朝日デジタル
Presented by KOBE
山のブルーカーボン 水資源・外来種・温暖化… すべてつながった
海と山の
ブルーカーボン

山のブルーカーボン 水資源・外来種・温暖化…すべてつながった

こんにちは。
Re.colab KOBE(通称・リコラボ)の副代表をしております、神戸市出身の永山と申します。
このページでは、私から「山のブルーカーボン」についてご紹介します。
神戸の中心地・三宮から、バスに揺られて20分。「石井町」のバス停を降りて、急な坂を15分ほど登っていきます。
神戸の街並みを一望できる道を進んでいくと、目の前に烏原(からすはら)貯水池が現れます。

1905(明治38)年に完成した烏原貯水池
1905(明治38)年に完成した烏原貯水池

ダムの上から貯水池を見下ろすと、緑あふれる美しい景色が広がっています。
池のすぐそばから生い茂る木々は、もくもくと立ち昇る入道雲のようです。
「ピーーーッ、ピピッ、ジーーーッ、ピーーピピッ、チチッ」
耳を澄ませて聞こえてくるのは、鳥と虫たちの声だけ。騒音の中で生活することが当たり前になっている身体に、森の静けさが染みわたります。
貯水池をぐるりと取り囲むように作られているのは、「水と森の回遊路」。地元の方の日々の散歩コースになっています。自然豊かで、ゆったりとした散歩道。行き交う人の「こんにちは」の声に心が温められます。
そんな烏原貯水池で今、おもしろい取り組みが始まっています。
近年、世界的に注目されているブルーカーボンに関する取り組みです。

烏原貯水池で取材するリコラボのメンバー
烏原貯水池で取材するリコラボのメンバー

ブルーカーボンとは、海草などの水中の生物によって取り込まれる炭素のことを指します。
ブルーカーボンはこれまで「海」を主な舞台としてきましたが、神戸のこの貯水池で、「山」の中のブルーカーボンの取り組みが始まったのです。
神戸市によると、「淡水域」での挑戦は国内初とのこと。
その始まりは、意外なものでした。

国内初「山のブルーカーボン」、きっかけは…

神戸の貯水池で始まった「山のブルーカーボン」。
驚くことに、その始まりは水道の「カビ臭」問題でした。
全国的に問題となっている、水道の異臭味(いしゅうみ)被害。その中でも最も被害が多いのが、カビ臭です。
2016年度の厚生労働省の調査によると、異臭味被害の約9割をカビ臭が占めています。神戸の水道水源でも同様に、カビ臭が発生していました。
その原因は「ジェオスミン」というカビ臭物質。富栄養化や水温上昇により発生する「アナベナ」という植物プランクトンが出すものでした。
神戸市ではカビ臭をなくそうと、薬剤をまいたり、活性炭を使ったりして対応していましたが、根本的な解決に至っていませんでした。
そこで、なんとか自然の力を使ってアナベナを抑制できないものかと、2010年、神戸市水道局は動き出します。

ササバモを手に取る神戸市水道局の清水武俊さん
ササバモを手に取る神戸市水道局の清水武俊さん

カビ臭の原因となるプランクトン、アナベナをなくすためには、アナベナを分解してくれる生物を探さなくてはなりません。そのためには、アナベナを「無菌状態」にして研究する必要がありました。
研究を始めた神戸市水道局はまず、アナベナを無菌状態にすることに成功しました。さらに、アナベナを分解してくれる有用微生物を貯水池の中で発見しました。
2016~2017年には、有用微生物が「ササバモ」という水草の葉の表面に高密度で生息していることが分かります。そのときには既に、琵琶湖の事例から「水草があるところではアナベナが非常に少ない」ということが実証されていました。

「山のブルーカーボン」の鍵を握るササバモ
「山のブルーカーボン」の鍵を握るササバモ

ササバモは、金魚やメダカの飼育にも使われる日本の在来種の水草です。葉っぱの形が笹の葉に似ていることから、その名がつけられています。
浅い水域で育ち、途中で茎が切れないので容易に管理できるというメリットがあります。

ミカンネットを活用 ササバモ育成

そんなササバモの定着を目指した活動が、2020年、烏原貯水池で始まります。
実際にササバモを植えるために、調べなければならないことが2つありました。
一つ目は、貯水池の環境がササバモに合うかどうか、定着性を確認すること。二つ目は、どのような植え方をすれば簡単に安定して育てることができるのか、効率的な植栽方法を検討することでした。
まず一つ目。ササバモの定着性を確認しました。
烏原貯水池は底が砂質で、水位が一定しているなど、ササバモに適した条件がそろっていました。ササバモは無事に定着し、成長が確認できました。
次に二つ目。効率的な植栽方法を考えました。候補として3種類の植え方を挙げ、どの植え方が適しているかを検証しました。
その結果、ミカンネットに入れた土にササバモの根を植えてから、ミカンネットごと池の底に埋める「ミカンネット植栽」が最も適しているということが分かりました。この方法は、根が土に埋まっているので生育しやすく、波を受けても抜けにくかったのです。
ササバモを含む水草がブルーカーボンにどう貢献するか。研究は神戸大学でも進められています。

ブルーカーボンについて研究する神戸大学・中山恵介教授の研究室
ブルーカーボンについて研究する神戸大学・中山恵介教授の研究室

湖や池では、水深の浅いところで水温が高く、深いところで水温が低くなる傾向があります。神戸大学工学部・同大学院工学研究科の中山恵介教授の研究によると、水草が多い場所ではこの温度差が大きくなり、温度差が大きければ大きいほど光合成が活発になって二酸化炭素がより多く吸収されることが分かったそうです。
水草の存在は、確かにブルーカーボンに貢献する、と中山教授は言います。貯水池のササバモも定着が成功し、普及させることができれば、おのずと二酸化炭素を吸収してくれます。
水道水源のカビ臭問題が、「山のブルーカーボン」につながったのです。

思わぬ天敵 アカミミガメ

順調に見えたササバモの定着ですが、思いがけない天敵が現れます。
それは、外来種のミシシッピアカミミガメです。
ミシシッピアカミミガメの幼体は、別名ミドリガメと言います。日本には1950年代後半頃からペットとして輸入されてきました。
可愛らしい見た目のミドリガメですが、成長するにつれて大きくなります。40年ほど生きるため、飼いきれないという理由で野外へ放されたり、脱走したりして、日本全国に数を増やしていきました。非常に強い環境適応能力と繫殖力を持ち合わせているため、他の動物のすみかや食べ物をどんどん奪っていきました。
日本在来種のニホンイシガメは、環境省レッドリストで準絶滅危惧種に指定されています。アカミミガメは希少な動植物の生存を脅かし、日本の生態系に大きな影響を与えているのです。
このアカミミガメが、せっかく植えたササバモをきれいに食い尽くしてしまったのです。対策としてネットを立てましたが、よじ登ったり、下から潜ったりしたのか、結局食べられてしまいました。

道なき道 のこぎりで切り開く

神戸市水道局は、これまでに積み重ねてきた研究や実践を生かし、本格的なササバモ植栽に着手することになりました。私たちリコラボもこの挑戦に加わりました。
2021年9月23日。烏原貯水池の中でも比較的水深が浅く、日が当たる場所に、植栽地の目星をつけました。いよいよスタートです。
苗床の植栽に適していると考えた場所までは、草木が生い茂り、道と言える道はありません。まずは、活動のための動線を確保するところから始まります。

のこぎりで草木を刈っていく
のこぎりで草木を刈っていく

生まれて初めてのこぎり鎌を手に持ち、目の前の草木をバサッ、バサッと刈っていきます。地上だけではありません。池の中にも足を入れて、水中にまで長く伸びた木の枝をのこぎりで切り落とします。
慣れない作業に苦戦しながらも、周りの神戸市職員の方にコツを教えてもらい、なんとか安全に通れる道を作ることができました。

リコラボのメンバーが切り開いた「道」
リコラボのメンバーが切り開いた「道」

こうして、ようやく目的の作業に取り掛かります。まず、食害対策用のネット張りです。アカミミガメに簡単に侵入され、食べられてしまった反省を生かします。
新たな試みとして、ネットを器の形になるように池の底にも張って、カメが下から潜って入れないように工夫しました。

食害対策のネットを準備する
食害対策のネットを準備する

ネットを支えるための柱は、道を作る際に切り落とした竹を、ちょうどいい長さに加工して使いました。
これで、ササバモを植える準備は万全です。

烏原貯水池の一角に完成した植栽場
烏原貯水池の一角に完成した植栽場

学生×市職員×駆除会社 みんなで植栽

10月3日。ササバモの植栽と、わなを使ったアカミミガメの駆除を行いました。
神戸市水道局の方5名、カメの駆除をされている株式会社「自然回復」の職員の方2名と学生3名、神戸市職員の方々3名に加えて、私たちリコラボのメンバーも15名、参加しました。
初めに水質試験所でササバモの選別と苗床の作成を分担しながら行いました。
ササバモ選別チームは植栽用のササバモを水の中でほぐし、ササバモ以外の水草を取り除いて選別していく作業をします。70~80cmのササバモを5~9本取って、1株にしました。

ササバモを手に取って作業するリコラボのメンバー
ササバモを手に取って作業するリコラボのメンバー

1株にしたササバモを使って、苗床作成チームが苗床を作ります。水道局の実験で一番効率的であると分かった「ミカンネット植栽」の準備です。
まず、土からササバモが抜けてしまわないように、根っこの部分をミカンネットへL字型になるよう入れます。その上からミカンネットの4割くらいまで土を入れていきます。
作業はスムーズに進み、予定時間より早く、ミカンネットに入ったササバモの苗床を100個ほど作ることができました。

水質試験所で植栽用のササバモを準備
水質試験所で植栽用のササバモを準備

お昼ご飯を食べて腹ごしらえをしたら、先ほど作った苗床を植えるため、いよいよ烏原貯水池へ移動します。
9月23日に設置したネットの中に、1株30cm間隔になるように苗床を植えます。袋を寝かせるようにして置き、日に当たりやすいようササバモの葉を沖の方に伸ばします。

ササバモを植えるリコラボのメンバー
ササバモを植えるリコラボのメンバー

ネットの中と外を比較するため、ネットの外にも苗を植えて、そばにカメラを設置しました。ネットで食害を防げているかどうか、ネットの外でどんな動物がササバモを食べているのか、確認するためです。
これで作業は完了。あとは定着してくれるのを待つのみです。

神戸市水道局の職員の方々とササバモを植える
神戸市水道局の職員の方々とササバモを植える

天敵、アカミミガメ対策も忘れてはいけません。この日は株式会社「自然回復」の方々にも来ていただき、カメの捕獲を行いました。
前日に仕掛けておいた18個のわなから捕れたのは、アカミミガメ74匹、クサガメ8匹、スッポン1匹、ミナミイシガメ1匹でした。この数字からもアカミミガメの繫殖が目に見えて分かります。捕獲は、アカミミガメの数を減らすことに加え、烏原貯水池の生物調査も目的として行いました。

わなで捕獲したミシシッピアカミミガメ
わなで捕獲したミシシッピアカミミガメ

自然回復の代表取締役、谷口真理さんは、農作物を荒らすアライグマや在来種を減らすブラックバスなどに比べて、カメが生態系に及ぼす影響の認知度は低いと言います。
「一度壊れた生態系を取り戻すのはすごく難しい。でも、日本にもともとあった生態系に戻したいという思いが一番にある」と、谷口さんは話していました。

地球の問題 どんどん自分ごとに

ここまで、「山のブルーカーボン」についてご紹介してきました。
神戸の貯水池のとある一部分で、水草を植える。そんな小さな取り組み。地球規模の問題を前にすると、取るに足らないものに見えるかもしれません。
でも、これだけは確かに言えること。ブルーカーボンが、食害が、地球温暖化が、環境問題が、地元の神戸で「行動」をするたびに、どんどん「自分ごと」に変わっていきました。

ササバモの植栽に参加したリコラボのメンバー
ササバモの植栽に参加したリコラボのメンバー

ここでご紹介したのは「山のブルーカーボン」の第一歩です。これからも二歩、三歩と、前へ進んでいきます。
私たちのこの「行動」が皆さんの心に少しでも届き、皆さんの身近な場所での「行動」につながることを願っています。

【文】
永山菜花
【取材】
芝崎理紗、白石章悟、関本彩花、高田将之、中山遥香、永山菜花、
水本彩葉、矢野まなみ
【写真】
中山遥香、船引香歩
【動画編集】
吉田愛子
【動画撮影】
芝崎理紗、高田将之、雪定弦生
【監修】
朝日新聞DIALOG編集部
トップへ戻る