秋田竿燈まつり、西馬音内盆踊り、根子番楽、なまはげ太鼓。秋田県の誇る伝統芸能団体と、和楽器演奏サークルに所属する大学生、そして東京スカパラダイスオーケストラと横手市出身の高橋優さんが奇跡的なコラボレーションを果たした第一回「わっかフェス」。未来を担う若者やアーティストたちがひとつになり、伝統芸能と地域の魅力を発信したこのイベントの模様を紹介する。
ステージをまつり会場に変えた巨大な竿燈の光
演奏が終わったとき、ステージの上には出演者全員がひしめき合っていた。総立ちとなった客席に手を振り、互いを称え合うように拍手を送る出演者たち。さっきまであんなに怖かったなまはげの面までが、今では顔をくしゃくしゃにして笑っているように見えるから不思議だ。
3月9日、あきた芸術劇場ミルハスで行われた「わっかフェス」は、現代にも通じる郷土芸能の魅力を発信しながら、地域を盛り上げていくために今年からスタートしたイベント。記念すべき第一回の開催地となった秋田県は、国が指定する重要無形民俗文化財が全国で最も多いことで知られる。
果たしてこれからどんなステージが繰り広げられるのか、会場内が期待に包まれる中で最初に披露されたのは秋田竿燈まつりだ。
十字に組まれた長い竿に24個の提灯が結ばれた竿燈はそれだけでも圧巻だが、演技者は掛け声がかかるとそれを高々と持ち上げ、手のひらや額、肩、腰などでバランスよく支えて見せる。曲芸的な技巧の面白さと力強さが同居したユニークな芸能だ。見事な演技を見せてくれた国際教養大学(秋田市)の幸田拓さんは、剣道と弓道の経験者。「自分を厳しく見つめながら技を磨いていく竿燈は、武道に近い難しさと面白さがある」という。同じく技を披露した秋田県立大学の住谷優太さんは、せっかく大学の竿燈サークルに所属しながら、入学以来2年連続で竿燈まつりが中止となる憂き目を見た。「昨年ようやくまつりが再開されて、今年はこんなに大きなステージに立てて感無量です」。
この日ステージに立った竿燈は、本体6メートル強の「小若」というサイズ。秋田市竿燈会の加賀屋政人会長によると、ステージの高さ制限があるためやむなく「小さいものを持ってきた」そうで、まつりの本番を盛り上げる「大若」は、およそ8メートルの本体に提灯が46個。これに「継竹」を何本も足してビルの5、6階まで届く高さになったものを持ち上げるというから驚きだ。
客席は、ここから一気にその熱量を高めていく。
美しく、勇壮に、観客を魅了した伝統芸能
続いてステージに上がったのは、西馬音内盆踊り「北の盆」のメンバーたち。斜めに大きく傾けた編み笠や、目元以外を覆う黒い「ひこさ頭巾」で顔を隠した踊り手が、列をなし優美に舞い踊る。表情の見えない踊り手の指先とうなじの白さが妖しく光るさまは、海外でも人気が高いというのが頷ける幻想的な光景だ。盆踊りとは本来、亡き人の霊を慰め、今ある生が充実したものであることを祈る行事であったことをあらためて思い起こさせてくれる。
1カ月前から「北の盆」のメンバーに指導を受け、この日のステージにも参加した立教大学の中山希実さんは、「足の運びや体重移動、手指の先まで神経を使うので難しかった。無事に踊り終えてホッとしている」と安堵の表情。迎えた側の藤田信也さんは、「本気でやるとかなり難しい踊り。1カ月でここまでできたのは大したもの」と称賛する。同じく「北の盆」メンバーの中村匠さんは、「若い人や、これまで西馬音内盆踊りを知らなかった人にも見てもらえたことが今日の収穫。ぜひ羽後町にも遊びに来てほしい」と笑顔を見せた。
かつては「秘境」「隠れ里」とも呼ばれた県北部の根子集落に伝わる根子番楽は、鎌倉時代に始まったものとされ、現在も往時の姿そのままを変わらず残していると考えられている。山伏神楽にルーツを持つが、一般的な神楽のイメージよりもはるかにエンターテインメント性が高く、この日演じられた「曽我兄弟」のように激しく勇壮な演目も多いことが特徴。父の仇討ちのために修行に励む兄弟の姿を描いた場面では、打ち合った刀から火花が上がり客席からどよめきが聞こえた。
演技を終えた畠山充さんは、「根子番楽という名前を覚えて、次にどこかで見かけた時にこの前のあれか、じゃあ見てみようかと思ってもらえたら、それが文化の継承につながる」。山田正弥さんは「他の団体のみなさんからも、自分たちの芸能に誇りを持っていることが伝わってきて刺激になった。スカパラさんや高橋優さんの姿にも学ぶことが多かった」と充実した表情を見せた。
暗くなったホールにほら貝と銅鑼(どら)の音が響き渡ると、どこからともなく現れたなまはげが「おおーっ」と唸り声を上げながら客席の間を練り歩く。男鹿のなまはげと和太鼓演奏が融合したなまはげ太鼓の演技が始まった。力をためこむように低く小さく鳴らしたと思うと、客席の床まで揺らすような全身全霊の連打が唸りを上げる。そんな緩急自在、音楽的にも視覚的にも圧巻のパフォーマンスに場内は熱気に包まれた。
この演技に参加した立教大学和楽器演奏サークルの入江遥さんは、「先生方からは太鼓の技術だけでなく情熱も教えていただいた。私たちが受け取ったものをサークルの後輩たちにも伝えていきたい」。彼女たちの“先生”を務めた岩澤将志さんは、演奏を終えると「秋田からは就職などのためにたくさんの若い人が出ていく。一方で県外の人が秋田の文化に関心を持ってくれたことはうれしい。この経験から彼女たちが得たものを今後にどう生かしてくれるのか期待したい」と語った。
全ての人の心をつないだひとつの「わっか」
誰もがこれから起こることを予感し、期待しながら静かに開演を待っている。その空気を最も感じたのは、第二部のオープニングを務めた高橋優さんだろう。「ライブというより伝統芸能の鑑賞会のような落ち着いた雰囲気かと思っていたら、僕が出ていった時点で完全に温まっていました。逆にいえば、そもそも秋田の芸能はどれも“ライブ”だってことですよね」
弾き語りで1曲を披露した高橋さんが「また会いましょう」といって一旦下がると、いよいよステージにスカパラが登場。そろいのスーツに身を包んだダンディな大人の集団……と見えた9人が、最初の1音を発した瞬間から飛び跳ね、腕を振り上げ、走り回って熱狂的なパフォーマンスを繰り広げる。この場にいる誰よりもメンバー自身が音楽を楽しんでいる。そんな姿に、おそらく初めて彼らのステージを目にした人たちも、体を揺らし歓声を上げて応える。
「DOWN BEAT STOMP」「銀河と迷路」などのヒット曲や「君の瞳に恋してる」のカバーも交えた演奏は、観客たちを次第にオールスタンディングへと変えていく。後半に再びステージに戻った高橋さんとともに2曲をコラボした後、最後の曲でスカパラのGAMOさんが郷土芸能団体のメンバーを呼び入れると、場内の興奮はピークに達した。
茂木欣一さんのドラムと絡み合い、うねるグルーヴを打ち鳴らすなまはげ太鼓。速いテンポの曲にぴったりと合わせてしなやかに舞う西馬音内盆踊り。ステージを埋め尽くし笑顔で手拍子を鳴らす秋田竿燈まつりと根子番楽の出演者たち。演奏された曲は、「Paradise Has No Border」。楽園に境界線はない。まるでこの日のために用意されたような曲だ。スカパラの鳴らした最後の音が余韻を残して消えていった時、この瞬間に立ち会った全ての人の心が確かにひとつにつながった。
このイベントがなければ一緒に踊ったり演奏したりするどころか出会う機会もなかったかもしれない人たちが、ステージの上で心を通わす。会場や配信で見守った人たちが、その感動を共有する。高橋優さんは「秋田の人たちは控えめで、自分は2番手、3番手でいいんですというような人が多い」と語った。しかしこの日会場にいた人たちは、全員が主役だったといえるだろう。この日つながったひとつの輪が、さらに大きく地域に広がっていくことを願わずにはいられない。