「六本木ヒルズ」と聞いて何を思い浮かべるでしょうか。美術館やイベント、ショッピング、外資系企業のオフィス……様々な顔を持ち合わせており、一言では言い表せないかもしれません。実際、職・住・商・憩・遊・学・育・医といった多彩な都市機能が集約され、国内のみならず世界中から多様な人を受け入れる場所へと発展を続けてきました。今年で開業20年。六本木ヒルズという巨大かつ複合的な街を一体的に運営する、森ビル株式会社 タウンマネジメント事業部の戸田麻衣子さんにお話を伺いました。
過去最高の来街者数
流行り廃りを越えた“磁力”
「開業から20年を迎えた今、ますます多くの方にご来街いただいています。昨年のクリスマスイブには単日では開業以来の過去最高となる1日約33万人の方が訪れてくださいました。この街を育み続けてきた私たちにとって大きなトピックスでした」
オフィスはほぼ満室で約120社の約1万5000人が勤務。住宅も約840戸に約2000人が居住しており、更に商業施設の年間売り上げも2022年度に過去最高を記録したといいます。
「でも、ご来街者数や売り上げという数字の裏には、人々を惹きつける街の秘密があるんです」と戸田さんは話します。
「数字につながったのも、街の“磁力”を意識してきたからこそだと思うのです。私たちは『一つの大きな街』、『街の中の街』、働く人や暮らす人などいろんな人がいる複合都市として、六本木ヒルズの街づくりを考えてきました。ここに訪れる誰もが、何らかの刺激を求めてくださり、一方でここに暮らす人たちが協力して街を支えてくれる。誰もが『自分たちの街』という意識を持ってくれることが強みです。そんな意識が定着し浸透してきたからこそ、流行り廃りを超えて“磁力”のある街になってくれました」
街の中で文化的な豊かさを享受できる
街づくりのキーワードは「文化都心」。その中心は「アート」にあります。六本木ヒルズの中心に位置する森タワーの最上層部(49~53階)には、53階の森美術館をはじめ、会員制ダイニングクラブやアカデミーヒルズ(社会人教育機関)、ギャラリーなどが集積する文化拠点が設けられています。
オフィスにすれば高い賃料を得られる場所を、あえてアートや文化の拠点に。世界が工業化社会から知識情報社会へと変容していく中では、経済力だけでなく「文化・芸術」の力こそが街の“磁力“になる――。そんな森ビルの理念を具現化してきたそうです。
「これからの時代は街の中で、経済とともに文化的な豊かさが享受できることが重要になると、会社として見通してきたんです。暮らしや仕事の傍らで、気軽にアートや文化に触れることができる、そういったコンセプトで街づくりをしてきました。その象徴として、最上層部に美術館を設けたのです。『文化都心』というコンセプトによって六本木ヒルズという一つのまとまりを生み出すようにと意識しています」
海外から見た際にもそれが競争力になるといいます。「上質な文化施設があることで、グローバルなレベルでも存在感を示せる。訪問先や滞在先の選択肢として見てもらうことが可能になると思います。東京という街が世界と競争できるように、という森ビルの考え方が反映されています」
そこにアートがあることに意味がある
例えば、クモの姿をした巨大な彫刻も、六本木ヒルズの象徴的な光景として誰もが記憶しているのではないでしょうか。この作品は世界的彫刻家ルイーズ・ブルジョワの<ママン>。広大なヒルズ内には、他にも<薔薇><Kin no Kokoro>などのパブリックアートやストリートファニチャーがあちこちに配されています。
「あの広場の『ママン』は象徴的ですよね。もしも何も無かったら、単なる円形の広場ですが、アートがあることによって、『六本木ヒルズと言えば』と思い浮かべていただいたり、待ち合わせに使っていただいたり……。そこにアートがあることに、すごく意味があるんです」
2018年には<ママン>をカラフルな毛糸でラッピングする試みをしました。米国のテキスタイル・アーティストが1カ月半滞在して取り組みました。戸田さんは「普段ある景色が一変したのです」と驚きを振り返ります。
「ラッピングの制作には私も関わりました。すると、六本木ヒルズで暮らす人や働く人などが通りかかり、思わず『私も参加したい』と手伝ってくれたり、差し入れやおやつを持ってきてくれたりしたんです。アーティストも驚いていました。アートによって普段は起きない交流が生まれる楽しさを改めて感じた瞬間でした」
森美術館ではこの20年で約60本の企画展や数々の関連プログラムを実施し、累計1880 万人が来館。アジアを代表する現代美術館に成長しました。更に、まさに<ママン>で生まれたような形の交流を企図し、アートを媒介とした新たな取り組みもあります。コミュニティープログラム「Hills Art & Life Project:まちと美術館のプログラム」です。
「単に芸術を鑑賞してもらうだけではなく、私たちがお客さんに近づいていくプログラムを作ってきました。広く大勢の方に楽しんでいただくのとは異なり、『狭いけれどもより深く』です。小規模なコミュニティーに対してアーティストと接してもらう機会、街の未来を考える機会を美術館と一緒になって提供しています。
未就学児からシニア世代まで様々な方が参加してくださいますが、とりわけ、ティーンエージャーは意識しています。子どもは親御さんが連れて来て下さることが多いのですが、ティーンエージャーは自分の意志で行動を決める年頃。そうした多感な世代の心をうまくつかむことも重要だと思っています。
世代や背景を問わずアートってフランクに入ってくるものだと思うんです。そして、普段接しないものと触れたり、人と交流したりすることで、自分の価値観から飛び抜けられることは面白い。イベントや消費とは違った面で、人の心の中にすごく残っていくものなんです。
プログラムでは本当に少人数で、最終的にアーティストと共に制作までしてもらうこともあります。そうした実体験を通して、六本木と自分とがつながり、この街が仕事やショッピングだけではなく、自分の『居場所』と感じてもらえるようになればうれしいです」
開業から20年もの時を経て、新たな人の輪が生まれることも。「子どもの頃や10代の頃にここで何かの実体験をしたという人が、また折に触れて六本木ヒルズに戻って来てくれることもあるんです」
これまでの六本木とは違う顔を生み出すこと
「文化都心」をコンセプトにしたヒルズの開業で、六本木には新しい顔が生まれました。周囲には東京ミッドタウンや国立新美術館などが相次いで開業。また、一夜に約80万人が集まる街ぐるみの「六本木アートナイト」を2009年から東京都や港区と共催するなど、街を挙げたイベントも盛んに行っています。
「こんなに都心の真ん中に、大きくまとまった、真新しい建物を作ったのが20年前ですね。当時は前例のないことだったと思います。24時間動き続ける『都市の中の都市』という意味で、六本木のイメージや価値観を変えることに寄与できていればと思います。昔であれば夜の繁華街の印象が強かったところに、経済や暮らし、そしてアートが加わり、六本木は昼も夜も楽しめる街になりました。
ヒルズだけでなく街全体の協力をいただいている『六本木アートナイト』は、元々一夜限りでしたが、2009年以来、10年以上続くことになりました。このイベントのお客様の層はとても若く、感度が高くてアートに関心のある方々。夜通し、街中でアートを健全に楽しんでいただいています。象徴的なイベントになりましたね」
別の価値観を持ち込んでいただき、
街と共に成長していく
東京を象徴する街として進化を続ける六本木ヒルズ。一流の文化や芸術に接する「環境」、異なる価値観を持つ人々が交流する「場所」や「時間」を提供することで、「都市の磁力を更に高めていく」ことがこの先も変わらない使命だといいます。そのためには、継承と成長が重要だと戸田さんは語ります。
「再開発の構想から40年、開業から20年というのは、“街”を評価するにはあまりにも短いかもしれません。まだまだこれからですね。ここで暮らしたり働いたりする人と目線を合わせつつも、世界中から新たに訪れる人に、良い意味で別の価値観を持ち込んでいただくこと、そのバランスが成長していく街であるためには大事です。これからもそういう街であり続けるように、新たな20年も街が発展しつづけるように。そして、世界で勝てる都市として東京の磁力をさらに高められるように、引き続き取り組んでいきます」