2008年5月13日
仙台ハーフ前日の練習風景
4月の宮崎合宿中 チームメイトの清家さん、広瀬コーチと一緒に
けやきの若葉に包まれた仙台で、野口みずきさん(シスメックス)が圧巻の走りを見せてくれました。
5月11日に行われた第18回仙台国際ハーフマラソンを、1時間8分25秒で駆け抜け、優勝。昨年の自身のタイムより約30秒上回ってのゴールでした。北京五輪まではこれが最後のレース。レース前にも「現状を把握した上で、この後から本格的なマラソン練習に臨みたい」と話していただけに、北京五輪へ大きな弾みをつけました。
レースはジュリア・モンビさん(アルゼAC)が20キロまで野口さんの後ろにぴったり付いたものの、20キロ過ぎの下りで野口さんがスパートし引き離しました。
レース後、藤田信之監督は「あれだけ付かれて、固くならなかったのは偉かったな」と高評価。北京五輪でも同様の展開が予想されることから、いい経験になったと言えるでしょう。
前日、野口さんが練習した宮城陸上競技場には男子チームの選手や監督もいました。野口さんは現在29歳。北京五輪を30歳で迎えることについて監督たちは、「一番脂が乗っている時だね」「30歳が一番強い」と野口さんを激励していました。
この日、野口さんはレースの時に身に付けるランニングパンツと違い、体にぴったりフィットした短いスパッツでトラックを走っていました。そんな姿を見て、私が「お尻の筋肉の盛り上がりが黒人選手のようですね」と広瀬コーチに話すと、「女タイソン・ゲイ(大阪世界陸上金メダリスト)みたいでしょ」。野口さんのバネのある走りは、北京の硬い路面から受ける衝撃が大きく、その対策として頑丈な下半身作りに力を入れている、と話してくれました。
ところで、「走った距離は裏切らない」というのが、野口さんの信条です。走り込みの時期にはどのくらい走るかというと、月間1350キロ。これを2カ月行います。しかも酸素の薄い高地で。
アテネ五輪の頃に比べても月間100キロ増えています。近くにいた駒沢大学(今年の箱根駅伝優勝)の大八木監督は「大学生は多くて800キロくらいですね」。隣でコニカミノルタ(今年のニューイヤー駅伝優勝)の酒井監督が「男子でも1200キロ走る選手はそう多くない」と話していました。
野口さんのすごいところは、ジョギングのペースが速いこと。女子選手のジョギングの平均は4分40秒/キロくらいですが、野口さんのジョギングは4分10秒/キロ。「月間1350キロ」の質も高いわけです。こんな練習を重ねているから誰にも負けない自信が生まれてくるのでしょう。
記者会見で、野口さんは「北京まであと3カ月、気持ちも乗ってきて、早く走りたい」と話し、はやる気持ちを一生懸命抑えている様子でした。4年前と比べてみても、何事にも動じない自信が全身から醸し出されています。そして目の輝きが一段と強くなったように感じられます。
4月上旬、宮崎合宿を訪ねた時のことです。野口さんはなぜレースで失敗がないのか。クロスカントリーの練習中に広瀬コーチにたずねました。返事は「常に目標が明確で、練習を完璧にこなすからです」。
例えばこれまでも金メダルの次は日本記録を破りたいと野口さんが目標を立てると、そのためにはこういう練習が必要だと、藤田監督と広瀬さんが練習プランを作る。練習中、苦しくて涙すると、広瀬さんは「やめれば」と言い放つことも。しかし、野口さんは自分が立てた目標だから、歯を食いしばってやり遂げるのです。そういうことの積み重ねだそうです。「野口は自分の目標が明確だから弱音をはかない」と広瀬コーチ。そして「僕達は『脚が壊れるまで走りたい』という純粋な野口の思いを全うさせてあげたいだけです」。支える側にも隙がなく、最高の練習環境を作り上げています。
野口さんのことを「努力の天才」と話す広瀬さん。私から一言加えさせて頂くと、それを支えるチームが「支える天才」なのです。
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