
草をむしる 土を耕す
楽なことばかりではない でも
力をもらう 命が輝く
コロナ禍のモヤモヤ…さよなら ~野村真由の転機~
2022年、私(野村真由)は寂しい春休みを過ごしていました。
やりたいことも、やるべきことも特にない。
仕方なくアルバイトばかり入れ続け、気づけば最長6連勤。来る日も来る日もカフェで接客。単調な毎日に退屈していました。
そんなある日、高校時代からの友人と久しぶりに会いました。
地元・大阪にあるバイト先とは別のカフェで、野菜たっぷりのワンプレートランチを食べながら、近況を話す友人の目はキラキラと輝いて見えました。
「最近、新入生の勧誘で忙しいんだよね~。新メンバーがたくさん来てくれたらいいなぁ」
友人は、神戸で里山・里海の再生に取り組む学生団体「Re.colab KOBE(リコラボコウベ)」の副代表。神戸市北区の山中で耕作放棄地を借りて「リコラボファーム」と名づけ、土を耕し、作物を育てる。そんな活動に生き生きと参加している友人のことをうらやましく感じました。
私が大学に入学したのは、新型コロナが流行し始めた2020年春でした。
2年間、対面授業がなく、自宅にこもる日々。周りの大人たちから「コロナのせいで大学生活が台無し。かわいそうな学年やね」と言われ、悔しい気持ちでいっぱいでした。
コロナさえなければ、もっと何かできたはず。心のどこかにそんなモヤモヤがずっとありました。
いつまでもコロナのせいにせず、一歩踏み出そう。
私は思い切って友人に連絡し、「畑に行ってみたい!」と伝えました。

5月、初めてリコラボファームに行きました。
ため池で捕ったザリガニに触れて、小学生のころを思い出して懐かしくなりました。私が幼いころに釣ったザリガニは黒っぽい色をしていましたが、リコラボファームで触ったザリガニは絵の具の赤のような鮮明な赤色で、はさみがとても大きくて立派でした。
初めてウシガエルも見ました。カエルといえば手のひらサイズを想像していましたが、体長15㎝という大きさに驚きました。

照り付ける太陽の下、慣れない山道を歩いたり、草むしりをしたりして、体力を消耗しているはずなのに、なぜか逆に、山から力をもらっているような気持ちになる。
この感覚を味わったとき、絶対またリコラボファームに来たいと思いました。
そのチラシは ふるさとへの入り口だった ~岸名優佳の偶然~
2022年5月、私(岸名優佳)が部屋の整理をしていると、クリアファイルに挟まれた1枚のチラシを見つけました。
「不安に負けるな、好奇心」「枠にとらわれず、好きなコトに取り組むことができる」
それは、4月に入学したばかりの大学で偶然もらってから、気になって捨てられなかったリコラボのチラシでした。
海と田んぼが広がる福井県坂井市ののどかな町から、兵庫県西宮市にある関西学院大学に進学した私は、都会の人の多さに疲れ、サークルに入ろうと思いつつも入りそびれ、大学生活最初の1カ月を何となく過ごしていました。
ぼーっとしていた昼下がり、これっていわゆる五月病?と思ったときに、ふと見つけたチラシ。私は思い切って連絡をとりました。
6月、初めてリコラボファームに行きました。
「ピーヒョロ~」という鳥の声。木々が風に揺れる音。目の前の広々とした畑にふるさとの田んぼが重なり、懐かしく感じました。地元にいたときは全く農業に関わってこなかった私にとって、農作業は新鮮でもありました。
「田舎娘が神戸で畑を耕してるなんて、ギャグやん」と言われて大笑いしながら、自然とふれあう楽しさを知りました。
運河のほとりで農業? 私たちは同志に出会った
リコラボは里山だけでなく、海や運河でも活動しています。
6月26日、私たちは神戸市兵庫区にある兵庫運河の周辺で行われたイベントに参加しました。

運河のそばにあるJ1ヴィッセル神戸のホームスタジアム「ノエビアスタジアム神戸」にサッカーを見に来た人たちや、近くの小学校に通う子どもたちを対象に、兵庫運河の自然環境を紹介したり、魚とふれあえるタッチプールを用意したり。イベント運営のお手伝いをしました。
兵庫運河のほとりには、私たちリコラボと同じように、「農業」をしている方たちがいることも知りました。「ウンガノハタケ園芸部」の方たちです。
どんな思いで活動しているのか、お話を聞きたくて、「ウンガノハタケ園芸部×リコラボ」の座談会を企画しました。

芝生で車座 「ハーブの一種。食べてみる?」
「これはハーブの一種。食べてみる?」
8月27日。晴れ渡った青空の下、ウンガノハタケ園芸部の西山衣里子さんが、育てている植物を紹介してくださいました。
運河のそばにバスケットボールコート一つ分くらいの広場があります。芝生の周りに港の廃材で作ったという木製のプランターを並べて、20種類ものミントやエディブルフラワー(食用の花)、イネなどを育てています。
都市の中で農業を行う「アーバンファーミング」の取り組みです。
座談会に参加したのは、ウンガノハタケ園芸部から高橋渓さん、三木陽子さん、久保仁美さん、西山さんの4人。リコラボからは、ファームの活動に中心的に関わっている出口真愛、永山菜花と野村の3人が参加し、岸名が司会を務めました。
芝生の上に車座になって、対話を始めました。

近隣の住民ら、年齢も職業もバラバラの20名以上が参加しているというウンガノハタケ。水やりや草取りが欠かせませんが、当番のようなものはなく、LINEで「今から行きまーす」などと連絡を取りあって手入れをしているそうです。
誰から強制されるわけでもなく、自分たちでハタケに足を運ぶ。そのエネルギーになっているのは、何なのでしょう。
人とのふれあいがエネルギーに
ウンガノハタケの久保さんは、朝の水やりには「来た人だけが味わえる爽快感」があると言います。「仕事や家事の前にリフレッシュできる。ハタケで出会う人とのコミュニケーションが、その日のエネルギーに変わっているのかな」
私たちリコラボにも、お手入れ当番やノルマのようなものはありません。行ける人が行きたいときに畑に行き、協力して作業しています。畑にはいつも、大学も学年もバラバラな学生たちがたくさん集まります。
リコラボの永山は「普段、都会で生活していて、土とふれあう機会なんてない。ずっとパソコンを見たり携帯を見たりで、ちょっと疲れている部分もある。畑に行くだけで心がリフレッシュされます」と言います。
そう、初めてリコラボファームに行ったときに私たちが抱いた、あの感覚。
農作業は楽なことばかりではないはずなのに、普段の生活では感じられない気持ち良さがあるのです。

ザリガニ釣った バッタを追った 都会では…
幼児教育に携わっているという三木さんは、「リアルってやつね。現実と非現実」と続けます。今の子どもたちは、スマホやタブレットで物事を見ることに慣れてしまって「本物を知らなすぎる」と三木さんは心配しています。
今の小学生より10歳ほど年上の私たちには、ザリガニを釣ったりバッタを捕まえたり、自然の中で遊んだ思い出があります。今の都会の子どもたちはどうでしょう。
久保さんは、子どもたちに自然に触れてもらうため、地域の人間が子どもたちの学習に関わる方法を模索していきたいと言います。

天気や自然に目が行くように
リアルに土とふれあい、植物を育てる中で、意識の変化も感じると言います。
ウンガノハタケのみなさんも、リコラボのメンバーも、一緒にうなずいたのが天気や自然に目が向くようになったということ。
久保さんは「ごみの出し方も意識するようになった。ちっちゃいSDGsですけど」。
リコラボの永山は「畑のことだけでなく、他の環境問題にも興味が湧いてきました。周りの人にも『フードロスやんな、食べよ』っていうふうに、かる~いノリで影響を与えられているのかなって思います」と言います。
SDGsはメディアなどで頻繁に取り上げられていますが、どんな呼びかけやキャンペーンよりも、実際に土や自然とふれあうことが、SDGsを「自分ごと」として感じるきっかけになるのかもしれません。
リコラボの永山は、こう続けます。
「私たちは本能的に『現実』を欲しているのかもしれないと活動の中で感じています。そこに気づくことで、心も生活ももっと豊かになるのでは。リコラボが、みんなが豊かな人生を考えるきっかけになれたらいいな」
スマホを置いて「リアル」に触れよう
山の空気はおいしいこと。ウシガエルは大きいこと。そんな中で、誰かが汗を流して育てている作物があること。
実際に足を運び、目で見て、肌で感じなければわからないことがたくさんあります。そんな「リアル」を、たくさんの人たちに伝え続けたい。
この記事が、今読んでくださっているあなたに何か気づきをもたらしていたら、うれしく思います。
- 【文】
- 岸名優佳、野村真由
- 【写真】
- 永山菜花、船引香歩、三木輝世、雪定弦生
- 【動画編集】
- 東向玲奈
- 【動画撮影】
- 永山菜花、矢野まなみ、雪定弦生
- 【監修】
- 朝日新聞DIALOG編集部