&M連載「隣のインド亜大陸ごはん」海外編。インド食器・調理器具の輸入販売業を営む小林真樹さんが、世界各国で現地化したインド亜大陸料理と、その社会背景や文化を紹介。第2回は東南アジアのタイへ。インド料理店でスタッフに出身地を聞くと、意外な答えが返ってきました。
タイでもインド人街へ
その日もバンコクのプラトゥーナム地区に泊まっていた。いつもの安宿から少しだけアップグレードして、窓から外の通りが見える部屋にしたのだ。夜になって宿に戻り、電気をつける前に何げなくカーテンの外を見た私は思わず「わっ」と声を漏らした。混雑した通りを歩いているのがほとんどインド人観光客なのだ。
「まるでデリーかムンバイのバザールみたいだ……」
バックパッカー時代からバンコクには数え切れないほど立ち寄っていた。日本とインドの中継地点にあり、現在のようにインターネットで買えるLCCが登場する前、バンコクの旅行代理店を一軒一軒まわり「格安航空券」を手に入れるのが安くインドに行く方法だったのだ。ただ当時から在タイ・インド人社会に興味のあった私は、立ち寄るたびにバンコクのインド人居住区に出入りしていた。
バンコクには第2次世界大戦前から陸路を渡ってきたインド人商人=印僑(いんきょう)の末裔(まつえい)が集まるパフラットという地区があり、本国のインドとも地元タイとも異なる独自の空気を放っていた。それが何ともいえず面白かったのである。
パフラットの印僑たちの生業は主に布地屋だった。そしてバンコクにはほかにも衣類や布製品の問屋街があり、そこでも印僑たちが直接または間接的に商売にかかわっていた。その一つがプラトゥーナムだった。

だからもともと布製品の買い付けに来るアジア人やアフリカ人が多いエリアだったが、繁華街スクンビットにも近く、上は超高層ビル「バイヨーク・タワーII」の高級ホテルから下は場末の窓無しホテルまで、無数のホテルが集まっているためか、いつしかインド人観光客も集まるようになった。

インド人が増えるとインド料理店も増える。インド人は食に極度に保守的で、たとえタイのような美食の国に来てもかたくなに自分たちの食習慣を守りつづける。だからインド料理店とは、インド人観光客にとって重要なインフラなのである。このためプラトゥーナムには大小さまざまなインド料理店がひしめいている。

在バンコクの古い印僑が経営しているところもあれば、インドの大手チェーン店が進出したところ、あるいは一獲千金を夢見てインドから投資した新規の個人経営者が営む店もある。いずれもインド人インバウンド特需にあやかろうと、過熱気味の市場へ参入してきた人たちである。

インド料理店といっても、ただハコモノだけ作ればいいわけではない。当然、そこで働くスタッフが必要となる。コックは主にインドから招聘(しょうへい)するとして、客とコックとをつなぐホールのスタッフも必要だ。どんな人たちが働いているのかと思い、あるバンコクのインド料理店でホールスタッフの顔をよく見てみるとインド人でないことに気づいた。そう、彼らはネパール人なのである。
インド料理店で働くネパール人は日本国内でもよく見かけるから、われわれ日本人にとって不思議ではないかもしれない。「なるほど、バンコクのインド料理店にもネパール人が多いんだ」ぐらいにしか、私も思っていなかった。だがそのネパール人をさらによく観察していると、同じネパール人でも二つのルーツに分かれることに気がついた。それが今回の話のテーマである。












