伝統芸能を核として、未来を担う若者やアーティストとともに地域の魅力を発信する「わっかフェス」(主催:三菱商事、朝日新聞社、特別協力:北陸朝日放送)。3月に富山市で開催される本番を前に、出演する郷土芸能団体と横浜の大学生、ゲストアーティスト「ゆず」の事前交流会が2月に射水市で行われた。舞台で披露された渾身(こんしん)の歌や踊りは、ゆずの2人に新鮮な感動を、そして各団体の演者それぞれに刺激を与えたようだ。交流会の様子と、出演者のイベント本番へ向けての思いを紹介する。
※2025年のわっかフェスは終了しました。ご来場・ご視聴くださり、誠にありがとうございました。
vol.1 「心に吹く瞬間の美を求めて 『おわら風の盆』」の記事はこちら>>
vol.3 「水面に広がる波紋のように『わ』はみんなをつなぐ 『わっかフェス』富山市で開催」の記事はこちら>>
「五箇山民謡」の伝統を つないでいくために
秋田で開催された昨年に続き2年連続の「わっかフェス」出演となるゆずの2人にとって、富山県でのパフォーマンスは実に15年ぶり。ステージ上に置かれた二つの椅子に並んで座る北川さんと岩沢さんの目の前、演者の息遣いさえ聞こえそうなその場所で、四つの団体がそれぞれ歌や踊りを披露した。
富山県立南砺平高校は全校生徒64人という小さな学校だが、その約半数が所属する郷土芸能部は全国大会での入賞回数も最多で、この世界では知られた強豪校だ。
「わっかフェス」の舞台で彼らが披露するのは、五箇山民謡のうち「こきりこ」と「麦屋節」。前者はゆったりとしたリズムのなかに踊り手が打ち鳴らす「ささら(※)」が軽快なアクセントを加え、後者は手にした編み笠をクルクルとまわす踊りが楽しいアップテンポな楽曲だ。
※短冊形の薄いひのき板108枚をつないだ打楽器
ゆずの岩沢さんは、踊り手の後ろに並ぶ地方(じかた・伴奏者)の演奏や見たことのない楽器が、興味深かったそう。
県立南砺平高校は世界遺産「合掌造り集落」に近く、郷土芸能部は地元の五箇山民謡を継承するために1989(平成元)年に創部された。全国大会への出場や近隣施設への訪問などで、年に15回ほど発表の機会があるという。
中学時代から三味線を弾いていた部長の河口湧飛(わくと)さん(2年生)は、入学した時から絶対に郷土芸能部に入ると決めていたという。しかし部員の8割は高校に入ってから始めたメンバーで、副部長の織田芽依香さん(2年生)も高校から始めた一人だ。
「私は下のほう(学校のある山間部ではない平野部)の出身なので、五箇山民謡もきちんと聴いたことがありませんでした。でも先輩たちが踊る姿を見たらかっこよくて、こういう世界があるんだ、自分もやってみたいと思いました。南砺市全体でも人が減っているし、山の人たちだけでは五箇山民謡を継承していくことがだんだん難しくなっていくと思います。高校生がこんなことをやっているんだよと発信することで、これまで民謡に興味がなかった人にも注目してもらえたらうれしいです」(織田さん)
「今回披露するのは2曲だけですが、五箇山民謡の魅力を伝えられるように当日までしっかり練習したいと思います。本番は自分たちも楽しみながら、見る人にも楽しんでもらえる場にしたいです」(河口さん)
なんとしても祭りを残す 「射水市の獅子舞」
個性豊かな郷土芸能が今に伝わる北陸の地だが、なかでも特徴的なものに獅子舞がある。富山県では現在も800を超える獅子舞行事があるという。
獅子頭の形態や獅子方(獅子頭の後ろで胴を担う役割)の人数、舞いの内容などは、それぞれの地区によって違う。この日ステージに上がった射水市の「新湊・二の丸町獅子方若連中」の獅子舞は、頭の後ろに6人の獅子方が並ぶ。この形態は「百足(むかで)獅子」と呼ばれるという。
この日出演した団体で最多の、50人ほどで披露された新湊の獅子舞。ステージに上がったのは20代までの若い人たちで、小学生や花笠をかぶった小さな子どもの姿もあった。
「最初に子どもが獅子に捕まって、天狗(てんぐ)がその獅子と戦う。そして攻防が続いたあとに最後は『鎌』という演目で終わる。きちんと全部ストーリーがあるんです」(五十嵐友輔さん/新湊・二の丸町獅子方若連中)
「途中キリコという子どもが出てきてやっていたのは、稲を植えたりする農作業のしぐさです。そして今日は『おべっさん』(恵比寿様)という演目を挟みましたが、本来あれは漁師さんの家でやるもので、釣りざおで獅子を釣り上げてるんですね。そうやって、厄を払いながら自然の恵みに感謝するという意味が込められています」(久々湊〈くぐみなと〉諒さん/新湊・二の丸町獅子方若連中)
後継者不足に悩む伝統芸能が多いなかで、どうしてこんなに若い人が多いのか。五十嵐さんは力強く語った。
「僕らの代になってそう変えたんです。きっかけはコロナでした。人とのつながりが希薄になっていくなかで、このままでは祭りそのものがなくなってしまう。だからそれまで自分たちの町だけでやっていた祭りを、誰でも参加できるようにしました。伝統からは外れていますが、僕はなんとしても祭りを残したい。町内の法被(はっぴ)を着て一緒にやってくれるならみんな仲間だという気持ちです」
名舟町から離れた人にも届けたい 「御陣乗太鼓」
昨年元日に北陸一帯を襲った地震(令和6年能登半島地震)は、石川・富山両県に今も大きな爪痕を残す。その震源地に近い能登半島の輪島市からの参加となるのが御陣乗太鼓だ。
かつて上杉謙信の軍勢が間近に迫った時、武器を持たない村人たちが異形の面をつけ、太鼓を激しく打ち鳴らしながら夜襲をかけ、戦わずして敵を追い払った故事にちなむといわれる。太鼓一つを複数人で激しくたたく姿は圧倒的で、北川さんは演技を見た後に、御陣乗太鼓保存会のメンバーに、「ぶつからないですか」と驚いて声をかけたほど。
地震の前までは元日と2日を除く年間363日が公演日だったという人気の芸能だが、現在は演奏できる場所がすっかりなくなってしまった。
「太鼓をたたく場所がなくなったことがつらいですね。もう1年以上経ちますが、まだ輪島では一度もたたけていません。本当なら地元でこそやりたいんですが」(槌谷博之さん/御陣乗太鼓保存会)
「クヨクヨしても仕方がないので、最近は県外などにも出かけて演奏しています。太鼓をたたいている間は没頭して他のことを考えないので、それで助かっている面もありますね。前を向いていくしかないと思っています」(大宮正勝さん/御陣乗太鼓保存会)
もともと名舟町に生まれた男性だけが継承できるという地域に根ざした芸能だが、地震の後、復興が進まぬなかでは子どもたちの教育もままならないため、後継者と目されていた若者がみんな地元を離れてしまったという。
「現在は町を離れている名舟の出身者で、いずれ帰って太鼓もたたきたいと言ってくれる若い人が何人かいるので、それが希望ですね。『わっかフェス』の大きな舞台で多くの人の目に留まることで、出身者でやっぱり太鼓はいいなと思ってくれる人が増えればと期待しています」(槌谷さん)
静けさのなかに秘めた熱 「おわら」
県民謡越中八尾おわら保存会が披露したのは、富山市八尾町の「おわら節」。毎年9月1日からの「おわら風の盆」の期間中には、多くの観光客が訪れるという。静かでゆったりとした民謡だが、踊りは実につややかで、演奏にはえもいわれぬ陶酔感がある。
この日披露したのは、三つの踊り。「案山子(かかし)踊り」と呼ばれる男性たちの直線的で力強い踊り。蛍狩りの情景を表す女性たちの曲線的で優美な踊り。さらに続く「豊年踊り」は五穀豊穣(ほうじょう)を祈念する踊りで、農作業の動きを模した所作が興味深い。
遠く離れた横浜の大学生と 心ひとつにして
3月の本番では、おわら節の豊年踊りに、横浜国立大学の民謡研究会合唱団(みんけん)の12人も加わる。この日は昨年12月に富山市八尾町を訪れて、保存会の人たちに踊りを指導してもらって以来、保存会のメンバーと2カ月ぶりに再会。交流会の前後の時間でみっちり合同練習をした。
「今日初めて浴衣と草履で踊ったので、洋服の時と違って、特に足の運びが難しかったです。私自身は手や肩が下がりすぎることと、笠をかぶった時の顔の角度を意識するようにアドバイスをもらいました」(みんけん代表・藤原彩乃さん)
「学生さんたちの踊りも非常に良くなりました。若いってすごいですね。伸びる時はすっと伸びる。もともと学生さんたちが大変意欲的で、しっかり取り組んでくれたおかげでもあると思います」(城岸司さん/県民謡越中八尾おわら保存会)
見る人も一緒に大きな「わ」を
全団体の終演後、ステージを降りながらも名残を惜しむように何度も振り返り、演者に直接声をかけていたゆずの2人。インタビューで、共演する郷土芸能団体との交流について語った。
「北陸という土地柄なのか、耐える強さ、抑えた熱のようなものをすごく感じました。ぱっとわかりやすい派手さではないけれど、抑えたなかで表現する力というのか。それがすごくいいなと思いました。ふだん出合うことのないものが出合って何かを生み出すというのがフェスの面白さなので、各団体のみなさんとも何かのかたちでコラボできたらと思っています」(北川さん)
「獅子舞の掛け声は、なかでも即戦力ですね(笑)」(岩沢さん)
「つながる、ひろがる、地域のわ。」をテーマとする「わっかフェス」に向けて、ゆずの2人のなかで、情熱とともにアイデアも湧いたようだ。
「輪/和って、日本の心ですよね。僕らがずっと大事にしてきたもの。当日のステージに立つ人も、見にきてくださる人たちも一人ひとり世代や立場は違うけれど、みんなをつなぐ『わ』があるんだということを思い出す機会になるんじゃないか。そしてそれは、これからの未来に必要なピースなんじゃないかという気がしています」(北川さん)
「『わ』をつなぐということは、1人では絶対にできません。コンサートも見にきてくださる人たちがいないと成立しないので、それも『わ』ですよね。ここ富山で、ぜひみんなでおっきな『わ』を作れたらいいですね」(岩沢さん)
本番当日、その「わ」は、いったいどこまで広がるのか。富山市での「わっかフェス」は、間もなくだ。