朝日新聞

後ろめたさをほどく、3世代同居の台所〈342〉

LIFE
2026.07.08

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  • 本城直季
    写真家

    現実の都市風景をミニチュアのように撮る独特の撮影手法で知られる。写真集『small planet』(リトルモア)で第32回木村伊兵衛写真賞を受賞。ほかに『Treasure Box』(講談社)など。1978年東京生まれ。

  • 大平一枝
    文筆家

    長野県生まれ。市井の生活者を独自の目線で描くルポルタージュコラム多数。著書に『ジャンク・スタイル』(平凡社)、『人生フルーツサンド』(大和書房)、『注文に時間がかかるカフェ』(ポプラ社)など。本連載は、書き下ろしを加えた『男と女の台所』(平凡社)、『東京の台所』『それでも食べて生きてゆく 東京の台所』『ふたたび歩き出すとき 東京の台所』(毎日新聞出版)の4冊が書籍化されている。

〈住人プロフィール〉
48歳(女性・会社員)
持ち家戸建て・4LDK・西武池袋線・石神井公園駅・練馬区
入居11年・築年数11年・夫(51歳・会社員)、長女(16歳)、義母(81歳)との4人暮らし

 夫は大学の先輩で、20代後半で再会し、交際を始めた。
 彼の学生時代に両親が離婚し、彼は母とふたり暮らしだった。家賃を援助し、日頃からさりげなく母を思いやる彼の様子から、結婚時、ゆくゆくは同居の可能性もあるだろうと受け止めていた。

 ひとり娘が5歳のとき、満を持して新居を購入。
 義母の親戚がいる練馬区に、神奈川県川崎市から転居した。
 「台所に立つと窓から外の風景が見え、緑も多い。ミントグリーンがアクセントカラーの内装も気に入ってます。同居については、雑誌の編集仕事が忙しく、子どものためにもありがたいなと、迷いはありませんでした」

 もちろん心配事はある。
 台所はひとつである。料理は誰がどこまでやるのか。片付けは。ごみ捨ては。義母の器と自分たちのそれと、所有物は全部は入るまい。洗濯も、自分の下着までお願いしていいのだろうか——。
 ところが、互いの得意分野を照らし合わせると、驚くほどバランスが良かった。
 「私は料理が好き、片付けや掃除が嫌い。母は料理が上手(うま)いのですが、もともとあまり興味がないほう。器も入居前にだいぶ処分してくれていた。そのかわり、お掃除好きで知らぬ間にシンクや鍋がきれいに磨かれている。暮らしながら早い段階で、役割分担ができていきました」

 洗濯、掃除、草花の手入れ、ゴミ当番、生協の受け取り、平日の食事の仕上げや盛り付けは義母。彼女は献立、生協の注文、平日の食事と弁当のおかずの作り置きを用意する。
 冷凍庫にはきんぴら、鶏そぼろ、肉じゃがの下ごしらえ、大根の煮物、青菜のおひたし、野菜スープの素(もと)……etc.ぎっしり10種以上の作り置きがあった。
 これらは週末にまとめて作る。

 野菜スープの素は、数種の野菜を蒸し煮にして小分けして冷凍。スープや味噌(みそ)汁にすぐ使えるよう常備している。
 冷凍庫は、ひと目でわかるよう、食材を平たくして立てて管理。死角がないように整理している。
 生クリームは25グラムずつ小分けに。トマトはまるごと冷凍しておくと、湯剝(む)きせずにするんと皮が剝ける。スープやカレーに便利だ。鶏そぼろなどは折って、使いたい分だけ利用することも。
 週の後半に足りなくなると、生協のミールキットや冷凍餃子(ギョーザ)にも頼る。

 仕事の都合で、平日の夕食に間に合わないことが多く、温めや盛り付けなどの仕上げはすべて義母に頼んでいる。夫は、在宅勤務以外の日は外で食べてくる。
 「お汁や副菜を義母が作ってくれることもありますし、基本、平日は私は料理をしません。あらためて振り返ると、間違いなく義母がいないと子どもを育てながらここまで仕事に打ち込めなかった。娘と義母が偏食気味なので献立作りに苦労したり、私の好きなダンスクのお鍋など、お義母さんが洗うには重いだろうなあと思ったりしますが、私は実の母のほうが同居は無理。互いに小さな気遣いがあるからこそ、暮らせているのだと思います」

 コロナ禍でリモートワークになったときは、一瞬迷った。
 物理的には自分も昼夜料理ができる。だが、現実には会社にいるのと同様に、その時間を捻出できない。そこで、できないものはできないと腹を決め、料理はしないというスタンスを通した。
 在宅の有無にかかわらず、平日の昼は個々で。夜も今まで通り、仕上げを義母にお願いする。
 「できたよー」と義母に呼ばれ、2階の仕事部屋から降りてくる。従来のかたちをそのまま続けた。

 常日頃から、気をつけていることはある。
 たとえ皿や料理道具が違う場所に片付けられていても文句を言わないこと。3人の大人に囲まれている娘には、意識的に家事を手伝うように仕向ける。
 食べたらすぐ片付けたい派の母と、今じゃなくてもというのんびり派の自分。だが作業のタイミングや段取りは、担う人に任せて文句を言わないようにしている。皿の乾かし方も、食洗機を使うのか、自然乾燥が好きか流儀がわかれるところだが、「お願いしたら任せる」を心がけている。

 「けっきょく私は好きなことしかしていないんですよね。仕事、料理。実家から持ってきた趣味のピアノ。毎日、掃除や片づけもしないですんでいる。その反面、じつはうっすらとした後ろめたさがいつもあります。 “母親らしい、妻らしい”ことができていない。自由気ままに働き、遊び、自分の人生を歩んできてしまった。平日は料理をしませんし……」

 贅沢(ぜいたく)かもしれませんが、と自嘲しながらわずかに顔を曇らせた。

自己肯定の場

 成り行き上、41歳で会社の役員になってしまった。ますます仕事中心になった彼女の「こんな自分でも家族の役に立っている」と自己肯定できる場が、週末の台所である。

 日曜は5時に起き、パンを成形する。こねる時間が2~3分ですむシンプルなパンのレシピ本がバイブルだ。
 発酵を待つ間、6時からオンラインヨガを受ける。
 6時45分、パンをオーブンへ。

 「お店のほうがいろいろ種類を選べる楽しさはありますが、焼き立ての匂いが家中に広がるときの幸福感が好きで。家族も喜んでくれるので、いつのまにか休日の恒例になりました」

 土日のどちらかは、2~3時間かけて主菜や副菜を仕込む。当日献立を選べる楽しさも欲しいので、前述のように10種余りを作る。
 料理に集中する時間が心地よいが、煮込んでいる合間に大好きなピアノを弾く日もある。
 土日は夫が台所に立つこともあり、最近は娘も手伝うようになった。

 「思うがままに働いてきたことに後悔はありませんが、なんとなく家庭のことがあとまわしになっているかもしれないという後ろめたさを、台所で晴らしている。料理が私の砦(とりで)になっている。そう、パンも作り置きも、半分意地で頑張ちゃっているのかもしれませんね」

 同居の台所と聞いて、私は勝手に義母との対立を想像していたが違った。
 彼女が戦っていた相手は、義母でも家でもない。「家庭のこともちゃんとしなければ」と自分に課した「ちゃんと」に縛られる自分自身だった。

 取材した日は、折しも休日だった。
 譲歩、感謝、調整。折り合いをつけながら、自分なりの居場所を作り上げてきた人の台所には、焼き立てパンの甘い残り香が漂っていた。 

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Aki
2026年7月10日 3:03 AM

素敵ですね。実のお母さんだったらかえってややこしくなるのかも、と思ったり。でもこの方なら(ご本人もお母様も)実の母娘ともうまく打やってらっしゃるだろうなとも思います。見習いたいですがレベルが…

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    Aki
    2026年7月10日 3:03 AM

    素敵ですね。実のお母さんだったらかえってややこしくなるのかも、と思ったり。でもこの方なら(ご本人もお母様も)実の母娘ともうまく打やってらっしゃるだろうなとも思います。見習いたいですがレベルが…