結婚、離婚、妊娠、出産、仕事、子育て、恋愛、家族、趣味……人生にはさまざまな選択の場面があります。それぞれ選んだ道の先で、大小さまざまな問題につまずきながらも日々静かに奮闘する多様なキャラクターを、オムニバス形式で描いた『元気でいてね』(祥伝社)。作者の藤原ハルさんに、制作の裏側や込めた思いを聞きました。
「お互いの道で楽しくやろう」さまざまな“誰か”にエールを送りたかった

――本作のテーマは、どのように着想されたのでしょうか。
最初は全く異なるテーマを考えていたのですが、担当編集さんと何時間も話すなかで「産む・産まない」というキーワードが出てきました。漫画雑誌『FEEL YOUNG』(祥伝社)の打ち合わせって「いまはこういう企画がウケる」といった話ではなく、何時間も“人生”の話をするんです。
これまでどんな出来事があって何を考えて生きてきたか、いま何を感じているか……。喫茶店をはしごしながらそうした話を重ねていくうちに、「産む・産まない」というテーマが出てきました。
そのうえで大切にしたのは、誰も“対象外”にしない作品であること。軸にしたいことがはっきりしていたので、さまざまな立場の人を主人公にすることや、各話で描くべきものについては、すぐにアイデアが出てきました。
――「誰のことも対象外にしない作品」を描きたいと感じたきっかけは、何だったのでしょうか。
以前、ある作品を読んでいたら「子育てのつらさは、地球上のすべての女性が味わってきたもの」といったことが書かれていて。それを目にしたとき、「子どものいない人は“すべての女性”から漏れているのかな?」と感じてしまい……。だから、自分の作品では読者をできる限りそのような気持ちにさせないように気を付けたいなと思いました。
「産む・産まない」をテーマとしながら不妊治療を描かなかったのも、それが理由のひとつです。ページ数が限られているので専門的なことは描ききれないと考えたのもありますが、治療に取り組むキャラクターが出てくると、「子どもを持つこと」が是に見えてしまうんじゃないかと思って……。少なくとも、治療している方々には「子どもを持つこと=正解だ」と改めて感じてしまうかもしれない。そうした判定を作中でしたくないと思ったんです。
――『元気でいてね』というタイトルも、誰かの核心にふれることなく万人に寄り添ってくれるようで、素敵だなと感じました。これはどのように生まれたのでしょうか?

作品づくりのインプットとして、妊娠・出産に関する書籍を10冊ほど読んでいたら「産む」「産まない」といった直接的なワードの入るタイトルが多いことに気づきました。それを見て、悩んでいる人のなかには、書店でレジに持っていくだけでもつらいと感じる人もいるのでは、と思ったんです。自分の本棚にそうした文言がちらつくだけでも、苦しくなってしまうかもしれない。だから、まずはそういう言葉をタイトルに入れたくないと思いました。そのうえで、すべての人たちに贈る「お互いの道で楽しく元気でいてほしい」という気持ちを言葉に込めました。
――というと?
たとえば実家に帰るたび、周囲に若くして子どもを産み育てる人が多くいることに目が行きます。それを見て、東京で漫画を描いている自分の人生に引け目を感じたり、選ばなかったほうの人生に思いをはせて「ここで子育てをする人生もあったのかもしれないな」と思ったりしていました。
別の次元で違う人生を過ごしているかもしれない“自分たち”に贈る「あなたはあなたとして、そっちの道で楽しくやれていたらいいな」という思い。それから、産んだ友人や産まなかった友人、漫画を描くことを辞めた友人……人生で一度は関わったけれどもう会うこともないだろう人たちや、もちろん読者の方々にも、遠くのどこかで元気でいてほしいという思いを込めています。
たった一言、たった一行に、救われる瞬間がある

――せりふやモノローグ(独白)が鮮烈で、一つひとつの言葉に胸を打たれました。言葉をつくるときに心がけていることはありますか?
たった一言のせりふやたった一行のモノローグに救われる体験をしたことがある人も多いと思うので、細部まで突き詰めて考えることを心がけました。ささいな助詞ひとつとっても、どちらにするか悩んだりして。特に女性誌では言葉の持つ役割が大きいのだなと今作で感じましたね。
――作品をつくっていくなかで、苦労した部分はありますか?
登場人物の気持ちや価値観を描き出す作業で、何度もやり直しをしたことです。ネーム(コマ割りやせりふ、構図などを大まかに表したもの)が全ボツになった回もあるほどでした(苦笑)。
創作中、ついキャラクターを「物語を進める駒」のように扱ってしまうときがあるのですが、『FEEL YOUNG』の編集さんは、一人ひとりを人間として登場させることを大事にしているんです。だから「祐里はこのときどう思っているんですか?」「明花音さんの気持ちは?」など、キャラの名前を呼んで心情を深掘りするためのいい質問をたくさんくれました。
ちなみに、そのぶん「慶介が見せる、マジョリティとして生きてきた男性の無自覚な傲慢(ごうまん)さが許せません!」なんて、担当編集さんが怒りを爆発させていたこともありましたね(笑)。

――リアルだからこそ、担当編集さんも感情移入してしまったんですね。
「慶介の価値観はこうした育ちによるものだから、彼の罪じゃないんだよ」などと擁護したりするうちに、自分も慶介のことをさらに深く知れた気がします。
キャラクター全員にちゃんと人生があるし、それぞれが自分の気持ちを言葉にすることがとても大切。いまさらながらそれを実感し、女性漫画誌での作品づくりからたくさんの学びをもらいました。
必要としてくれる方に、この作品が届いたら
――先生ご自身が、とくに思い入れのあるキャラクターやエピソードはありますか?
子育てしている同僚の早退によって、楽しみにしていた予定に行けなかった明花音のエピソードは、自分の実体験からきています。「赤ちゃんが熱を出してしまった」と言われたらしょうがないけれど、その連絡を受けたあと、予定をキャンセルしながら悲しくて涙がぽろぽろ出てきてしまい……。でも、それに対する残念な気持ちって相手にも周囲にも言えないじゃないですか。じゃあ、この悲しみはどこにいくんだろう、って。そんな思いを反映したエピソードになりました。

――全編を通じて、“嫌な人”が出てこないことも印象的でした。
誰にでも事情があるし、世の中、そんなにあからさまに悪い人っていないと思うんですよね。それに、嫌な人をやりこめても心は軽くならない。人に言えないつらさを抱えた人に寄り添う漫画を描きたいと思いました。

――描く前に考えていたことと読者や周囲の感想で、ギャップを感じたことはありましたか?
それこそ慶介のボタンの話は、おそらく考え方が近かったであろう20代独身の男性からとても反省したという話を聞きました。読者によって、印象に残るところが全然違うと知って面白いなと感じました。サインをする際、描いてほしいと頼まれるキャラクターがみんな違うんです。普段はだいたい主人公やメインキャラクターに集中するけれど、今作では40代男性の読者から、祐里の母親の里子を描いてほしいとリクエストされました。

――あらためてどんな人に、この作品を届けたいですか?
必要としてくださる人に届けばいいな、と思っています。創作全般にいえることですが、作品から何を得てくださるかは読者の方しだい。自分は作者として、感じていることを誠実に描き並べていくことに徹しました。ここから、共感できる場面なりお気に入りの一言なり、何かを見つけていただけたらうれしいです。

漫画家。『犬を送る』で第89回「ちばてつや賞」優秀新人賞を受賞。翌年、『夜を泳ぐ魚たちは』で第90回「ちばてつや賞」大賞を受賞。犬と時代劇と花火が好き。
聞き手・テキスト:菅原さくら
撮影:品田裕美

『元気でいてね』
出版社: 祥伝社
著者名: 藤原ハル
判型/頁 : B6 /192頁
定価: 本体: 780円+税
発売日: 2025/07/08











