日本人の男性が罹患(りかん)するがんの中で一番多いとされる前立腺がん。その治療が進化する一方で、患者が「自身の悩みを明かしにくい」と考えていることも明らかになっています。毎年11月は、男性がん啓発月間です。これに先駆けて、前立腺がんの闘病経験者と医師がそれぞれの立場から、よりよい治療とコミュニケーションのために必要なことを語り合いました。

自覚症状には個人差あり
検査・治療が多様化

宮本 前立腺がんを患ったのは6年前です。ステージⅡ、ギリギリ転移がない状態での発見でした。61歳まで大病をせず健康に生きてきたので、当時は青天の霹靂(へきれき)という感じで。発覚するまでは前立腺がどんな器官なのかも知りませんでした。

赤松 詳しく知らない人は多いですよ。前立腺は精液の一部をつくる、栗の実のような形状の器官です。直腸と恥骨の間にあり、尿道にも接しています。日本人男性の前立腺がん発症率は約9人に1人、年間およそ9万5千人が診断されるとても身近な病気です。発見に役立つのは血液で調べるPSAというたんぱく質の値で、排尿トラブルなどから発覚することもあります。検査した段階で重篤な人は1~2割です。

赤松秀輔先生
名古屋大学大学院 医学系研究科泌尿器科 教授
赤松秀輔先生

中本 発見のための画像診断でも、PSAの値は大きなヒントです。疑わしい時の多くは、MRI検査をします。組織を採取する生検という検査の実施数を最小限にできますし、全身CTでは見つけにくい場合もあるので。お二人は発覚前に何か気になる症状がありましたか。

宮本 頻尿で夜に何度か起きていました。父に相談したら「歳を取ればそんなものだ」と。深く気に留めませんでした。

武内 私は頻尿のほか、尿意に切迫感がありました。前立腺肥大を疑って検査をしたところ、がんで。PSAは正常値の数十倍、浸潤のあるステージⅢでした。外科手術は難しく、がんの拡大に影響する男性ホルモンを抑える内分泌療法ができたとして5年生存率は2割ほどだと告げられました。20年以上前のことです。今とはずいぶん違い、情報を集めることが大変でした。

宮本 苦労されたのですね。僕のがん発覚のきっかけは健康関連のバラエティー番組です。先々の仕事への影響を考慮して会見を開き、全摘出手術を予定していることも公表しました。情報は少しずつ得ていきましたが、状況を知ったがんサバイバーの友人知人からのアドバイスで少し混乱したところがあります。「全摘出でも再発はあるから油断しないで」「切らないほうがいいよ」とか。

赤松 外科手術回避のアドバイスは、尿もれを気にされたのかもしれませんね。全員ではないものの、一部の人に生じるので。自覚症状にも後遺症にも、個人差があります。

中本 私の親族も何人か患いました。全摘出して今も元気にしている人もいれば、高齢で発覚したものの寿命を全うした人も。年齢やステージなども重要ですね。

中本裕士先生
京都大学大学院医学研究科 放射線医学講座
(画像診断学・核医学) 教授
中本裕士先生

赤松 ステージは腫瘍(しゅよう)の大きさ・リンパ節転移・遠隔転移を元に決定します。標準治療は、転移がなければ外科手術か放射線療法です。転移があれば、放射線療法や内分泌療法、抗がん剤を用いる薬物療法を選択します。ただ、早期ならば治療ではなく一旦は外来でフォローする監視療法もあります。また、保険適用外では超音波を用いてがん細胞を焼くフォーカルセラピーなども。これは身体的負担を最小限にとどめられる治療です。かなり多様化している印象ですね。

武内 私は放射線治療を選びましたが、闘病当時は治療法としてまだあまり信用されていませんでした。中でも私が受けた照射方法は、まだ保険が適用されていなかった新しいもの。今ではすっかりメジャーになっています。変遷を感じますね。

宮本 なるほど。治療の進化で言うと、僕は痛みへの対処も気になります。治療そのものというより、生検の針。あれが本当に痛くて。

武内 わかります。私は10本ほど刺しました。まるで野戦病院で治療されているかのようで(笑)。

赤松 以前は肛門から針を入れ、前立腺を目がけて直接刺していましたからね。お二人ともつらい思いをされたでしょう。あれもこの数年で、麻酔が使われるようになりました。あとは、治療期間が短縮されつつあることもお伝えしておきたいですね。特に放射線治療。武内さんが闘病された頃は2カ月ぐらい毎日照射していましたが、今はその半分程度です。早いものでは1週間ほどで済むことも。

中本 治療法同様、検査の手法も様々です。先に出てきた血液検査や生検。がんの広がりや形状を見るMRIやCTに加え、骨への転移を放射線を用いて調べる骨シンチなどもあります。こうした検査で診断を確定させるだけではなく、薬の効きや再発の有無も調べていきます。治療の過程では主治医と相談することも多々ありますが、医師側は常に様々な可能性を探りながら治療を検討しています。オーダーメイドなものなのだと知っておいていただきたいです。

武内 私は治療がひと段落した時期にブログで発信していた情報を取りまとめ、10年ほど前に患者会も結成しました。現在は複数の学会の協力を得ながらセミナーを開いたり、会員交流の場を設けたりしていますが、正しい情報を得ながら話をすることが闘病には欠かせないと感じます。

宮本 前立腺がんは下半身の病気ですから、男性としてのプライドにも関わります。話しづらく感じる人もいるでしょう。忌憚(きたん)なく話せる場があるのはいいことですよね。

宮本亞門さん
闘病経験者 演出家
宮本亞門さん

国内の治療に新たな一歩
期待高まる核医学の進展

赤松 治療の進歩と相まって、薬も著しく進化を遂げています。がん細胞の遺伝子変異に応じて使える薬や、放射線医薬品などです。中でも後者は核医学の進展による成果であり、恩恵を受ける患者さんには朗報と言えます。

中本 放射線を応用する核医学は元々、骨シンチやPETといった検査で用いられてきました。それが今、世界では治療にも取り入れられています。大変精度が高いその検査薬・治療薬がついに今秋、日本でも承認されました。

武内 患者会でも長らく注目してきました。

中本 欧米で先行実施されている治療法ですが、国内でまもなく導入されるはずです。特に重篤な状態の患者さんを救える可能性があります。どんな状況で取り入れるべきか、患者さんが比較的早期なのか進行しているのかなどが、この先議論されることになりますね。

赤松 この治療のために海を渡る人も多くいました。日本での承認に、現場の人間としては大きな期待を抱いています。薬物療法の治療では、抗がん剤などにつらいイメージを持ってしまいがちです。こういった比較的体への負担が少ないものが新たな選択肢として出てくることで、患者さんは勇気づけられると思います。

宮本 知らなかったことばかりです。明るく生活することを心がけていても、再発のことを考えればどうしても気分は重くなります。治療中の人にも僕のような立場の人にも、希望の光ですね。

自分らしい生活のために
共同意思決定で治療を選ぶ

中本 宮本さんの全摘出という決断はどんなふうに決められたのですか。

宮本 仕事の拘束期間や海外での活動を考えると頻繁に通院するのが難しいと感じました。内分泌治療は演出の仕事をする上で気持ちの揺らぎが生じるのが嫌で。もちろん、仕事のことだけで考えていたわけではありません。術後の尿もれや勃起障害などが生じるリスクを踏まえて検討するために、セカンドオピニオンも利用しました。

赤松 治療選択には仕事などの社会的背景や経済状況、人生観も大きく影響します。今は共同意思決定の時代で、医師が治療を授けるのではなく、患者さんと共に考える流れになりつつあります(図参照)。例えば、内分泌療法は長期的には認知機能に影響が出たり、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)や心筋梗塞(こうそく)などのリスクが高まったりします。メリットとデメリットをきちんと伝えますね。

広まりつつある共同意思決定

1990年代の後半に海外から伝わったインフォームド・コンセントが普及する中、近年は共同意思決定が重視されるように。医学的根拠や患者自身の意向などを共有する「双方向のコミュニケーション」の下で治療方針を決定していくというもので、さらなる認知拡大が期待される。共同意思決定での選択の先に、インフォームド・コンセントによる理解と同意も必要とされる。

広まりつつある共同意思決定

宮本 そうやって話せることは重要ですね。僕の主治医も前を向かせてくれました。

武内 私はサードオピニオンまで利用しました。治療法はもちろん、運命を託せる医師と出会えたことは大きかったです。かかる病院にもよると思います。患者会で話を聞くと、説明が不十分だったり、内容が手術に偏っていたりして戸惑ったという人は珍しくありません。どんな治療も情報も、自分に合っているかが大事ですね。

武内務さん
闘病経験者 NPO法人腺友倶楽部 理事長
武内務さん

赤松 泌尿器科と放射線科で並行して診察してもらえる病院は限られますし、泌尿器科は外科系に近いので多少手術に偏るところはあると思います。そういう意味でもセカンドオピニオンは重要です。

中本 病院による違いは確かにありますね。検査機器の導入などにも同じことが言えます。ただ治療が変われば検査が変わるので、是正されていくと思っています。コミュニケーションもぜひそうなればと。

宮本 選挙の時によく目にする政党マッチングのような仕組みがほしいですね。調べるほどにネガティブになってしまったので。当時はネットサーフィンがつらくて。

赤松 熱心に調べる人は多いです。今はますます情報が手軽に取れるようになり、AIで概要をつかむ人もいるほどで。ただ、今も昔もその情報が正しいかどうかの精査は必要です。会話の材料にしてほしいですね。そしてもちろん、医師側の情報のアップデートも大切です。治療が変わっていくところなので。

中本 何しろ進化のスピードが速いので、患者さんが治療と向き合うタイミングで、見聞きした情報が自分にフィットしないものになっている可能性があります。双方の丁寧な会話が必要です。

宮本 人と人、きっとそれが治療における最後の砦(とりで)なのですね。多くの人がかかる病気だけに、これからの治療の進化も楽しみです。

赤松秀輔先生、中本裕士先生、宮本亞門さん、武内務さん

名古屋大学大学院 医学系研究科泌尿器科 教授
赤松秀輔先生

あかまつ・しゅうすけ/京都大学大学院医学研究科博士課程修了。理化学研究所ゲノム医科学研究センター、ブリティッシュコロンビア大学泌尿器科(カナダ)などを経て、2015年に京都大学大学院医学研究科泌尿器科に着任。23年から現職。専門は前立腺がん、分子遺伝学など。

京都大学大学院医学研究科
放射線医学講座(画像診断学・核医学) 教授
中本裕士先生

なかもと・ゆうじ/京都大学医学部卒業。ミシガン大学(アメリカ)、先端医療研究センターなどを経て2005年に京都大学大学院医学研究科に着任。20年から現職。放射線診断専門医、核医学専門医、PET核医学認定医。専門は画像診断学、腫瘍核医学。

闘病経験者
演出家
宮本亞門さん

みやもと・あもん/1987年に演出家デビュー。2004年にオンブロードウェイのミュージカル『太平洋序曲』でトニー賞4部門にノミネート。以後も幅広い作品を手がける。19年に前立腺がんを公表し、手術を経て寛解。著書に『上を向いて生きる』(幻冬舎)などがある。

闘病経験者
NPO法人腺友倶楽部 理事長
武内務さん

たけうち・つとむ/2004年に50代で前立腺がんを発症。放射線療法を受ける。闘病体験や患者同士の交流をきっかけに患者会「腺友倶楽部」を設立し16年にNPO法人化。以後は専門医を招いてのセミナーやオンライン交流会の開催、会報発行などで前立腺がんの医療情報を患者に届けている。

11月は男性がん啓発月間
Movember

11月19日の「国際男性デー」を中心に実施される世界的な啓発活動。男性特有の前立腺がんや精巣がんをはじめ、メンタルヘルスをケアすることの大切さが呼びかけられている。発祥はオーストラリアで、日本でもチャリティーイベントなどが開催される。
「Movember」とは造語で、オーストラリア英語で口ひげを指す「Mo」と11月の「November」から。認知拡大のチャレンジとして、約1カ月にわたり口ひげを伸ばす運動が知られている。

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