
1日限りのパン飲みバルを都内各所でゲリラ開催する「さかなパン店」の店主として、かつてこの連載にも登場した西野文也さん。この10月、ついに常設店舗を構えた。パン屋であり、ワインショップであり、パンとワインをスタンディングで楽しむバルでもある「チェスト船堀」。思い切ったコンセプトを打ち出した。すべてのパンを、「ミナミノカオリ」「農林61号」など日本各地の小麦品種ごとに焼きわける。そこに、西野さんの必殺技「水を発酵させる」方法による分厚い旨味(うまみ)がにじむ。
ソムリエの資格を持ち、ワインの醸造にもたずさわっていた西野さんは、小麦ごとにパンを焼くアイデアをワインから得た。ぶどうの品種や、生産地のテロワールをひもといてワインは語られる。パンだって、個性的な日本各地の小麦の名において語ることができるはずなのだ。
この店をオープンするため、西野さんは小麦を追って3500キロを旅した。そうして発見した日本のすばらしい小麦たちはそれぞれのストーリーをつむぎ、パン職人のイマジネーションを大いに刺激するのだ。
群馬県藤岡市で出会った「農林61号」。なぜ無農薬で毎年小麦を無事収穫できるのか? 生産者の秋山さんが「農薬も化学肥料もやらないから、うちの小麦はやわじゃないんだ」と答えるのを聞いて、西野さんは深くうなずいた。「僕の好きなナチュラルワインの醸造家が言っていた言葉と同じです」。

西野さんが焼いた「農林61号」のカンパーニュ。匂いを嗅いだ瞬間、ゴマのような香ばしさと、旨味をふくんだ香りにむせかえった。食べれば、ぴりぴりと酸味がにじんでくる。中身からは野良っぽい香り、野菜のような青さもそこに潜む。ぱりっとは簡単にかみ切れてくれないじれったい皮、もっさりした中身の食感も含めて、やぼったい味わいが、秋山さんの日焼けした風貌(ふうぼう)を思い起こさせる。

イタリア人シェフの元で研鑽(けんさん)を積んだ料理も、ワインとパンとともに、マリアージュの三角形の一角を担う。「カモと天然マイタケのコンフィ」をはさんだとき、「農林61号」が化けた。力強く、高貴な野生のマイタケの香りに、農林61号の野暮ったさが完全に同調。自慢のガスオーブン「ウェルカー」であたためなおしたカンパーニュはばりっと皮が弾け、一方中身はカモとともになまめかしいむっちりさで唇をなでる。発酵種の酸味が仲立ちとなり、パンとカモはより結びつきを強める。
ゆめちからやキタノカオリといったスター小麦が居並ぶ北海道から西野さんがチョイスしたのはきたほなみ。日本でもっとも多く生産される、このありふれた小麦の中に素朴な味わいを見いだしたのは、小麦畑の果てにある薪窯パン店「toi」へ旅した経験が大きいだろう。なるべく加水を多く、という流れに逆行、水分を少なめにしてバゲットに仕立てた。
皮からあふれだすミルキーさが快い驚き。中身のみちっとした噛(か)みごたえがおもしろく、噛み締めたときあふれだす香りは、コッペパンを思い出させるようななつかしさがある。
「あまり焼かずに、ミルクっぽさを出しています。もちもちがなくなってもいいから、水分を減らしてぎゅっとした食感にして、味わいも濃縮させています」

しかし、最大の衝撃は、足元の東京都に潜んでいた。東久留米市の柳久保小麦。通常、出回っている国産小麦の品種は、そのほとんどが平成かせいぜい昭和末期に育種されたものだが、この柳久保小麦は江戸時代から東久留米市で代々継がれてきた土着の品種だ。秘められたDNAは私たちになにを物語るのか。
なんだこのせんべいのような皮は! しょうゆを焦がしたようなスパイシーで華のある香り。あるいはパルミジャーノレッジャーノのような熟成感。がりっ。割れた瞬間、口の中に旨味がスパークする。
「この小麦、だれちゃって成形できないんです。だからねじってます。柳久保の特徴は旨味、しょうゆせんべいみたいな皮の感じ。この小麦はしっかり焼きこんだほうがおいしい」

西野さんたったひとりの店。孤独に小麦と向かい合う。
「悩まされますね。この小麦の個性ってなんだろう。それを活かせる配合、形、焼き方を考える。ここまで小麦のことを考えたことなかった。深すぎて、わかんなくなってきますね。
1本(の小麦だけ)でパンを焼くと、小麦の個性がはっきりわかる。ごまかしはきかない。自分のパン作りが素っ裸にされる感じです」
カウンターをはさんで、西野さんと対話をしながら、パン飲みを楽しむ。小麦、ワイン、料理。ジャンルを超えて、食材と食材の偶発的な出会いを楽しみ、語り合う。日本のパンはついにここまできた。
チェスト船堀
東京都江戸川区北葛西1-22-19大栄コーポ105
15:00~21:00(L.O.)
日曜休













