろう者同士の結びつきは深くなる。「手話という独特の言語があり、同じ言語を使う者ならではの行動様式があるため、そこには独自の文化があります。その文化を継承すると共に、社会にも広く認知してもらい、聞こえる人も聞こえない人も対等に活躍できるようにするべく、私たちはこれからも小さな一歩を積み重ねていきます」

大木 洵人おおきじゅんと

株式会社シュアール代表取締役。2016年、「クラウド型オンライン手話辞典の拡大」のプロジェクトが評価され、ヤング・ローリエイツ部門でロレックス賞(https://www.rolex.org/ja/rolex-awards)を受賞。同部門での受賞は日本人初。