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オリンピックをどうするか 選択肢は二つ

5月28日にオンラインで開催された国連の新型コロナウイルスに関するハイレベル会合に、日本の安倍晋三首相がビデオメッセージを寄せ、「人類が打ち勝った証しとして来年の東京オリンピックを完全な形で開催する決意だ」と述べたという。このニュースを見たとき、なんだか無性に腹が立ってきた。無理でしょ。この人は、本当に頭の上から足の先まで、現実を直視できない能天気な人だと改めて思い知った。

(TOP写真:東京・お台場で夜間に点灯する五輪のモニュメント。新型コロナウイルス感染拡大への警戒を呼びかける「東京アラート」が出た2日、レインボーブリッジ(奥)が赤くライトアップされた=6月2日、恵原弘太郎撮影)

安倍首相はオリンピックの延期が決まる前にもこれとまったく同じことを言っていた。3月16日に行われた主要7カ国(G7)首脳によるテレビ会議後、官邸のツイッターで「人類が新型コロナウイルスに打ち勝つ証しとして、(東京オリンピック・パラリンピックを)完全な形で実現するということについてG7の支持を得た」と配信したのだ。これがいかに科学的根拠のない、ただの願望だったかということは、みなさんご存じのとおりである。

この時点では、オリンピック開催までまだ4カ月あるから何とかなると思ったのだろう。しかし、たとえG7首脳の支持があってもウイルスは忖度(そんたく)などしてくれない。G7テレビ会議からわずか1週間後の3月24日、当の安倍首相自身が国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長と電話会談を行い、オリンピックは「1年程度延期し、遅くとも2021年夏までに開催する。年内開催は難しい」と、今夏開催の断念を発表するハメになる。

しかし、これも根拠を欠いた判断だったと言わざるを得ない。なぜ1年延期なのか? 4月1日付の朝日新聞が大会組織委員会の森喜朗会長のインタビューでその舞台裏を明らかにした。それによると、安倍首相はバッハ会長との電話会談の直前に森会長を呼び出し2人きりで会談した。「2年延ばした方がいいのでは」という森会長に対して、安倍首相は「日本の技術力は落ちていない。ワクチンができる。大丈夫です」と応じたという。

森氏でさえ「2年延長」という腹案だったにもかかわらず、首相は上記のような根拠薄弱な理由で「1年」と決めてしまった。本人は否定したというが、自らの在任中にオリンピックをやりたいというきわめて“個人的な願望”に基づく判断だったことは、誰の目からも明らかだ。

その後、周知のとおり事態は悪化の一途をたどる。緊急事態宣言こそ解除されたものの、オリンピック開催地の東京では連日アラートが出続けていた。新型コロナウイルス感染症の治療薬として安倍首相が「5月承認を目指す」と豪語していたアビガンも、有効性が確認できないとして承認が見送られた。感染を予防するワクチンも世界中で開発が進んでいるが、完成したというニュースはまだ聞かない。

 

それどころか、現在も世界では新型コロナウイルス感染症患者は増加しており、日本でも秋以降「第2波」が来ると専門家の多くが指摘している。

「東京アラート」の発動を受けて警戒を呼びかける赤色にライトアップされた東京都庁=6月2日、長島一浩撮影

「東京アラート」の発動を受けて警戒を呼びかける赤色にライトアップされた東京都庁=6月2日、長島一浩撮影

そんな折に「来年のオリンピックを『完全な形』で開催する決意だ」と言われても、何を考えているのかとしか言いようがない。いま現在、国民、都民、あるいは世界のアスリートの何人が来年の夏に東京でオリンピックをやりたいと思っているだろうか。あるいは、やれると思っているのだろうか。未知のウイルスだから、初動で判断ミスがあるのは仕方のないことだと思う。しかし、もはや安易な楽観論が通用しないことは多くの人が知っている。来年の夏に、世界から観戦客を迎え、マスクを外して3密での応援がOKという状態になっていると信じる人は、少なくとも私の周辺にはいない。

なにより世界のトップアスリートたちが、やれるかどうかハッキリしない大会に照準を合わせて準備するのは地獄だと思う。実際、私のような素人おっさんランナーでさえ、タイムを狙ったレースの前はかなり追い込んだ練習をする。きついトレーニングに耐えられるのは、目標レースまでだと思うからだ。オリンピック級の選手が、モチベーションを維持しながら、いつ終わるともわからない準備をするのは、想像を絶するほどに過酷なことだ。

6月5日に行われた自民党の会合で大会組織委員会会長代行の遠藤利明元五輪相が、来年3月ごろまでに開催の可否を判断すると話したという。あきれた。来年3月では遅すぎる。アスリートの立場をまったく考慮していない発言としか言いようがない。

世界はいま、“ニューノーマル”に合わせた新しい生活様式を模索している。新型コロナウイルスの蔓延(まんえん)で、オリンピックやスポーツそのものに対する価値観が大きく変わる可能性すらあるだろう。オリンピック開催を「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証し」と本気で考えるなら、「完全な形」で「来年」などと絵空事を言う前に、やるべきことがあるはずだ。

選択肢は二つしかないと思う。ひとつは安倍首相がこだわる“来年”に、来られる国の選手だけが集まって“不完全”な形でとりあえずやるだけやって、この問題に決着をつけるというもの。もうひとつは、まずオリンピックの中止ではなく“休止”を宣言する。そして、開発されたワクチンが全世界に行き渡り、どの国の選手も十分な練習をできる環境が整うなど、つまり人類が新型コロナウイルスとの闘いに勝利した段階で、IOCと東京(2020年)、パリ(2024年)の当局者らが集まり“再開”について議論するというものだ。

オリンピックのありようとして、どちらがふさわしいかは言うまでもないだろう。

ところで、最後に話はガラリと変わるが、ランニング学会が新たに「緊急事態宣言解除後における、ランニング愛好者の皆様へのお願い」を公表したので、お知らせしておきたい。
https://e-running.net/0350topics_no20.html

練習再開など細かい注意点が列挙されている。詳細は同学会のHPを見てもらいたいが、気になる「マスク着用の考え方」だけ一部抜粋しておこう。

マスクを着用するのは、咳(せき)やくしゃみ、呼気による飛沫(ひまつ)拡散の可能性を低くして、ランナー自身が他者への感染源とならないための防止策のひとつですが、マスクよりもまずは空いたコースや人の少ない時間帯に走るなど、他者との距離を十分に確保する工夫をしましょう。周囲に人が居なければ、マスクをしなくてもよいでしょう。

熱中症対策も必要な季節になってきた。マスク着用よりも、十分な距離を保つことの方が重要との判断だ。みなさんも、これを参考に、練習に励んでほしい。

    ◇

【追記】本稿締め切り後の6月10日、東京五輪・パラリンピック組織委員会は、オンラインで行われたIOCの理事会に、来年に延期された東京大会の計画を見直し、「簡素化」を進めることを報告して、了承された。翌11日の新聞各紙が一斉に報じた。どうやら「不完全な形」でも、どうしても「来年」やりたいということのようなのだ。トホホ……。

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PROFILE

山口一臣

1961年東京生まれ。ゴルフダイジェスト社を経て89年に朝日新聞社入社。週刊誌歴3誌27年。2005年11月から11年3月まで『週刊朝日』編集長。この間、テレビやラジオのコメンテーターなども務める。16年11月30日に朝日新聞社を退社。株式会社POWER NEWSを設立し、代表取締役。2010年のJALホノルルマラソン以来、フルマラソン20回完走! 自己ベストは3時間41分19秒(ネット)。

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