WELL-BEING ACTION!

生活者発想で「新しい豊かさ」をデザインする
――シン消費とSBNRが拓くウェルビーイング・マーケティング

物質的な豊かさが行き渡り、効率性や合理性が徹底的に追求されてきた現代社会では、多くの人の関心が「どれだけ持っているか」から「どう生きるか」へと移りつつある。
1月28日(水)~30日(金)・東京ビッグサイトで開催された「ウェルビーイングテクノロジー展」では、「生活者発想で考えるウェルビーイング・マーケティング~ポスト資本主義社会における『豊かさ』とシン消費を紐解く~」と題したステージが行われた。

登壇したのは、生活者や社会の幸福・ウェルビーイングをテーマに「豊かさ」の研究やソーシャルプロジェクト開発に取り組む、株式会社博報堂 生活者発想技術研究所 上席研究員の伊藤 幹さん。
そして、テレビ局アナウンサーからフローリストへと転身し、フラワーブランド「gui」を立ち上げた株式会社スードリー代表で、ウェルビーイングアクション ナビゲーターも務める前田 有紀さんだ。

2人は、「ウェルビーイング・マーケティング」「ウェルビーイング・バリューチェーン」「SBNR」「シン消費」といったキーワードを手がかりに、心の豊かさとビジネスの接点を探った。

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なぜ今、「人や社会を幸福にするマーケティング」なのか

「ウェルビーイング・マーケティングとは、モノやサービスの購買を促すマーケティングから、人や社会を幸福にするマーケティングを目指した新しい試みです」。
伊藤さんは、自身が関わった「ザ・ウェルビーイングレポート Vol.2」を紹介しながら、こう話を切り出した。

同レポートでは、企業がウェルビーイングをビジネスに導入する方法を「人材マネジメントへの活用」と「マーケティングへの活用」に大きく分けて調査している。
前者はいわゆるウェルビーイング経営にあたる働く環境の整備や健康リスク対策などを指し、後者は商品・サービス開発や広告・販促などにウェルビーイングの概念を取り入れているケースを指す。

結果として興味深かったのは、仕事の満足度の違いだ。ウェルビーイングを導入していない企業では、経営者64.7%、担当者50.8%が仕事に満足と回答する一方、人材マネジメントには取り入れているがマーケティングには活用していない企業では、経営者83.3%に対し担当者は54.1%とほぼ横ばいだった。
これに対して、マーケティング活用を進めている企業では、経営者86.5%、担当者73.0%と、現場の満足度も大きく伸びていた。

「働く環境が整うことも大事ですが、『自分が携わっている商品やサービスが、誰かのウェルビーイングにつながっている』と実感できることが、やりがいを大きく押し上げているように見えます」と伊藤さんは指摘する。
顧客の「幸せ」を考えるウェルビーイング・マーケティングは、多くの働く人の根源的なモチベーションを刺激するからこそ、創造性やチームのムード向上といったポジティブな変化が連鎖していくのではないか、と続けた。

こうしたデータは、「人事だけでなくマーケティングの現場でもウェルビーイングを軸に置くこと」が、経営と現場の両方に効くことを示していると言える。自社のプロダクトやサービスが、誰のどんな状態を少し良くしているのか――まずはそこを言葉にしてみることが、ウェルビーイング・マーケティングの入り口になるはずだ。

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ザ・ウェルビーイングレポート Vol.2

花と暮らしをつなぐブランドから生まれる、小さなウェルビーイング・バリューチェーン

こうした概念を、具体的な現場でどう生かせるのか。
そこで話題は、前田さんの実践へと移った。

前田さんは、テレビ朝日アナウンサーとして10年間勤務したのち、「自然と関わる仕事をしたら、自分はどう変わるだろう」という思いからイギリスへ留学し、古城で見習いガーデナーとして働いた。
帰国後、都内の花屋で3年修業を積み、2018年にフラワーブランド「gui」を立ち上げ、現在は鎌倉にも店を構えている。

「好きなことを仕事にしている人たちの目の輝きに惹かれて、自分もそちら側に行ってみたいと思ったんです」と前田さんは振り返る。

セッションでは、自身のブランドサイト「gui」のページも紹介した。
guiのブランドページでは、花と植物の事業を通じて「人々の暮らしや地域、社会をより良くする」ことを掲げ、地域の花や野菜、アーティストやお店をつなぐ小さな循環が描かれている。
花をつくる人、並べて売る人、飾る人がつながり合い、みんなが少しずつ豊かになっていく未来像が、ミッションやバリューとして言語化されている。

鎌倉の店舗を中心に描いたイラストには、地元の農家から届く花や野菜が、地域のお年寄りや子ども、カップルの食卓へと巡っていく様子が描かれていた。
「売上だけでなく、『誰のどんなウェルビーイングに貢献しているのか』をチームで共有する指標にしたくて、この1年かけてミッションやバリューを言語化しました」と前田さんは話す。

前田さんの店舗を中心に、農家、スタッフ、地域の人々にポジティブな変化が連鎖していく構図は、伊藤さんが語る「ウェルビーイング・バリューチェーン」の具体例と言える。

直接生活者と接点のある小売業やサービス業はもちろん、目の前でお客さんの反応が見えない企業であっても、「自分たちの成果物の先にいる人」まで想像を広げてみると、自社なりのウェルビーイング・バリューチェーンが見えてくるかもしれない。

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SBNRと「シン消費」――生活者の心の豊かさをどう捉えるか

心の豊かさを探るうえで、伊藤さんがキーワードとして挙げたのが「SBNR」だ。
SBNRとは「Spiritual But Not Religious」の略で、特定の宗教を信仰しているわけではないが、精神的な豊かさを求める人々を指す概念である。

「もともとは米国で、教会離れが進む中でも、宗教とは別の形で『自分なりの信じるもの』を持つ人たちを捉える言葉として広まりました」と伊藤さんは説明する。
博報堂とSIGNINGが実施した調査では、日本ではこのSBNR層が全体の約43%と、米国8%、フランス17%、インド4%と比べて非常に高い割合を占めることがわかった。
特に20代では48%と、若い世代で顕著に多い傾向が見られる。

伊藤さんたちは、このSBNRを「Soul(こころ)」「Body(からだ)」「Nature(しぜん)」「Relationship(つながり)」という4つの価値観として再解釈し、ライフスタイルとしての「心の豊かさ」を探ってきた。
健康維持、食生活の充実、旅行や文化への投資、自分の感性を磨くことなどに関心が高く、ビジネスのターゲットとしても有望な層だという。

一方、消費のトレンドも変化している。
「1960年代以降のモノ消費(便利で快適な商品)から、1990年代以降のコト消費(豊かな体験・時間)を経て、いまは心身の充足を重視する『シン消費』が台頭しつつあります」と伊藤さんは語る。
シン消費の「シン」は、身・心・信を指し、身体の心地よさや心の安定、何かを信じられる感覚といった精神的価値に重きが移っていると説明する。

サウナ、推し活、筋トレ、アウトドア、掃除、アート、食――一見するとそこに精神性(スピリチュアリティ)はなさそうな日常の趣味や習慣も、「道化(行いを極める)」「型化(ルールや作法を持たせる)」「聖地化(土地や物語を付与する)」といったプロセスを経ることで、個人にとって大切なリチュアル(儀式)となり、シン消費としての価値を帯びていく。
「日常の行為に小さな儀式性を与えることで、そこが自分の物語としての豊かさを育む場になります」と伊藤さんは話す。

シン消費の話を受けて、前田さんは印象的だった常連客のエピソードを語った。
「年末まで毎週来てくださっていたお客さまが、しばらく姿を見せなくなって心配していたんですが、先日久しぶりにいらして、『体調を崩して入院もしていて、家のことをする気力がなかった。でも久しぶりに花を飾ってみたら、やっぱり花があることで毎日を気持ちよく過ごせると気づいた』とおっしゃってくださったんです」。

伊藤さんは、「家は自分の延長線上にある存在。家をきれいに整えることは、自分をケアすることに近い」と応じ、花を飾る行為を「自分と空間を整え、心をケアするリチュアル」として捉えた。

読者自身のビジネスの中にも、サウナや推し活のように、まだ名前のついていない「シン消費」の芽が潜んでいるかもしれない。自社のサービスやプロダクトが、生活者のどんな心の状態に寄り添っているのか、一度立ち止まって見直すことが、価値提案を深める手がかりになりそうだ。

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ウェルビーイング・アワードが映し出す、テクノロジーと幸せの可能性

セッションの終盤では、伊藤さんが実行委員を務める「ウェルビーイング・アワード」の取り組みも紹介された。
「ウェルビーイング・アワード」は、あらゆる商品・サービス、活動、組織の中から、人々が自分らしく、健康に・幸福に生きる社会づくりに貢献した事例に光を当て、世の中に広めていくことで、ウェルビーイングな社会を推進することを目指すアワードである。

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これまでの受賞事例の一つとして紹介されたのが、ウェアラブルデバイスを使って社員の幸福度を定量化し、「上下関係だけでなく、横のつながりがある人ほど幸福度が高い」という知見を示したプロジェクトだった。
「テクノロジーという言葉が効率化の現場で使われることが多く、無機質なイメージを持たれがちですが、測定・管理を通して心身の健康を支えるインフラになったり、生活の中で余白をつくる体験設計と結びついたり、ウェルビーイングを推進する上ではかかせないものなのです」と伊藤さんは話す。

ウェルビーイング・テクノロジー展の会場という文脈も相まって、「テクノロジー×ウェルビーイング」の可能性に、参加者は大きな関心を寄せていた。

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「誰かの心を少し楽にする」行為から、自分たちのバリューチェーンを描く

30分のセッションは、あっという間に終わりの時間を迎えた。
前田さんは最後に、こんなメッセージを参加者に送った。

「心の豊かさは、データでは測りにくい部分も多いですが、日常のちょっとした行為の中に宿っていると思います。今日のお話をきっかけに、明日からのお仕事や暮らしの中で、『自分にとって、あるいは自分の事業にとっての整える行為は何だろう』と考えてみていただけたらうれしいです」。

自社の商品・サービスや日々の業務の中に、「花を飾ること」のような、誰かの心を少し楽にする小さな行為は、きっと潜んでいる。
それを言葉にしてチームで共有し、顧客や地域とのつながりの中で育てていくことが、それぞれの現場におけるウェルビーイング・バリューチェーンを描く第一歩になるのではないだろうか。

ウェルビーイング・アワードの詳細や過去の受賞事例は、公式サイトから見ることができる。
他社の実践を知ることは、自分たちの「新しい豊かさ」のかたちを構想するヒントにもなる。