伝統芸能を通して地域の魅力を発信する「わっかフェス」(主催:三菱商事、朝日新聞社、特別協力:北陸朝日放送)。2023年と24年は秋田県で行われてきたこのイベントが、25年は富山県で初開催される。その舞台に上がる「県民謡越中八尾おわら保存会」のみなさんと横浜の大学生の練習の模様、そして本番への意気込みを紹介する。

※2025年のわっかフェスは終了しました。ご来場・ご視聴くださり、誠にありがとうございました。

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風の季節の到来を告げる たおやかで妖艶(ようえん)な踊り

立春から数えて二百十日、それは風の季節の到来を意味する。例年9月の初めとなる二百十日は、稲の開花時期と台風のシーズンが重なることから「農家の三大厄日」のひとつに数えられ、風害を鎮め五穀豊穣(ほうじょう)を願う行事が各地で行われる。富山市八尾(やつお)町に伝わる「おわら風の盆」もそのひとつだ。

八尾町では11の地域におわら保存会の支部があり、毎年6月ごろから準備が本格化し、9月1日から3日までの本番を迎える。夕刻、町に数千のぼんぼりがともり、そのなかで行われるのが各町の「町流し(※)」。随所に設けられた踊り場やステージでも踊りや歌が披露される。
※通りを踊りながら練り歩くおわら風の盆の主要な行事

おわら風の盆の女踊り
「おらわ風の盆」の女踊り

表情が見えないほど目深に編み笠をかぶり、女性は浴衣、男性は法被を身につけ、ゆったりと踊る姿は、たおやかさとともに色気があり、日本の伝統美の究極を見るようだ。コロナ禍前の最盛期には「おわら風の盆」のために30万人の観光客が詰めかけたという。

11の支部を束ねる「県民謡越中八尾おわら保存会」で演技指導部の副総括を務める城岸司さんは、八尾に生まれ育ち、おわらに関わるようになってから60年近い。小さい頃から20代半ばまで踊り手を務めつつ、20歳からは三味線も始め、地方(※)として三味線の腕を磨いてきた。
※「じかた」。踊りの伴奏を務める楽器演奏者や歌い手

城岸司さん
「県民謡越中八尾おわら保存会」の演技指導部副総括を務める城岸司さん

「私もそうですが、母親のおなかの中にいるときから、おわらを聞いて、生まれてからは親の練習について行き、見よう見まねで踊り始めるというのが、多くの人の流れです」

その後、長年研鑽を積み、芸を磨いてきたのだという。「私は60代になった今でも、三味線をもっとうまくなりたい、と思っています。理想とする先輩方には、まだ及びません」

城岸さんと同じように、八尾ではようやく歩き始めた頃からおわらを始める子どもが少なくない。地元の小学校や中学・高校のクラブ活動などでも技術を磨く機会があり、そうした場は11支部の地域以外の子どもたちが、新たにおわらに出合うきっかけにもなっているという。

「もともと11支部の地域外の人に参加してもらうという発想がなかったので、私たちも何をしていいかわからない。いざやろうとすると、例えばどこで着替えて食事をしてもらうのか、といった小さなことから対応を考える必要があり、なかなか簡単ではありません。でもやっぱり町全体の人数が減っていますからね。最近は11支部の地域外の人でも一緒にやってくれる人がいればできるだけ受け入れたいと思っています」

初対面の緊張をほぐす 熱気あふれる指導

「坂の町」として知られる八尾町は、飛驒高地の北縁から富山湾へと至る中間に位置し、井田川を挟んで高低差を持つダイナミックな地形が特徴。江戸時代には川の氾濫(はんらん)による水害も少なくなかったようで、高い石垣の上に家々が寄り添って立つ独特の景観を今に残している。

地図

石畳の両側に町屋づくりの家屋や商店が整然と並ぶ風情ある通りも魅力的だ。

そんな町にある八尾公民館に昨年12月、おわら保存会のメンバーと、横浜国立大学和楽器サークル「みんけん(民謡研究会合唱団)」の学生たちが集まった。3月に富山市で開かれる「わっかフェス」の舞台に向けた練習のためだ。

おわらの演技披露の様子

最初に保存会のメンバーが、演奏に合わせて模範演技を見せる。普段は太鼓や篠(しの)笛などの練習に励んでいるみんけんのメンバーだが、「わっかフェス」で披露するのは演奏ではなく踊り。独特の間でリズムを刻む三味線と、その合間を縫って響く胡弓(こきゅう)の哀調を帯びた音色に包まれながら、初めて目の当たりにするおわらの踊りを、学生たちは緊張した面持ちで見守っていた。

しかしその緊張も、踊りの練習が始まるとすぐにほぐれたようだった。年齢も学生たちとそれほど変わらない指導役のメンバーが学生1人に対して1人ずつ付き、部活動の先輩と後輩のような親密さで丁寧にコツを教えてくれる。「手の動きに集中していたら足がわからなくなって」「じゃあ、足だけ練習してみようか」。すぐにそんな会話が交わされるようになった。

おわらの練習の様子

学生たちがこの日教わったのは、主に三つあるおわらの踊りのうち、最も古くからある「豊年踊り(旧踊り)」。種もみを選別し、田んぼにまき、稲を刈り取って自然の恵みに感謝し手を合わせる。そうした一連の所作を表現した踊りだ。

「大事なのは、ひとつずつ意味を考えながら踊ること。たとえばこのときはかごのような箕(み)を持っているから手の幅はずっと一定ね。慣れたら高さもずっと一定にできるといいな」

「本番では浴衣の袖があるから、今みたいに手をまっすぐ持ってこられないのね。だからちょっとだけ下からくぐるように。そうそう、いい感じ」

おわらの練習の様子

熱のこもった指導の声が絶え間なく響く。4時間ほどの練習をほぼ休憩なしで乗り切った当人たちの努力もあり、学生たちの踊りはみるみるうちに上達していった。

おわらの練習の様子

町の人たちが守り続けた伝統に誇りを感じて

みんけんは和楽器演奏を中心に活動しているサークルだが、各地の踊りを練習することもあったという。

「先輩たちはおわらを踊っていたと聞いていますが、コロナでそれも引き継ぐことができなくて。今回は演奏するのではなく踊るというので不安でしたが、これを機に自分たちの活動のなかにも踊りを取り入れていくことができたらと思って参加しました。今日は来てよかったです」

藤原彩乃さん
横浜国立大学和楽器サークル「みんけん」代表・藤原彩乃さん

サークル代表を務める藤原彩乃さんは、練習を終え笑顔でそう語ってくれた。対面で指導を受けたことで、やはり得るものは大きかったようだ。

「事前に動画は見ていましたが、女性の場合は特に浴衣で足元がよくわからないので、そんなふうに動いていたんだと驚きました。それに八尾のみなさんは動きが本当にきれいです。すごく柔らかいのに体は芯が通ったようにブレなくて。楽器とは違いますが、音に合わせて動くという点では共通する面白さもありました。本番までみんなでしっかり練習を続けて、大舞台を存分に楽しみたいと思います」

指導役のリーダーを務めた保存会の清水優作さんと山田千紗都さんは、初対面の学生たちがすでに基本的な振り付けを覚えていたことに驚いたという。

清水優作さん
清水優作さん

「みんなすごくやる気がありましたよね。おわらを守っている身としてはそれだけでうれしかったです。なるべくやる気のある人に教えたいなといつも思っているので」(清水さん)

ともに幼少期から20年以上おわらに携わってきた2人に、あらためておわらの魅力はどこにあるのか聞いてみた。

「あの静けさですね。にぎやかな芸能ではないですが、おわらは静けさで人を感動させることができる。僕らの踊りを見て涙を流してくださる方もいるんです。そんなとき、本当にやってきてよかったなと思います」(清水さん)

「おわらは江戸時代に始まったと言われていて、今の形に整ってからでも100年ぐらい続いています。八尾の人たちが伝統をずっと守ってきたこと、その形、心が私は誇らしいです」(山田さん)

山田千紗都さん
山田千紗都さん

ある意味で町の人たちの生き方の羅針盤ともなっているおわらは、単に娯楽や趣味という域を越えているようにも見える。だとするなら、いったい何なのだろうか。

「何だろう……。息をするのと同じ? どうしてやるのかなんて、考えたこともないというか」(山田さん)

「うまいこと言いますね(笑)。僕も同感です」(清水さん)

おわらの練習の様子

自分の成長を感じる 特別な瞬間

各地の伝統芸能は、地域に長く根付いてきた寺社の奉納行事として行われることが多い。そこには祈りを捧げる対象としての神仏、音楽や踊りのなかで人の心が向かう先というべきものが存在する。しかし、おわらはそうではない。

おわらの演技披露の様子

おわらはその誕生から、町の人たちが自分たちのために磨き上げ、受け継いできた民衆の芸能だ。しかしそう言って済ませるには、芸能としての洗練度・完成度が驚くほど高い。そこにも何か、目的のようなものがあるのだろうか。

城岸さんは、「こんな小さな町の芸能を楽しむためにたくさんの方が訪れてくれる、『わっかフェス』の舞台で大勢の方に見てもらえる、それは本当に幸せなことだと思います」とした上で、別の側面も教えてくれた。

「私の考えでは、おわらは芸事として自分の中で感じるもの、自分たちのおわらでもあるんです。演奏していると、どこかで自分が練習を重ねてきたことが出せた感じ、『はっ』とする瞬間がある。うまく説明できませんが、私はその瞬間のために一年間練習しながら風の盆に向き合っている気がします」

おわらの演技披露の様子

そして、自分の役割について「私が感じたのと同じような瞬間を、若い人たちにも感じてもらいたい。そのための場所、きっかけをつくってあげることが自分の仕事だと思っています」と語る。

おわらの練習の様子

指導役の若手2人にも、自分と向き合い、高める姿勢はしっかりと引き継がれているようだ。

「(憧れの存在は)父親。やっぱり踊りが違う。まだ全然追いつけないです」(清水さん)

「教えてくれた年長の人たちのようになりたい。まずは過去の自分よりうまくなっていたい」(山田さん)

間もなく開かれる「わっかフェス」。城岸さんは「富山の八尾という小さな町ですが、伝統芸能を守り、伝えているというところを見てもらえれば」と願っている。

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