
わしは、さとやま爺
若人たちの笑い声で
永い眠りから覚めたのじゃ
わしは、さとやま爺(じい)。
兵庫県は神戸市、その北区にある、どこにでもあるような山じゃ。
昔はそれなりに人が来ておったが、今では農家の爺さん数人くらいしか、わしに登ってくる者はおらん。すっかり荒れ放題になってしもうた。
どこの山もそんなもんじゃと聞く。

9月、若人らが登ってきた。はて?
「雑草いっぱいだー!」
2021年9月のある日。若人たちの笑い声が聞こえてきた。
先頭を進むは、ちんまい女子学生。元気に数人を引き連れて、バス停から15分ほどの山道を歩いて登ってきよった。
何のために来たのか分からんが、どうやら荒れ地の一画を農家の爺さんから借りたらしい。
若いもんの姿を見たのは久方ぶりのことじゃった。

やがて若人たちは毎週末、わしに登ってくるようになった。
伸び放題になっとる雑草の前で、電動の草刈り機を手に取ると、せわしなく活動を始めよった。
気づけば、荒れ地の一角が切り開かれて、すっかり見晴らしが良くなった。うーん、気持ちええのう。
若人たちはみな和気あいあいと、土地を耕しては畝(うね)を立て、野菜を植え、麦の種をまく。
いつもひっそりと静かであった荒れ地が、いつのまにか笑い声が響く場所へと変わっていった。
年の瀬が近づくころ、麦の芽が出てきた。若人たちはひたすら感動しておった。
荒れ果てとったこの土地に、たったの3カ月で、新たな息吹が宿ったようじゃ。
わしの中でずっと止まっておった時間が動き出したようでもあった。

年越し。たき火。シャボン玉。
大みそか。わしと一緒に年越しをしようという者まで現れた。2人の男子学生じゃ。
冬のわしは、とにかく寒い。若人たちの吐く息は白く、じょうろの水は凍りよる。そりゃそうじゃ、神戸市といっても北区じゃぞ。
2人がたき火をおこして必死に寒さを耐え忍ぶさまは、かわいそうであった。じゃが、かじかむ手でずるると年越しそばをすする姿は、何とも風情があったのお。
こうしてわしは、若人たちと一緒に2022年を迎えたのじゃ。誰かと迎える新年は格別じゃった。

年が明けても若人たちは山道を登ってきた。麦踏みをし、畑に水をやっておった。草を刈っては燃やし、荒れた土地をさらに切り開いていきよった。
そういえば、シャボン玉なるものを持ってきた日もあったのお。
泡が宙を漂い、日の光を反射する。それを見てキャッキャと笑う姿は何とも楽しそうで、わしまで嬉(うれ)しくなったものじゃ。

Smash it ! 楽しそうじゃな。
3月、山の中に異国の言葉が聞こえてきた。
聞きなれぬ言葉の間から、「マリスト国際学校」という名前が聞こえてきた。どうやらインターナショナルスクールの生徒たちが、わしの自然に触れにきたらしい。
おっかなびっくりしながらも、竹を割って薪にしておった。
なたを振りかぶって真っ二つに割るのが、どうやら楽しかったようじゃ。
ぱっかーんという竹割りの音が、日がな一日、山に響いておった。
時には日本語、時には異国語で言葉を交わす若人らは、実に楽しそうであった。
わしも一つ覚えたぞ。感謝は「せんきゅー」というのじゃな。
若人らよ、いつもせんきゅーじゃ。

ドリルを担いだ男が…ワイン用のブドウとな
4月。大きなドリルを担いだ男がやってきた。
男はそのドリルを地面に向けるとウィイーンと音を出しながら地面に穴を開けていく。
何をやっとるんじゃ、この男は!と思ったが、なにやら木の苗を植え始めた。
どうやらブドウを植えるらしい。それもワインになるとのことじゃ。
雑草ばかりじゃったこの山に、麦に大根に枝豆、それに加えてブドウとな。何とも多種多様になったものじゃ。

別の日には、快活な青年たちが新たにやってきよった。
「淡路ラボ」という集まりの者が、はるばる淡路島から来たらしい。興味津々であっちゃこっちゃ歩き回っておった。
通っている大学も違えば、住んどる島さえ違う若人たちが仲良く一緒に汗をかくのを見るのは、何ともいいもんじゃの。
麦はいよいよ青々と茂ってきた。
麦が育つにつれて、いろんなところから人が集うようになってきたものじゃ。

黄金色の麦畑。ついにTVデビューじゃ。
5月28日。黄金色となった麦がついに収穫の日を迎えたようじゃ。
20人以上もの人がやってきた。若人一人ひとりが手に持った鎌で麦を刈り取っていく。大阪からABC朝日放送テレビさんがやってきて、カメラが回っておった。
なんとこのわし、ついに地上波デビューじゃ。
ちんまい女子学生がカメラに向かって思いを告げておった。
「週末だけでも自然と触れ合って楽しんでくれたら、一つずつ、放置されている場所も良くなっていくと思います」
数人の若人が最初に山にやってきてから、わずか9カ月。こないにたくさんの人が訪れるようになるとは、まったくもって驚きじゃ。
雑草に埋もれて、寂れていくばかりであったこのわしが、気づけば人が集い、笑顔の絶えない場所になっておる。毎週末が楽しみじゃ。

じゃが、これで満足するんでないぞ、若人よ。
荒れ地はまだまだ残っておる。池にはアメリカザリガニやらウシガエルやら、外来種ばかりが増えておる。きゃつらに悪気はないじゃろうが、古くからわしと一緒に暮らしてきた日本固有の生き物がかわいそうじゃ。どうしたもんかのう。
毎週末のようにやってきては、わしを楽しませてくれる若人よ。
これからもわしを笑顔の絶えぬ明るい場所にしておくれよ。
これを読んどるそこのあんたも、わしに会いにこんか?
たまには自然の中で土と戯(たわむ)れるのも一興じゃぞ。

「里山の再生」を目指して
「さとやま爺」のお話、いかがでしたでしょうか。
この記事は、神戸発の学生団体「Re.colab KOBE」(リコラボコウベ)の井上大地が書きました。
私たちは、神戸市北区の山の中で、地元のご高齢の農家が10年以上放置していたという「耕作放棄地」を借り受けて、伸びきった草を刈り、畑を耕し、麦やイモなどを育てる取り組みをしています。こうして「再生」した畑を「リコラボファーム」と名づけて、週末ごとに電車やバスを乗り継いで通っています。
人と自然がつながり直す「里山の再生」。
この取り組みに少しでも多くの人に興味を持ってほしい。
そんな思いで、リコラボの仲間と議論しながら、ちょっと奇をてらって「里山目線」で書いてみました。
私たちはリコラボファームを舞台に、これからも新しい取り組みに挑戦していきます。このko-doウェブサイトで随時、ご報告します。
- 【文】
- 井上大地
- 【構成】
- 井上大地、下坂悠斗、出口真愛、水本彩葉
- 【写真】
- 船引香歩 ほか
- 【動画編集】
- 岩本悠
- 【動画撮影】
- 雪定弦生
- 【監修】
- 朝日新聞DIALOG編集部