イチローの教え。

イチローの教え。

presented by SMBC日興証券
スタジアムを揺るがす歓声の中、
ゆっくりと打席へ向かう足取りで。
すべての雑念を振り払うように、
まっすぐバットの先を見つめる眼差しで。
そして大記録達成の次の打席も、
普段通り全力で一塁へと走る背中で。
イチローは幾千の言葉より多くのことを、
私たちに教えてくれた。

  惜しまれながらグラウンドを去って
1年が過ぎた。
  それでもなおイチローの動向から
目が離せないのは、この不安定な時代に
  彼のそんな「教え」を私たちが
より一層求めているからかもしれない。

    彼を長年追い続けてきた
ベースボールジャーナリストの
石田雄太さんが考える
    「イチローの教え」とは──。


イチローは誰にも、何も教えようなんて思っていない。

象徴的だったのは、イチローが初めて日の丸を背負った2006年、第1回WBCでのことだ。大会前の福岡合宿の初日、イチローは1カ月をともにする29人のチームメイトと顔を合わせた。日本を離れて5年、ほとんどの選手が年下で、面識がない。それでも短期間で日本代表をチームとして成熟させるためには、その中心に否応なく自らを置かなければならなかった。「僕もイヤな年代に入ってきたんですね」とイチローは苦笑いを浮かべていた。

しかし、それは容易なことではなかった。練習だけでは限界があるし、試合を重ねなければチームが一つになることはない。限られた試合数の中で、さらにイチローに重くのしかかってきたのは、大会が始まった当初、バッターとしてのイチローが思うような結果を残せなかったことだった。期待が大きい分、失望感も大きくなる。ましてチームを一人で鼓舞してきたとなれば、イチローには結果が必要だった。それが伴わないとなれば、距離感を測りかねていた若い選手たちに対しても説得力を失ってしまう。

それでも、イチローは胸を張っていた。

「あのときの僕を支えていたのは、自分がやってきたことへのプライド、そしてこれからやろうとしていることへの自信でした」

Text / ISHIDA YUTA
1964年愛知県生まれ。青山学院大学文学部卒業。NHKディレクターを経て92年フリーに。日本でプレーしていたころから20年以上にわたりイチローを追いかけ、その時々の心情を語る言葉を書き留めてきた。著書に『イチロー・インタビューズ激闘の軌跡 2000-2019』『大谷翔平 野球翔年I』『平成野球30年の30人』(いずれも文藝春秋)『イチローイズム』『桑田真澄ピッチャーズバイブル18』(いずれも集英社)など。現在、週刊ベースボールで「石田雄太の閃球眼」連載中。
何かを伝えようと
すればするほど、
人の心には
残らない。

何かを伝えようと
すればするほど、
人の心には
残らない。

提供 朝日新聞社
最後の「イチロー杯」閉会式で最後の「イチロー杯」閉会式で
提供 朝日新聞社

第1回WBCに参加していた日本代表の中で、メジャーを経験していた野手はイチローだけだった。選手たちにとってメジャーリーガーはまだ憧れの存在だった頃。そんな意識で対戦相手の選手たちを見ていたら、アメリカやドミニカ共和国に勝てるはずがない。イチローは危機感を覚えていた。

「本番で戦うことが決まっていたアメリカ代表には、デレク・ジーターやアレックス・ロドリゲスなど、日本の選手たちがテレビでしか見たことがないであろうメジャーリーガーがゴロゴロいました。実際、アメリカ戦の試合前、ほとんどの選手はアメリカ代表のバッティング練習を一ファンとして見ていましたからね。とてもこれからコイツらと戦うんだという雰囲気じゃなかった」

だからこそ、メジャーでプレーするイチローは、アメリカ戦の第1打席にすべてを賭けた。その背中を、仲間たちが見てくれていると信じて──そして、イチローがアメリカのエース、ジェイク・ピービーから放った先頭打者ホームランは、日本代表の選手たちを確かに勇気づけた。イチローはのちにこう話していた。

「個人的にも大きかったし、あのホームランでみんなの中に行ける、という気持ちが生まれたとしたら、言葉では表現できないほど大きな一本でした。僕にはそれなりに背負っているものがありましたから……」

言葉で教えるのではなく、背中を見せる。

その背中から何かを学んでくれたとしたら、それが結果的に教えになる。イチローはよく、「何かを伝えようとすればするほど、人の心には残らない」と言っていた。だから伝えるための言葉を発するのではなく、何かをすることで結果的にそれがメッセージとして伝わる、というところにこだわってきた。とりわけ選手としては、見ていればわかる、という立ち居振る舞いを大切にしてきた。

2019年12月23日朝日新聞朝刊
2019年12月23日(朝刊)朝日新聞名古屋本社版
最後の「イチロー杯」閉会式で
教わるよりも体験する。自分の心で強く感じる。そして次の体験に備える。それは彼自身の歩んできた道のりでもある。
何かを説明して
理解してもらうためには、
実際に動いて
見せられる
ほうがいい。

何かを説明して
理解してもらうためには、
実際に動いて
見せられる
ほうがいい。

提供 朝日新聞社
イチロー初めての草野球イチロー初めての草野球
提供 朝日新聞社

現役を引退してからも、そのスタンスが変わることはない。

たとえば、今のイチローはインストラクターとしてアメリカで野球を教える立場にいる。しかし、イチローのほうから何かを教えようと歩み寄ることはない。イチローは常に門を閉ざすことなく、選手を待っている。もちろん、ただ待っているわけではない。選手のときと何ら変わることのないストイックな生活をしながら、トレーニングを積み、身体を作っている。イチローはその理由を、こんなふうに話していた。

「選手に質問されたり、何かを説明したりして理解してもらうためには、実際に見せられたほうがより説得力が増す、と考えているからです」

だからイチローはこのオフ、スプリング・トレーニングに参加するためにアメリカへ発つ直前、現役時代と同じように神戸の球場で自分のためのトレーニングを行っている。そしてスプリング・トレーニングではバッティング・ピッチャーとして、テンポよく、打ちやすいボールを投げ続けている。そのために全体練習が始まる前から入念なアップを行い、キャッチボールだけでは足りないからと3月に入る頃からは遠投も始めた。決められたバッティング練習の他に、ケージで打ちたいからとイチローに申し出てきた二人の選手に、イチローは投げ続けている。そのボールのスピードたるや、バッティング・ピッチャーの次元ではない。おそらく現役時代のイチローこそ、こういう練習がしたかったはずだ。

しかもイチローは彼らが抱える課題を把握し、克服するための手助けをしている。あるバッターに対しては、内角のボールを逆方向へ打てず、引っ張ろうとして引っ掛けてしまう悪癖を矯正しようと、ことごとく内角へ投げ続けた。口でこうしろ、と言うのではなく、このボールをどう打つかを考えるきっかけを与える、イチローならではの思いが込められた練習だった。

2019年12月2日朝日新聞朝刊
2019年12月2日(朝刊)
朝日新聞大阪本社版
草野球で完封・3安打の活躍
ひたむきに汗を流しグラウンドを駆ける彼の姿は、言葉と同じぐらい雄弁に私たちに多くのことを教えてくれる。
学生野球との
関わりには
興味があります。

学生野球との
関わりには
興味があります。

人生100年イチロー人生すごろく人生100年イチロー人生すごろく

「僕は中学生のときに、初めて監督という存在に出会いました。学校の指導者って型にはめるイメージがあるから、子どもの頃は何を言われても聞かなかったんです。でもプロになってからは、まずは聞いてみようとする自分がいました。それが経験を重ねていくうちに、それを振り分ける自分が現れたんです」

イチローは昨年、プロ野球経験者が学生野球を指導する資格を回復するための「学生野球資格回復制度」の研修会を受講した。3月の引退会見で「監督なんて絶対、無理」と答えていたイチローだったが、指導者になることを拒んでいるわけではない。それは同じ引退会見でこう言っていることからも明らかだ。

「日本にはアマチュアとプロとの壁が特殊な形で存在しています。たとえば自分に子どもがいたとしても、高校生であると指導ができない。それっておかしな話じゃないですか。僕は今日をもって“元イチロー”になるので、それが子どもなのか、中学生なのか高校生になるのか、大学生になるのかわからないけど、そこ(学生野球との関わり)には興味があります」

「転職するとしたら、学校の先生……。」(「人生100年 イチロー人生すごろく」動画より/SMBC日興証券提供)彼が教育者の醍醐味だと感じる瞬間とは。動画ではイチローの意外な発言も。

イチローは3日間にわたる研修会で熱心にメモを取り、丁寧にレポートを書いて、日本学生野球協会からの資格回復を認められた。今のイチローは指導者として小、中学生だけでなく、高校生や大学生にも野球を教えることができる立場にいる。その彼らに対してはどんなスタンスで向き合うのだろうか。イチローはこう言っている。

「小、中学生にあまりに結果を意識させてしまうと、野球を嫌いになってしまうリスクがあると思うんです。結果を問われることがトラウマになって、野球をやめてしまっては元も子もない。勝ち負けにはこだわらない、そのスタンスはなるべく保てたほうがいいと考えます。ただ、高校生になれば、より将来を見据えた野球になるので当然、結果が大事になってくることもあります。そのときに厳しさを味わうわけですが、それは教えることではなく、感じることですからね」

そう、イチローは誰にも、何も教えようなんて思っていない。

しかし、イチローに何かを教えてもらったと思っている選手は少なくないだろう。それは、彼が何かを訊かれたときに応えられるよう、いつも備えているからだ。未来に遺すべき、イチローの野球──それを受け継ぐことができるのは、若い選手たちであり、子どもたちだ。だからこそイチローは万全の備えで、今も彼らが何かを訊きに来るのを待っているのである。

2019年12月14日朝日新聞朝刊
2019年12月14日(朝刊)朝日新聞東京本社版

イチローの教え。

イチローは何も教えようと思っていない。
しかし、イチローに教えられた人は多い。
おそらく彼は、ただ受け身で
教えられるのを待っている人には
何も教えることができないと
考えているのだろう。

挑戦すること。続けること。
ブレないこと。謙虚であること。
これからもイチローは、
その最高のお手本であり続ける。
私たちが、前に進もうという
意志を持つ限り。

いっしょに、明日のこと。
先人の成功に学び、失敗を反面教師として、私たちは今を生きる。
過去からの教えは、私たちに明日へと向かう知恵と勇気を与えてくれます。

だから私たちは、誰にもまねのできない偉業を達成し、
誰も見たことのない光景を目にしてきたイチローさんに、
もっと多くのことを教えてほしい。彼だけが知る言葉を
もっともっと語ってほしい。

2001年からブランドパートナーとしてイチローさんを起用し
苦難のときも顔を上げ、歩み続けた姿を知っているSMBC日興証券は、
これからもイチローさんとともに、明日を信じる人々と企業を応援します。
SMBC日興証券