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Presented by KOBE
海のブルーカーボン 魚たちの楽園 豊かな海へ アマモを増やせ
海と山の
ブルーカーボン

海のブルーカーボン 魚たちの楽園 豊かな海へ アマモを増やせ

みなさん、初めまして。
Re.colab KOBE(通称リコラボ)里海(さとうみ)班リーダーの鎌田と申します。
私たち里海班は、神戸市須磨区にある須磨海岸で主に活動しています。
少し西に行くと淡路島に架かる明石海峡大橋、少し東に行くと神戸の繁華街・三宮があるという場所です。
夏には海水浴場として多くの人が集うこの海岸ですが、実は、その魅力は海水浴場という一面にとどまりません。

須磨海岸沖。海に浮いているのは海底を撮影するための神戸高専ロボティクスの水中ドローン
須磨海岸沖。海に浮いているのは海底を撮影するための神戸高専ロボティクスの水中ドローン

「大学生×地元の環境保全団体×神戸市」が一つのチームを結成し、 「海の生物多様性」「海のブルーカーボン」に貢献するアマモという海草を普及させる取り組みの、ホットスポットになろうとしているのです。

海の中の世界

ここで少し目を閉じて、想像の中で海に潜ってみましょう。
目を開けてみると、大小さまざまな魚たちや、ゆらゆらと優雅に揺れる海藻、色鮮やかな貝殻など、うっとりするような世界が広がっていませんか?
そうです。これぞまさに私たちがイメージする豊かな海の姿と言えるでしょう。
しかし、私は素朴な疑問を持ちました。それは……
「大きな魚もたくさんいる中で、小さな魚たちはどうやって生き延びているの?」
果てしなく広い海の中で小さな魚たちが生きていくためには、大きな魚たちから逃げることのできる「隠れ家」が必要です。でも、海の中に小さな魚たちが隠れることのできるスペースなんてあるのでしょうか。想像もつきません。

須磨海岸沖の海底=須磨里海の会提供
須磨海岸沖の海底=須磨里海の会提供

この記事では、魚たちを守ってくれる存在であり、同時に、私たちが暮らす地球の温暖化対策にも貢献してくれる「アマモ」という植物についてご紹介したいと思います。

海の「ゆりかご」アマモ

豊かな海には、海草や海藻が生息しています。
海草の一種「アマモ」は、海底の栄養を吸収し、背の高いものは1メートル近くに成長します。稚魚の隠れ場や魚の産卵場所として非常に重要な役割を担っています。
「アマモは海の中の林。魚にとっての隠れ場所。小さい魚は隠れられるけど、大きい魚は隠れられない。小さい魚はアマモの中に身を隠して、力をつけて沖に出ることができる。沖で育つ魚も増える。アマモが『ゆりかご』と言われている所以(ゆえん)は、そこにある」
私たちに須磨海岸の現状やアマモについて教えてくださっている「須磨里海の会」の会長、吉田裕之さんはそう言います。

須磨里海の会の会長、吉田裕之さん
須磨里海の会の会長、吉田裕之さん

海の生物多様性を実現するために大事なアマモですが、近年、新たな役割が注目されるようになってきました。それは、二酸化炭素(CO₂)の吸収源という役割です。
国土交通省港湾局のパンフレット「海の森 ブルーカーボン」によると、海底に育つアマモは光合成でCO₂を吸収し、炭素を海中に隔離します。このステップが繰り返されることで、海底は次第に巨大な炭素貯留地になっていくのです。

ブルーカーボンって?

みなさんは「ブルーカーボン」という言葉を聞いたことがありましたか?
私は初めて耳にしたとき、「『青い炭素』って何?」と感じました。かろうじて、「炭素っていうことは、二酸化炭素が何か関係するの?」と考えた程度です。
10年ほど前、小学校の社会科の授業で地球温暖化の危険性を教えてもらった記憶がありますが、ここ最近ニュースで耳にする回数が増えてきたような気がします。
「海の森 ブルーカーボン」によると、地球の平均気温は、このままだと2100年には最大4度上昇すると予測されています。

須磨海岸沖
須磨海岸沖

豊かな生活に慣れてしまった今、CO₂排出を伴う快適な生活を手放すことは難しいと感じてしまうのもまた事実です。それならば、自分たちが排出した分の二酸化炭素を吸収させる仕組みを、私たち人間が作らなければなりません。
世界各国がさまざまな脱炭素政策を打ち出す中で、日本は「2050年カーボンニュートラル」を宣言しました。2050年までに温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させることで、排出量実質ゼロを目指すという取り組みです。
そこで、CO₂吸収源の一つとして新たに注目されているのが「ブルーカーボン」なのです。

肌で感じる「体感型」学習

海や山に恵まれた神戸市は、2020年からブルーカーボンの取り組みを始め、須磨里海の会とともに須磨海岸にアマモを増やそうとしています。
海の生物多様性やブルーカーボンについて何も知らなかった私たちは、机上から飛び出して、須磨海岸に関わるたくさんの方たちにインタビューしたり、船の現場作業に同乗したりして、体感型学習を重ねてきました。
ここからは、その過程をご紹介します。

ブルーカーボンについて学ぶリコラボのメンバー
ブルーカーボンについて学ぶリコラボのメンバー

01 アマモ勉強会 吉田さんとの出会い

須磨海岸にはどんな生物が生息するのか。海底の砂はどんな性質を持つのか。海はどれくらい透き通っているのか。そもそもアマモとは何なのか……。
数えきれないほどの小さな疑問を抱きながら、須磨里海の会会長の吉田さんと初めてお会いしました。
須磨海岸をさまざまな生物が生息する海岸として、また、ブルーカーボン啓発の拠点として継承していきたいという信念をお持ちの吉田さんから、海岸で採取できた生物の名前や特徴を教えていただき、アマモの生態についてじっくりとお話を聴かせていただきました。

02 アマモの種子選別体験

須磨海岸にアマモを移植するのに先立って、特定非営利活動法人「アマモ種子バンク」の方々にご協力いただき、アマモの種子を自分たちの目で見て選別するという作業を行いました。
見た目はチアシードのような小さな粒で、独特の腐卵臭のような臭いがします。

選別したアマモの種子
選別したアマモの種子

これは、アマモの表面に硫酸還元菌が付着していることが原因で発生する臭いで、この硫酸還元菌がなければアマモは発芽しないと教えていただきましたが、正直、この臭いには苦戦しました……。
こうして丁寧に選別した種子でも発芽するのは一部だけとのことで、芽生えてくるアマモはいかに貴重かということも教えていただきました。

03 アマモの移植

この日は、「須磨浦漁友会」の漁師さんたちや須磨里海の会の吉田さんとともに船に乗って、移植作業に同行させていただきました。
この日は、成長したアマモの株を海底に移植していく作業です。
アマモを海の中に植えると言っても、地上の植物のようにスコップで土を掘り、苗を植えるというような工程はたどりません。アマモを移植する方法は大きく分けて、成長した株を植える方法と、種を植える方法の二つがあります。
より具体的には、以下の四つの方法を試すことになりました。
(1)竹串や割りばしなどにアマモの株をくくりつける「竹串法」
(2)アマモの株を紙粘土で包む「粘土結着法」
(3)種を砂泥で包み、ガーゼで覆う「アマモパック法」
(4)ヤシの繊維で作ったマットに種を挟んでから海底に敷く「ヤシマット法」

アマモの茎を割りばしにくくりつけるリコラボのメンバー
アマモの茎を割りばしにくくりつけるリコラボのメンバー

どの方法が一番よく育つか、吉田さんたちも模索中だということで、海底に区画を設けて方法別に移植作業が行われました。
慣れない船上での作業で少々船酔いしましたが、アマモの普及活動のイメージをより鮮明につかむことができました。

04 第1回ブルーカーボンフェアat SUMA BEACH

ブルーカーボンについて広く市民のみなさんに知っていただくための啓発イベントとして、私たちが目標としていたイベントがこの日、須磨海岸で行われました。
「ブルーカーボンフェア at SUMA BEACH」です。

ブルーカーボンフェア at SUMA BEACH
ブルーカーボンフェア at SUMA BEACH

須磨海岸を訪れた方たちを対象に、会場に設置したパネルでブルーカーボンの仕組みを説明。アマモの移植体験としてアマモの茎を割りばしにくくりつけたり、泥で包んでガーゼで覆ったりする作業を体験してもらったりしました。
参加者が準備したアマモはダイバーに託し、海底に移植してもらいました。

割りばしにくくりつけたアマモの茎をダイバーに渡すイベント参加者
割りばしにくくりつけたアマモの茎をダイバーに渡すイベント参加者

イベントには、神戸市立工業高等専門学校(神戸高専)の学生たちが水中ドローンを携えて参加しました。
水中ドローンを使って撮影した映像を、浜辺に置かれた画面に映し出し、海底での移植作業の様子を浜辺にいる参加者も見ることができました。

アマモを移植するダイバー=神戸高専ロボティクス提供
アマモを移植するダイバー=神戸高専ロボティクス提供

私たちリコラボは啓発担当として、アンケートの管理や移植体験のお手伝いなどをしました。土曜日ということもあり、お子さん連れのご家族や日頃から海岸を散歩されている方、私たちと同世代の学生など、幅広い世代の方が私たちの話に耳を傾けてくださいました。
私が印象的だったのは、足を止めて話を聞いてくださった男性が別れ際に「今日、ここに来なかったらブルーカーボンのことを知らなかったし、知ろうともしなかった。こういう取り組みがあることを知ることができたことだけでも、ありがたいです」と言ってくださったことです。
このイベントに何人の方が参加してくださったか正確な人数は分かりませんが、この男性のような感想を一人でも多くの方が持ってくださることこそ、私たちの活動の意義であると再認識できました。

ダイバーに取材するリコラボのメンバー
ダイバーに取材するリコラボのメンバー

海の環境「自分ごと」に

リコラボをサポートしてくださっている神戸市企画調整局の秋田大介さんと港湾局の白波瀬浩司さんは「ブルーカーボン事業をきっかけに、海にアマモなどがあることで生物多様性が実現できることを知ってもらいたい。日々の食卓に並ぶ海産物の現状や、豊かな海とはどのようなものかを考えてもらって、市民の意識変容につなげてもらいたい」と話します。
「行政だけではなく、学生が主体となって広めてもらいたい」と、私たちの世代の発信力に期待してくださっているようでした。

神戸市のブルーカーボンの取り組みについて市職員から説明を受けるリコラボのメンバー
神戸市のブルーカーボンの取り組みについて市職員から説明を受けるリコラボのメンバー

須磨里海の会の吉田さんは、大学生の頃から海洋生物の調査研究に携わられており、海だけでなく川や山も含め、さまざまな自然環境を保全するというお仕事に長年取り組んでこられました。
「高度経済成長期以降、私たちの生活の快適さが急速に向上した一方で、自然との関わり方は見過ごされがちになってしまった。海の豊かさを享受できる環境を取り戻したい」という想(おも)いから、里海の会を立ち上げたという吉田さん。漁業関係者だけでなく若者も参画して、社会に向けて発信し、海の問題を一緒に解決してほしいと願っておられます。
「海に携わっている研究者や関係者はみんな、アマモが海からなくなったら魚がいなくなると分かっている。この現状を海に直接関わりのないいろんな世代に広く伝えたいが、なかなか難しい。海の現状を知らなくても生きていけるからね。」
吉田さんの心の葛藤が感じられるこのお話について、私はじっくりと考えました。
確かに、海の中にアマモを植えることでCO₂が減少し、魚たちにとって住みやすい環境になるということを、知らなくても生きていくことができます。
ですが、このまま問題意識を持たずに見て見ぬふりをして暮らし続けることは、地球温暖化の危険性をさらに加速させることになるでしょう。
たとえ微力であったとしても、問題意識を「行動」に移すことが大切なのです。
私たち学生世代には、未来のために保全活動に取り組んでいらっしゃる方々の想いをバトンとして受け取り、次の世代につなげていく役目があるのです。

アマモの移植準備には子どもも参加した
アマモの移植準備には子どもも参加した

「行動」の第一歩

私たちの須磨海岸での活動は、地球規模で考えると、本当に小さな小さな取り組みで、具体的な数値としての成果はまだ見えません。
しかし、私たちが継続して「行動」することで、「へー、こんな活動があるんだ」「なんか楽しそうだなあ」と注目していただき、環境保全に向き合う人がひとりでも増えれば、それこそが一番の成果だと思います。

須磨海岸
須磨海岸

きれいごとに聞こえるかもしれませんが、小さな行動の積み重ねが、予想をはるかに超える大きな行動につながると、私たちは日々実感しています。
今日、みなさんに知っていただいたリコラボの想いが、環境に向き合う「きっかけ」として、「行動」の第一歩として、お役に立てるとうれしいです。

【文】
鎌田春風
【取材】
太田帆香、鎌田春風、出口真愛、中山遥香、雪定弦生、吉田愛子、
吉田有里、吉村萌湧
【写真】
門野京香、高田将之、吉村萌湧
【動画編集】
雪定弦生
【動画撮影】
高田将之、藤野真太郎、雪定弦生
【協力】
須磨里海の会、神戸高専ロボティクス
【監修】
朝日新聞DIALOG編集部
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