WELL-BEING ACTION!

なぜこの実装が社会を動かすのか〈後編〉

エンゲージメントだけでは足りない “ご機嫌で働ける”組織をつくるウェルビーイング経営とは

2026年3月18日、「THE WELLBEING WEEK 2026」(主催:ウェルビーイング学会ほか)の一環として、ウェルビーイングアクション実行委員会が共催するオンラインシンポジウムが開かれました。

後半のセッションBでは、「データで読み解く日本人のWELLBEINGと企業変革 ~生活者インサイト×組織トランスフォーメーション」をテーマに、生活者発想の視点で新しい豊かさやウェルビーイングなビジネスのあり方を研究する博報堂 生活者発想技術研究所の伊藤幹さんと、企業のウェルビーイング経営の推進に実務・経営の両面から取り組むEY JAPANの松尾竜聖さんが登壇。WELLBEING ACTION ナビゲーターの前田有紀さんがモデレーターを務めました。

働き方や価値観が大きく揺らぐなかで、「ウェルビーイング」をどう経営やビジネスに生かしていくのか。本セッションでは、生活者データの分析と企業の実践事例を手がかりに、「エンゲージメント×ウェルビーイング」で組織を変えていくヒントが語られました。

1. なぜ今、ウェルビーイング経営なのか

「ウェルビーイング」という言葉は、ここ数年で一気に広がりました。

しかし、企業の現場で経営の議題として語られるとき、それはまだ十分に「経営の言葉」にはなっていない──登壇者の一人であるEY JAPANの松尾竜聖さんは、そう指摘します。

従業員の幸せは大切だと、多くの経営者は口をそろえて言います。

一方で、「従業員のウェルビーイングのために会社を経営しているわけではない」という本音もあります。経営者が日々見ているのは、成果や価値創造、そして組織の持続的な成長です。

ここで問われるのは、「ウェルビーイング」が、これらとどう結びつくのかということです。

単に「良いことだからやる」ではなく、経営の成果やリスクとどう連動するのかが説明されない限り、投資対象としては見なされにくい。松尾さんは、まずその「翻訳」の必要性を強調しました。

一方、博報堂 生活者発想技術研究所の伊藤幹さんは、ウェルビーイングを生活者側の変化から読み解いています。

価値観の多様化と雇用の流動化が加速する現代では、かつての「いい大学、いい会社、マイホーム」といった画一化された成功モデルは崩壊しつつあります。人生の『正解』が失われる中で、人々が「自分なりの幸せとは何か」を探し始めたいま、ウェルビーイングの概念は企業だけでなく生活者においても非常に共感を得られるものになっているといいます。

WHOが示すウェルビーイングは、身体的・精神的・社会的に良好な状態を指し、「一瞬の楽しさ」よりも「持続する幸福」を意味します。

従業員を会社の労働力ではなくひとりの生活者と捉えたときに、従業員のウェルビーイングを考えることは、企業の持続可能な成長を支える上でも避けて通れない課題になっています。

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2. エンゲージメントだけでは見えない“燃え尽き”リスク

企業の現場で、ウェルビーイングの代わりに広く使われてきた言葉に「エンゲージメント」があります。

エンゲージメントとは、組織や仕事に対する愛着や主体性を指し、「自ら成果を出そうとする状態」にあるかを測る指標として、経営の世界で重視されてきました。

経営者にとって、エンゲージメントは分かりやすい指標です。

成果を出したい企業にとって、「成果を出そうとする意欲や結びつき」が高いかどうかは、投資する価値があるテーマだからです。その意味で、「ウェルビーイングよりも、まずはエンゲージメントで良いのではないか」という声も根強くあります。

しかし、エンゲージメントだけでは見えないものがある──松尾さんは、そう続けます。

エンゲージメントが高い、仕事に没頭している、1年後も辞めるつもりはない。表面上は「理想的」ともいえる状態であっても、その裏側で、本人や周囲が消耗しているかもしれないからです。

休む間もなく働き続け、余裕を失ったマネジャーが、知らず知らずのうちに不機嫌を周囲にまき散らす。

部下は「ここまで自分を犠牲にしないと評価されないのか」と将来に不安を覚える──こうした状況は、多くの職場で見覚えのある光景かもしれません。

松尾さんは、縦軸にエンゲージメント、横軸にウェルビーイングをおいた四象限モデルを提示しました。(図)

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日本企業は、まずエンゲージメントを上げようとするあまり、「左上」、すなわち燃え尽きゾーンに人が集まりがちだといいます。

「短期的には結果が出ているように見えるが、長期的な持続性という視点からは明らかなリスクでしかない」と松尾さんは言い切ります。

ウェルビーイングの低さは、本人だけでなく周囲の人々の将来への希望をも奪いかねません。

将来に前向きな気持ちを持てるかどうかが幸福度に強く影響するというデータもあるなかで、「燃え尽きた上司の背中」を見せ続けることは、組織全体のウェルビーイングを下げる要因にもなっていきます。

その意味で、ウェルビーイングは「個人が心地よく働くための付加価値」ではなく、「持続的な成果を生み出すための条件」として捉え直す必要があります。

エンゲージメントとウェルビーイングの両方の視点を持つことが、これからの経営に求められているのです。

3. 生活者データが示す、日本人のウェルビーイングのツボ

伊藤さんのチームは、生活者のウェルビーイングを「どんな価値を大切にしているか」という観点から可視化する調査を行いました。

ポジティブ心理学の理論「PERMA」(ポジティブ感情・没頭・人間関係・意味・達成)に加え、安心や体の健康、自然とのつながり、感性と創造性などを含む10区分・30項目の幸福価値を設定し、それぞれを人生でどれくらい大切にしているかを尋ねたものです。

20〜60代の回答を集計すると、日本人の多くが「コンフォート(安心)」系の価値を重視していることが浮かび上がりました。

「怪我や病気をしないこと」「何事もなく平穏に過ごすこと」に加えて、「心を許せる家族や友人と過ごすこと」「感謝の気持ちを持つこと」などが上位に並び、健康でいられることや、日常の安心感が、今の暮らしで大切にされていることが分かります。

一方で、この調査では、主観的な幸福度(自分の人生の幸福感)との相関もあわせて分析しました。「今、大切にしている」と本人が答えた順位と、「あると幸福度を押し上げる」順位の両方を並べてみると、その間に大きなギャップがある項目がいくつか浮かび上がってきます。

たとえば、「地域や社会とつながりを持つこと」は、「大切にしていること」のランキングでは最下位に近い位置でした。

ところが、実際には人生の幸福度との相関が高く、大切にすることで人生の幸福度を押し上げやすい項目だと分かりました。同様に、「将来について前向きな気持ちを持つこと」「日々成長していると感じること」「人とのスキンシップやぬくもりを感じること」なども、本人の自覚以上に幸福度への影響が大きいことが見えてきました。

伊藤さんは、「これらの価値を大切にしてみようと自覚的になることで、より人生をウェルビーイングなものにできる可能性がある」と指摘します。そして、日々の成長や将来についての前向きな姿勢などこれらの項目は、日々の仕事のなかで感じやすいものでもあります。働き方や仕事の設計を通じてこうした価値を育むことが、エンゲージメントとウェルビーイングの両立する仕事をする鍵になるのではないかと語りました。

従業員を、単なる労働力として捉えるのではなく、志を共にするひとりの仲間として捉え、「自分の成長や、社会とのつながりを感じられる場」としてデザインし直すこと。その視点こそが、企業がウェルビーイングに取り組むうえでの重要なヒントになりそうです。

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4. 人事だけで終わらせない「ウェルビーイング・バリューチェーン」

多くの企業で、ウェルビーイングはまず「人事」のテーマとして導入されます。

働く環境の整備や健康リスク対策、新たな人事制度の導入など、「働きやすさ」を高める取り組みとして位置づけられることが多いのが実情です。

伊藤さんの調査によると、「自社でウェルビーイングを導入している」と答えた企業の約9割が、人材マネジメント領域での活用にとどまっていました。

一方で、マーケティングや商品・サービス開発など、「顧客や社会に向けた価値づくり」にウェルビーイングを取り入れている企業は、まだ少数派です。

興味深いのは、その少数派の企業で、経営者・担当者ともに仕事の満足度が高くなる傾向がデータとして現れていることです。

「顧客の幸せ」や「社会の豊かさ」を起点に仕事が組み立てられることで、自分の仕事が誰かのウェルビーイングにつながっている実感が高まり、やりがいやモチベーションを押し上げていると考えられます。

伊藤さんは、こうした循環を「ウェルビーイング・バリューチェーン」と呼びます。(図)

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このように、ウェルビーイングを働き方や福利厚生の施策に閉じるのではなく、「事業そのもの」の視点から捉え直すことで、企業の創造性と持続性の両方を高めるバリューチェーンが回り始めます。

「社員のため」と「顧客のため」を分けず、ウェルビーイングを共通の軸として結び直すことが、これからの企業変革には求められているのかもしれません。

5. EY JAPANが5年かけてつかんだ「推進のツボ」

ウェルビーイングの推進は、「いい話」で終わらせることも、「一度きりのキャンペーン」で終わらせることも簡単です。

EY JAPANで5年にわたりウェルビーイングを推進してきた松尾竜聖さんは、その難しさと向き合いながら、「続く取り組み」にするための条件を探ってきました。

ウェルビーイングを「人材価値の基盤」として定義する

まず重要だったのは、自社におけるウェルビーイングの位置づけを言語化することでした。 EY JAPANでは、企業の価値創造(顧客価値・社会的価値)を支えるものとして「人材価値の最大化」があると捉え、その基盤となる状態を三つに整理しています。

  • • メンバー同士の「信頼」が構築されていること
  • • 相互の「協働の精神」が実践されていること
  • • そして、「活力・情熱・勇気」を保持できていること

とくに三つ目の「勇気」が入っている点がユニークです。

新しい挑戦や価値創造には、一歩を踏み出す勇気が欠かせませんが、それは心身に余裕がない状態では生まれにくい。「いい状態じゃないと勇気は出ない」と松尾さんは言います。だからこそ、ウェルビーイングを「活力・情熱・勇気を発揮できる状態」として定義し、人材価値の基盤に位置づけたのです。

もう一つの軸は、「従業員との約束」です。

経営が従業員の声を聞き、「働くうえで大切にしたいもの」としてウェルビーイングの確保が挙がったことを受けて、「会社としても時間や機会を提供していく」と約束した。この「価値創造のため」と「従業員との約束」という二つの理由が、取り組みを継続する土台になっています。

測る・見極める・打つ──当たり前を「チーム単位」でやり切る

松尾さんが繰り返し強調したのは、「測定できなければ改善できない」というシンプルな原則です。

同社では独自のフレームワークを用いながら、エンゲージメントとウェルビーイングの両方を定期的に測定し、そのバランスを可視化しています。

まず、エンゲージメント×ウェルビーイングの四象限で「燃え尽きゾーン」に偏っていないかを確認する。

そのうえで、九つの領域(つながり・健康・リーダーシップなど)に分けて、どこに課題があるのかを探っていきます。それらを、具体的な項目ごとにスコアを把握し、打ち手の焦点を絞り込みます。

ここでのポイントは、「どこを見るか」だけでなく、「どの粒度で見るか」です。

導入当初は、会社単位や事業部単位など、大きな単位でサーベイ結果を見ていたといいます。しかし、そのレベルだと平均値に押しつぶされ、実態が見えにくい。全体としては悪くないスコアに見えても、その内側には「明らかに困っているチーム」がいくつも存在していたのです。

そこで同社は、チーム単位までデータを落とし込み、最小単位での状況を見られるようにしました。

すると、「うちのチームが危ない」と感じたリーダーやメンバーから、「データを見せてほしい」「対策を一緒に考えたい」という問い合わせが増えたといいます。トップダウンで「やりなさい」と言うのではなく、現場が自ら課題を自覚し、打ち手を欲する状態が生まれてきたのです。

大きな単位の平均値だけが提示されても、現場は「自分たちの話」とは感じにくい。逆に、チーム単位のデータが返ってきて、自分たちの状況がはっきり見えると、サーベイは「行動の出発点」になり得るのです。

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「悪いところを見る」「他社と比べすぎない」という見方の工夫

データの読み方にも工夫があります。

多くのサーベイでは、高得点の割合や平均点に注目しがちですが、ウェルビーイングに関しては、あえて「悪いスコア」に目を向けるのだといいます。

特に日本の文化や個人差を踏まえると、「10点満点中10点」といった高得点をつける人は決して多くありません。

5〜6点の「ぼちぼち良い」状態も、決して悪くはない。むしろ、明らかに低いスコアを出している人たち、つまり「困っている人」にしっかり目を向けることが重要だ、と松尾さんは話します。

また、他社や他部署との比較にこだわりすぎないことも意識しているといいます。

「自分たちの基準」を持ち、時間の経過とともにどう変化しているかという推移を見る。そのうえで、「どの領域が特に下がっているのか」「どこにてこ入れが必要か」を議論していく、というスタンスです。

打ち手は「テーマ別のメニュー」から、現場が選ぶ

測定と分析の次に大切なのは、「どう打ち手につなげるか」です。

EY JAPANでは、先の九つの領域ごとに、あらかじめいくつかの施策メニューを用意しています。

たとえば、「つながり」や「関係性」が弱いチームには、コミュニケーションの機会を増やすプログラムや、対話の場づくりを提案する。

「リーダーのマネジメント」が課題となっているチームには、リーダー向けのリテラシー向上研修や、リーダー自身のウェルビーイングを高めるプログラムを案内する──といった具合に、テーマ別の施策を組み合わせています。

現場のリーダーや担当者は、自分たちのデータを見ながら、「うちに必要なのはどの打ち手か」を選びます。

すべてを一律にやるのではなく、チームごとの事情に応じて優先順位をつけられるようにすることで、「やらされ感」ではなく「自分たちのための施策」という感覚が生まれていきます。

管理職の「ご機嫌を鍛える」半年間のトレーニング

松尾さんが「これはデータでも明らか」と語ったのが、「上司の不機嫌が部下のウェルビーイングに与える影響」です。

上司が常に余裕を失い、イライラした態度をとっていると、部下は萎縮するだけでなく、「自分も将来ああならなければ評価されないのか」という不安を抱えてしまう。ウェルビーイングの観点から見ても、これは明確なマイナス要因です。

EY JAPANでは、この課題に正面から向き合うため、「ご機嫌を維持するトレーニング」を管理職向けに導入しました。

外部環境でトラブルが起きても、過度に左右されず、心の状態を整えるスキルを身につけるためのプログラムで、半年間にわたり毎月3時間の講義・トレーニングを行うという本格的なものです。

単発の研修ではなく、「トレーニング」として継続的に取り組むことに意味があります。

伊藤さんも、「マネジメント層向けの1〜2時間の研修だけで終わらせるのではなく、長期間のプログラムとして続けることで、“知識”ではなく“身体知”として落とし込んでいる」点に深く賛同しました。

上司が自らのウェルビーイングを保ち、ご機嫌でいること。

それは自分のためだけでなく、部下やチーム、さらには次世代の働き手にとっても重要なメッセージになります。「こういう大人になりたい」と思える背中を見せることが、組織全体のウェルビーイングを底上げしていくのです。

6. 担当者自身のウェルビーイングから始まる

セッションの締めくくりで、登壇者の二人がそろって強調したのは、「まず自分自身のウェルビーイングを大事にする」という、ごくシンプルな姿勢でした。

とくに、ウェルビーイングやダイバーシティの推進を担う担当者ほど、自分の状態を後回しにしがちだという指摘は、耳の痛いものかもしれません。

松尾さんは、「ウェルビーイングを語る人自身がウェルビーイングな状態でない」という矛盾を解消することから始めたいと話します。

人の機嫌を取る前に、自分の機嫌を取ること。小さな回復の時間を確保し、仕事と生活のリズムを整えること。それ自体が、周囲に伝播するウェルビーイングの起点になるからです。

同時に、担当者には「経営の言葉」に翻訳する役割も求められます。

ウェルビーイングを、単なる「良いこと」や「一過性の流行語」としてではなく、創造性と持続性を高める経営戦略として位置づけ直す。エンゲージメントだけでは見落としてしまうリスクや、生活者データが示す幸福のツボを踏まえて、「なぜ今、自社でウェルビーイングが必要なのか」を説明していくことが重要です。

伊藤さんは、「ウェルビーイング経営は、絶対善として“やらなければならないこと”ではなく、企業の価値創造を支える実務的な経営戦略として捉えてほしい」と語りました。

従業員やその家族、顧客、地域、次世代までを含むステークホルダーの豊かさを追求することが、結果として企業の価値を持続的に高めていく──そのビジョンを共有しながら、一人ひとりの現場から小さなアクションを積み重ねていくことが、ウェルビーイング経営の実装につながっていきます。

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