現代も脈々と受け継がれる「渋沢スピリッツ」
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朝日新聞社メディアビジネス局



76歳で実業界を引退するまでの43年間で、約500の会社設立・育成に関わってきた渋沢栄一。近代日本の礎を築いたその功績は、今も日本経済の随所に息づき、企業へと受け継がれています。幕末、明治、大正、昭和と、激動する時代の中、世界の動きをいち早く捉え、大きく飛び立とうとする日本を力強く牽引してきたそのアイデア、行動力、精神は、今の私たちに必要な姿かもしれません。今、世界は変化を余儀なくされています。できないこと、会えないことに悲観するのではなく、できること、必要なことを考え、動き、前へと進んでいきたいと思わされます。
渋沢史料館 館長井上 潤氏
近代日本の金融や経済の礎を築いた渋沢栄一は、「日本の資本主義の父」と呼ばれることがあります。でも彼自身は資本主義という言葉はほとんど使っていません。むしろ一部の資本家が富を独占するような資本主義には否定的でした。自分が「資本主義の父」などと呼ばれていることを知ったら、きっと驚くことでしょう。
個人や企業の利潤の追求をベースにおく資本主義は、行きすぎると社会に大きな弊害をもたらします。多くの人が短期的な利益ばかり追い求める社会は、永続しない。そう考えていた渋沢は、著書の『論語と算盤』の中で、道徳と経済の両立の重要性を訴えています。
論語を生活規範としていた渋沢は、常に私益より公益を重視していました。膨大な数の会社の設立・育成に関わりながらも、それを自分で独占することはせず、財閥もつくりませんでした。農家出身で社会の不条理に怒りを抱いていた彼は、生涯を通じて貧困層支援などの慈善事業にも取り組みます。彼が目指したのは、すべての人が持続的に、豊かに、幸せに暮らせる社会でした。それはまさに、現代のSDGsやESG投資などの理念を先取りしたものといえるでしょう。
そんな渋沢の思想と行動は、これまでも資本主義が壁に突き当たる度に再評価されてきました。バブル崩壊やリーマンショックの後もそうでした。さらに格差の拡大や地球温暖化が深刻な問題となっている今、資本主義のこれからを考える欧米の研究者が、渋沢栄一に大きく注目しています。おもしろいことに今、中国でも『論語と算盤』がよく読まれています。
最後に、業績だけ見るとあまりにも偉大な渋沢ですが、決して何か突出した才能を持っていたわけではありません。目的達成のために愚直に、粘り強く努力をする人でした。どんな困難な状況でも諦めず、真正面から向き合い、打開策を考え、行動する人でした。そんな渋沢の生涯から、困難な時代に生きる私たちが学ぶべきことも多いのではないでしょうか。(談)