出光興産のサービスステーション(SS)を、地域のニーズに応じてより多様なサービスが提供可能な拠点へと進化させる「スマートよろずや構想」。京都・舞鶴の地でこの構想をいち早く実現しているのが、創業から60余年を迎えた田中産業株式会社です。自動車整備と燃料油販売を主軸としながら、車両販売、さらにはいちご農園をスタートさせた同社。まるで異なる事業にチャレンジした背景やこれからの展望を、同社の岸田哲弥代表取締役社長と出光興産関西支店の山口洋平さんが語りました。

vol.5 埼玉の地で「愛車の町医者的な存在」へ>>

田中産業を支える
「お客さまの要望に応えたい」という思い

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田中産業株式会社 代表取締役社長 岸田哲弥さん

──田中産業は創業されてから60年余りとのことですが、どのような歴史を歩まれてきたのですか。

岸田 もともとは祖母が岸田石油店を営んでいました。1957年に祖父が経営拡大に乗り出し、このとき、共同出資者となった人物の名前を取って今の社名となりました。

田中産業は設立初期から、燃料販売業とともに自動車整備業にも力を入れてきました。なかでもバスなどの大型車両や特装車両の点検、整備を得意としていて、これには祖父が日本通運に勤めていたことが、大きく起因していると思います。戦前、戦後と運送業界にいたからこそ、これからの時代は物流が盛んになると見越すことができた。それで大型車両をメインで扱っていた流れで、今の田中産業があります。

私が入社したときも、大型車両を持っている運送業者や建築会社とどう対峙するかを考えました。飛び込み営業をこなした前職の経験を生かして、多くの車両台数を持っているところに営業をかけていく。それも「こういう車検をやっています」と商品を売るのではなく、私という人を知ってもらい、仲良くなるところから始めました。

相手の立場からすると、知らない相手に自分の命を預けたり、商売道具となるクルマを任せることはできないと考えたのです。そうやって信用してもらえるところを少しずつ増やしながらも、父や祖父が守っていたお客様は1社も失わずに続けてこられました。私がごはんを食べられたのは、そういう方々のおかげですから。

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整備工場には、大型バスやトラックなどスケールの大きな車両が並ぶ。
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──大型車両と乗用車では、整備などの扱い方も変わってくるのでは?

岸田 皆さん、やはり怖がりますよね。でも、人がやらないことをやりたい、ニーズがあるならそれに応えるべきというのが、私の考え方。経験のないことに対して「こんなこと、できる?」と聞かれても、まずは「やったことはないけれど、やってみましょうかね」と応じて、そのために何が必要なのかを探します。たとえば、トレーラーメーカーの指定工場になれば、部品の供給をしてもらえるし、不具合が出やすい箇所も教えてもらえる。

そんなふうに道をつないでいったからこそ、多くのメーカーさんとお付き合いできるようになりました。お客様の要望に応えたい、の一心で対応するうちに、今ではフォークリフトの車検もできるまでに。大型車両の入庫台数は年間で約4000台、車検台数は750台ほどになりました。

山口 私は田中産業さんを担当するときに、大型車両と乗用車の割合が8:2と聞いて、「乗用車も2割あるのですか」と驚くくらい、多くの大型車両を扱っていらっしゃいます。お客様から車購入も含めて様々な相談に乗られていますし、ゆくゆくは家ぐらい売るのではないかと思うほどの勢いがありますね(笑)。

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出光興産株式会社 関西支店 山口洋平さん

──田中産業のSSは、スタッフ給油とセルフ給油のどちらにも対応するスプリット型ですよね。

岸田 2010年に消防法が改正され、地下タンクの改修もしくは交換が必要となったタイミングで、全面改装をしてスプリット型に踏み切りました。当時はセルフ給油のみを薦められたのですが、舞鶴のように過疎が進み、おじいちゃん、おばあちゃんもいらっしゃる地域では給油してあげるサービスも必要だと私は思いました。

スタッフを配置しなければならないこともあり、当然、非効率と言われましたが、セルフでは草刈り機に使う混合油をつくれないので、結果的にはよかった。つまり、スプリット型にすればクルマのガソリンはセルフ、混合油はフルサービスと使い分けられるので、お客様の要望が1箇所でどちらも叶えられます。もちろん、フルサービスのほうがガソリンの値段が数円高くなりますが、それでも2割ほどの方には選んでいただけていますね。

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災害対策として導入した発電機は、停電時でもSS内のすべての電力をまかなえる。
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震災対応型給油所だと一目でわかる看板も設置。

いちご農園と併設のスイーツ店経営 
新たなチャレンジの理由

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──2020年には、いちご農園「グランベリーファーム」を設立し、いちごの栽培と販売もスタートされました。クルマとはまったく関係のない事業へのチャレンジには、どのような背景があったのでしょうか?

岸田 もともと舞鶴に田畑を持っていたものの、休耕地の状態でした。でも、この休耕地を生かして何かできることがないかと考え、出光興産にかつてあったアグリバイオ事業部に相談したところ、「いちごを作りませんか?」と提案を受けました。そこで、一人の社員に1年間、埼玉まで栽培のノウハウを学ぶための研修に行ってもらいました。当初は農業生産法人にすることを考えていましたが、必要生産量を確保するのは難しかったため、別会社として立ち上げたのがグランベリーファームです。

どこで販売するかを考えながらの発進でしたが、「SSは小売業だからそこで売ろう」「オイルもいちごも同じだ」と思い立ち実践しました。最初のうちは、お客様も「なんでガソリンスタンドにいちご……?」と驚いていましたが、それでも日を追うごとに売れていく。朝採れの産地直送いちごは、スーパーに出回らない完熟状態でとてもおいしいので、一度購入して味を知ってもらったお客様には、よく買っていただけるようになりました。地域の方が「東京にいる孫に送りたいから」と、注文してくれることも多いですね。一部ですが、ふるさと納税にも出させてもらっています。

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SSの店舗内に陳列された、グランベリーファームのいちごとジャム。どちらも人気の商品。
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──その2年後には、併設のカフェも完成していますね。

岸田 それは、よく知るお客様の声に応えたというのも大きいですね。毎回、車検でマイカーを持ってこられる方のお子さんが、コロナ禍でパティシエのお仕事がなくなってしまい、一緒にその技術を活かして何かできないかと考え、ケーキ屋を出すことになりました。コロナの事業再構築補助金が採択されたこともあり、グランベリーファームのいちごを使ったスイーツの販売を始めました。アイシングが得意なパティシエで、おかげさまでお客様からも好評をいただいています。

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グランベリーファーム併設のカフェでは、地産地消スイーツも販売。
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パティシエが手にするのは人気商品「いちごのズコットケーキ」で、山口さんも好物だそう。

──5年目を迎えた今、どのような思いで経営されているのでしょうか?

岸田 農業はつくづく大変だと感じています。販路の確保にも苦労するし、労力と対価が合っていないと痛感することも多い。後継者問題も相まって、これでは食料自給率も低くなってしまいます。このままでは国力が下がる一方なので、もう少し自立できる農家を作っていきたいとは思っていますね。

──たとえば、農家の販路を確保するように動いたり、栽培するものを増やしたりといった展望もあるのでしょうか?

岸田 売れる数は限られるのでなかなか難しいところですが、いちごの他にもメロンを作りたい、などといったことは考えていますね。とは言え、単に作れる場所を整えても「これをやりたい」と考えてくれる若者がいなければ、設備倒れになるから意味がないな、と。ただ、グランベリーファームを始めたときと同じように、人との出会いから生まれた点と点がつながって線になっていくものなので、これからどう展開していくかはまた変わってくるでしょうね。

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──そういった点と点からどんな線が生まれるか、というのは常々考えていらっしゃるのでしょうか?

岸田 そうですね。これとこれがあるからあれもできる、みたいに、いろいろ考えています。すでに誰かがやっていることを追いかけるのでは、ダメだと思います。人と違う切り口をもつことを大事にしています。

経営理念とか社訓とかではありませんが、強いて言うなら私にあるのは「唯一無二の会社経営」をタイトルにした経営ビジョンですね。これは、特約販売店の次世代経営者を対象とした「出光経営カレッジ」に参加したときに書いたもの。講義をしていただいた先生の教えに「時間軸を必ず大切にしなさい」とあったので、私はそれにならって時間軸のある経営ビジョンをまとめました。「農業をする」という計画も含めて、今のところその通りに進んでいます。

人生って来年もあるとみんな考えるけれど、来年は違う自分なのだから、「今年やろう」と決めたことは今年のうちにやるべきだと思います。これはもう、企業の考え方ではなく人生観ですね。

山口 言語化された社訓はなくても、個人的には岸田社長ご自身が社訓になっていると感じます。社員の方々からは「社長の背中を追いたい」「真似したい」というお話もよく聞きますし。社長のやっていらっしゃることを社員の皆さんが一緒にやりたいと思える会社、それが田中産業さんの姿なのかなと思います。

インフラを守る使命感を胸に
「スマートよろずや」を体現していく

──ここまでのお話を聞いて、田中産業は「スマートよろずや構想」を体現した企業だと実感させられました。山口さんはいかがでしたか?

山口 「スマートよろずや構想」は、全国のSSが燃料供給だけでなく様々なサービスを提供することで、その地域の方と暮らしをサポートする「生活支援基地」を目指すというもの。出光興産側で車検やカーコーティング、査定ができるアプリなどのメニューを用意し、その中からSSを営む特約販売店さんが地域やお客様のニーズに合ったメニューを選び、提供していただく形をとっています。

でも、田中産業さんの場合は、おっしゃる通りよろずやを極めた姿をされていて、正直、紹介できる施策が少ないのですが、岸田社長の構想ではバイオ燃料やカーボンクレジットなど二人三脚でやって行けそうなものもあるので、一緒に取り組んでいきたいですね。

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岸田 これからのSSのあり方を考えると、「スマートよろずや構想」で用意されたパッケージをそのまま使うよりも、ワン・バイ・ワンにしたほうが良いでしょうね。経営者の中にはメーカーの言うままに実践すればうまくいくと考える方もいますが、自社にどれが適合するのかを考え、ニーズに合わせてブラッシュアップしていく必要があると思います。

もっと言えば、その前に自分たちが持っている基幹事業の幹を太くしていかなければ、新規事業は絶対に成功しないと思います。これは私の体験談でもある。本来の事業を磨いた先に新しい事業は必ずあるし、体力も付いているのだから、多少転んでも社員を路頭に迷わすことはないはずです。あとは、SSがあるエリアに対する戦略をどう立てるのかも重要ですね。

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山口 岸田社長は勢いもあるのですが、それ以上に準備をする力が突出していると感じています。新しいことを始めるときも準備に余念がなく、「うまく行かない状況に陥ったらこうしよう」という想定までしているからこそ失敗がない。はたから見ると、やっていらっしゃることの一つ一つが派手なようでいて、実は堅実です。

田中産業さんの事業や業績を聞いて、「岸田社長だからできる」と思う方もいるかもしれません。でも、注目していただきたい点は、できあがった事業ではなく「考え方」の部分です。それぞれの地域で事業展開してこられたSSはすべて、その地域のニーズをもっともよく理解されていると思います。いろいろな方のお話を聞いて取捨選択し、出光興産のメニューも必要に応じて利用していただくことで、どのSSもよろずやとしてさらに進化して行けるのではないでしょうか。

──田中産業では今後、どのような展望をお持ちでしょうか?

岸田 SSは重要なインフラ拠点なので、守らなければならないという使命感を持っています。そのためには、必要な会社の規模はどのくらいなのかを検討していかなくてはならないですね。売上至上主義で会社を大きくしたいという考えはないし、もっと店舗数を増やしたいとも思いません。でも、もしインフラが必要とされながら閉業を余儀なくされたSSに対して「やりませんか?」と言われたら、そこを成功させるために何ができるかを考えると思います。

現在、SSの数は右肩下がり。後継者も減っており、設備の老朽化でコストもかかって……と、農業と同じ道をたどりつつあります。それでも需給のバランスが取れたら、私たちが重宝される日が来るのではないかと思うので、時代を読んで動いていくことはとても大事になるでしょうね。

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