日本人男性が罹患(りかん)するがんの中で最も多い、前立腺がん。その数は年間9万5千人以上にもなります〔1〕。近年は検査・治療の技術革新のほか、患者さんの意向を丁寧にくんだ方針決定によって、さらに治療と向き合いやすい条件が整いつつあります。いざという時のために、私たちが知っておくべきこととは。罹患者の年代や気にかけたい検査項目、そして診断された後の実際の治療について、医師と患者会の代表が語り合いました。
年々増え続けている罹患者
積極的な検査が求められる
佐谷 がんの基礎研究を続けてきた身ですが、いざ自分が前立腺がんを患うと比較的予後がいいとされるがんでも、心境は複雑でした。80歳以上の男性の約6割は、実は前立腺に小さながんがある〔2〕とも言われますし、啓発が必須ですね。
赤倉 前立腺がんは2021年に男性におけるがんの罹患者数でトップになりました。50歳ぐらいから増え始め、70歳前後が一番多いことがわかっています〔1〕。増えた要因は、長寿化や生活習慣の欧米化、前立腺トラブルに関連するPSAというたんぱく質の数値を見る血液検査の普及などです。
武内 5年生存率は92%ほどですが〔3〕、「大したことない病気だ」と考えないでいただきたいです。患者会の印象としては、長期的な予後は、このような高い数値で推移していません。進行はゆっくりでも命に関わります。早期の発見と治療が大切です。
佐谷 私はステージⅢでの発見で、がんだと確定するために組織を採取する生検などの検査に始まり、外科手術、ホルモン治療、放射線治療とフルコースとも言える経験をしました。まずは治療前の検査について、放射線の専門家である神宮先生はどうお考えですか。
佐谷秀行先生
神宮 色々な検査がありますが、PSA値が高い時には生検の前に画像検査、特にMRI検査は終えておきたいですね。
武内 私は約21年前に診断されましたが、当時のPSA値は3桁を超えていて即生検でした。
佐谷 その数値であれば進行していただろうと思いますが、自覚された症状は。
武内 頻尿や尿意の切迫感などがありました。ただ、前立腺肥大症だと思っていまして。実際はステージⅢでした。
赤倉 おっしゃる通り、前立腺肥大症も同じ年代から増えてきます。そして初期の前立腺がんには特徴的な自覚症状はないので厄介です。まずはPSA検査などのスクリーニング検査が重要ですね。がんと肥大症を見分ける血液腫瘍マーカー検査なども取り入れます。
武内 検査の過程で私が印象に残っているのは、当時MRIを受けるまでにひと月近く待ったことです。転移があり得るPSA数値だったので、すごく歯がゆかったですね。今はどうでしょう。
赤倉 100に近いような数値は急ぎます〔4〕。転移していれば痛みも出ますから、もちろんそれも考慮して。PSA値が低い場合は、定期的に検査し、数値上昇を監視することもあります。
赤倉功一郎先生
多様化・進化し続ける治療
選ぶ時に大切なことは
佐谷 治療法が進化してきたとよく耳にしますが、その種類と進歩はどんな状況でしょうか。
赤倉 先にお話しした監視療法、根治的治療では転移がなければロボット支援による外科手術や放射線治療などです。体にかかる負担をなるべく避けて穏便にやる治療としては、薬物療法がありますね。特にホルモン療法が大きな柱で、他には抗がん剤を用いる化学療法、放射線の内用療法なども。
佐谷 放射線の治療は照射をイメージする人が多そうですが、この内用療法は薬の投与ですね。
神宮 はい。核医学治療とも呼ばれます。点滴あるいは静脈注射で放射線を出す薬剤を注入し血流に乗せるため、複数の転移があっても届かせることができます。ステージが高い患者さんの選択肢として10年ほど前に保険適用されました。さらに、核医学治療には変化の兆しがあり、新たな治療選択肢も加わりました。
武内 昨秋ですね。放射線治療でも選択肢が増えたのは、大変うれしいことでした。
佐谷 皆さん選択の多様化を実感されていますね。私が取り組む分野の話を添えると、遺伝子検査で治療薬を決めるようなゲノム医療も進んでいます。治療において、何か課題などは感じていますか。
赤倉 全ての人が制約なく治療をするには、設備が追いついていない印象ですね。ロボット支援手術も放射線治療にしても、さらなる普及が望まれます。
神宮 確かに、全国の状況に目を向けると施設整備の課題はあると思います。特に内用療法は新たな治療として広がっていくところなので。
佐谷 なるほど。では選択肢がある中での標準治療の位置付けにも触れたいと思います。これは高価と安価の中間ということではなくエビデンス、つまり科学的な効果が証明されている一番いい治療ですね。
赤倉 ええ。私は最適治療という表現がイメージしやすいと思っています。ただ「個人における最適が何か」は少し難しい問題です。がん以外に併せ持つ病気、人生に対する価値観は人それぞれですから。
武内務さん
患者と医療者が手を携える
「共同意思決定」広がる
佐谷 人それぞれの価値観を治療に反映していくには、「共同意思決定」がますます重視されますね。これは医師が一方的に治療を授けるのではなく、双方向のコミュニケーションの中で患者さんの希望をきちんとくんで治療方針を決定していく、というものです。浸透状況はどのような印象ですか。
赤倉 概念としては広まってきていると思います。特に前立腺がんは治療の選択肢が増えていますから、それぞれのメリットとデメリットを説明した上で、患者さん側の思いを伺っています。
神宮 放射線治療も、優先事項を伺いながらご提案しています。一度で終わる治療ではないため、通院の頻度や副作用などを詳しくお話ししています。高齢の患者さんは「よくわからないので、先生にお任せします」とおっしゃることもあるので、ご家族も含めて丁寧な説明が不可欠です。
武内 患者さんが自分の選択肢の全てをイメージできる冊子のようなものが欲しいと思っています。医療者向けのガイドラインでは治療法が単に並列に記載されているだけなので、選びにくくて不十分だと感じていました。
赤倉 確かに。例えばホットフラッシュ(ほてり)などの副作用は目に見えませんから、患者さんの目線がより大切になると思います。
佐谷 あの深刻な気持ち悪さは、体感しないとわからないものでした。
武内 副作用については患者会でも時々アドバイスさせてもらっています。本人は治療法ばかりを気にして、副作用や後遺症は二の次になってしまうので。でも、これらは治療の先にも年単位で続くことすらあります。そして副作用・後遺症は治療の数だけ足し算されることが多いわけで。例えば術後の尿漏れを気にして、念のためでも下着に尿パッドをつけておくことがありますね。患者さんにとっては大きな変化であり、負担です。使用済みパッドを捨てられる男性トイレも、ほぼありません。
佐谷 私も最初は尿漏れケアで生じる負担に全く気がついていませんでした。元気になって仕事に復帰したり実生活を取り戻したりするわけですが、出張に行く荷物の半分が尿パッドになるとは、と。そういう冊子で副作用や後遺症の知識を得ていただくと、セカンドオピニオンが取りやすくなりますね。泌尿器科と放射線科それぞれに尋ねてサードオピニオンまでやってみよう、という人も出てくるかもしれません。
赤倉 各都道府県に整備されているがん拠点病院は、相談支援や専門的医療など比較的幅のある提案をしてくれるはずです。
神宮 以前海外留学中に、あるがんの患者さんの治療について、外科医、内科医、放射線治療医、化学療法専門医が一堂に介して患者さんに説明していたのが印象的でした。ディスカッションを経て方針が提案されるのを目の当たりにして、日本でもこれが当たり前になれば、と今でも思います。
神宮啓一先生
佐谷 では最後に、それぞれの立場からメッセージをいただけますでしょうか。
赤倉 今の時代、前立腺がんだと診断されて全員が手術を選択するわけではありません。一人ひとりに合う最善の治療、適切な対応を取っていきます。その選択肢を狭めないためにも、やはりぜひPSAの検査を。50歳以上の男性は症状の有無を問わず、年に一度は受けていただきたいと思います。親族や家系の中で前立腺がんを患った人がいる場合には、少し若い年齢でかかることもあります。そういう人は40歳を目安にしましょう。家族間でも検査を勧めていただきたいです。
神宮 画像検査そして内用療法を含む放射線治療は日進月歩だと感じています。これらが様々な段階で取り入れられるようになっていて、患者さんのQOL(生活の質)や予後の改善が期待できる分野です。ひとつの選択肢として、覚えておいていただきたいと思います。
武内 日々患者さんと接してみて、医師が自分の専門外の選択肢について、まだまだ知識をアップデートしきれていないように思います。ぜひ頑張っていただきたいです。そして患者さんは、かつて「手段がない」と言われた人にも新しい治療が出てきているので、今後の進化も期待しつつ、前向きに対処されるといいのではないでしょうか。
佐谷 私からも申し上げると、がんだとわかってからのショックが少しおさまり、病気と向き合う気持ちになった時、医師の意見を聞きながらも、患者さん自ら積極的に学んでいただきたいと思います。慌てて即断せず、がんを落ち着いて見つめる視点も必要です。今日は皆さん、どうもありがとうございました。
藤田医科大学 腫瘍医学研究センター センター長
佐谷秀行先生
さや・ひでゆき/神戸大学大学院医学研究科修了。米カリフォルニア大学研究員、慶應義塾大学病院副院長などを経て2022年に藤田医科大学腫瘍医学研究センター長兼特命教授に着任。23年から現職。日本癌学会元理事長、米国癌学会名誉会員。受賞歴多数。前立腺がんサバイバー。
JCHO三島総合病院 院長
赤倉功一郎先生
あかくら・こういちろう/千葉大学大学院医学研究科修了。カナダ・ブリティッシュコロンビアがん研究所研究員、千葉大学大学院医学研究院助教授などを経て、2015年にJCHO東京新宿メディカルセンター副院長・泌尿器科部長に着任。24年から現職。
NPO法人 腺友倶楽部 代表
武内務さん
たけうち・つとむ/2004年に50代で前立腺がんを発症。闘病体験・患者同士の交流をきっかけに患者会「腺友倶楽部」を設立。以後は専門医を招いてのセミナーやオンライン相談会の開催、会報発行などで前立腺がんの医療情報を患者に届けている。
東北大学病院 がんセンター長/放射線治療科 教授
神宮啓一先生
じんぐう・けいいち/東北大学大学院医学系研究科修了。(独)放射線医学総合研究所研究員、東北大学病院放射線部助教、米スタンフォード大学放射線治療科客員研究員などを経て、2012年から現職。日本放射線腫瘍学会理事、日本食道学会前理事。
文献:
〔1〕. 公益財団法人がん研究振興財団.がんの統計2026(図表編),2026,p.24-25.
〔2〕. 横溝晃.高齢者前立腺がん治療の現状と展望.日本老年医学会雑誌.2015;52(1):26-33.
〔3〕. 公益財団法人がん研究振興財団.がんの統計2026(図表編),2026,p.30
〔4〕. 近沢逸平,國井建司郎,牛本千春子,ほか.診断時PSA値が100ng/mL以上であった前立腺癌の検討.日本泌尿器科学会雑誌.2019;110(3):168–176.
後援:一般社団法人 日本癌学会、公益財団法人 前立腺研究財団、特定非営利活動法人 前立腺がん啓発推進実行委員会、NPO法人 腺友倶楽部