
ブルーカーボン
ぽかぽか日なたへお引っ越し
カメや大雨 なんのその
みんなのササバモ すくすく育て
神戸市が全国に先駆けて取り組んでいる「山のブルーカーボン」。山の中の湖や池など、淡水の中に水草を増やし、地球温暖化の原因となる二酸化炭素を吸収させようという試みです。さまざまな課題に直面しながらも、少しずつ活動の範囲を広げています。今年度の取り組みをリポートします。
車を止めて徒歩1キロ 日当たりの良い北岸へ
2022年8月25日、私たち学生団体「Re.colab KOBE」(リコラボコウベ)のメンバーは、神戸市の職員さんたちと一緒に、兵庫区の烏原(からすはら)貯水池へ向かいました。
ササバモという水草を植えるためです。
ブルーカーボンは、海藻や海草、水草などの水中の生態系に吸収される炭素のことを指します。地球温暖化が叫ばれる今、温室効果ガスの新たな吸収源として注目されています。
神戸市水道局が管理する烏原貯水池の一角にササバモを植える「山のブルーカーボン」の取り組みについては、2022年1月の記事でもお伝えしました。
前年にササバモを植えたのは、烏原貯水池の南岸でした。遊歩道沿いの休憩所から近く、機材を運ぶ車をすぐ近くに止めることができるなど、アクセスが良かったためです。ただ、植栽場所の南側が木々に覆われていて、日当たりの悪さが課題でした。
そこで、ササバモがよりよく育つように、場所を移すことになりました。駐車スペースから遊歩道を1キロほど歩く必要があり、アクセス面では劣るものの、日当たりの良い北岸に植栽場所を移すことになったのです。


しばらく遊歩道を歩いた後、柵を越え、ササやイバラが生い茂る斜面を下って、池の縁にたどり着きます。ちょうど3週間前、イバラのとげにうんざりしながら草刈り機で道を切り開いたことを思い返して、感慨深い気持ちになりました。
準備したみかんネットの中にササバモの根っこを入れて、シャベルで土も入れます。6割程度土が入ったら、ネットの口を縛ります。

こうして株の準備ができあがると、あとは「置く」だけです。ササバモを食べてしまうことが分かっている天敵・ミシシッピアカミミガメが近づけないように、側面から底面までを覆うように袋状に設置したネットの中に、みかんネットをそっと置くように投げ入れていきます。
植栽するのに、根っこをしっかりと土に埋めなくていいのか…とも思いますが、これで根付くことは分かっています。
3週間前、前年に植えた日当たりの悪い南岸のササバモを撤去しました。今回と同じように、みかんネットに入れて軽く置いただけだったササバモが、1年後には根っこが何本も地中に潜り込み、撤去するのに苦労したからです。
前年よりも日当たりの良い場所なら、さらに強く、のびのびと育つはずだ。そんな期待を抱きながら、烏原貯水池での植栽を終え、次の場所へ移動しました。
奥池でも! あれ? 消えた数十株
今年は烏原貯水池に加えてもう1カ所、ササバモの植栽場所を増やしました。
須磨区の神戸総合運動公園の近くにある「奥池」という小さな池です。

面積11万平方メートル余り(甲子園球場約2.9個分)の烏原貯水池に対し、奥池の面積は1800平方メートルほど。烏原貯水池に多く生息するミシシッピアカミミガメが奥池では見当たらないなど、環境は全く異なります。
全国初の「山のブルーカーボン」の取り組みを、条件の異なる2カ所で実験的に進めたい、というのが神戸市の狙いです。
8月25日、午前中に烏原貯水池での植栽を終えた後、午後に奥池に移動して、驚きました。
奥池には3週間前、割りばしにくくりつけたササバモを試験的に数十株、植えていました。それがきれいさっぱりなくなっていたのです。

奥池ではミシシッピアカミミガメは見当たらないものの、アメリカザリガニの姿が散見され、ササバモを食べてしまうことが心配されていました。
雨で下流へ流されてしまったのか、ザリガニに食べられてしまったのか、ササバモが消えてしまった原因は分かりません。
ぽっかりとスペースの空いた浅瀬を見て、ぼうぜんとしてしまいましたが、気を取り直して作業を始めます。
今度はササバモが消えてなくならないように、岸に近い場所に杭を打ち、ネットで囲っていきます。
ネットで囲み終えたら、烏原貯水池と同じように、みかんネットにササバモと土を入れて「置いて」いきました。

この日植えたのは、烏原貯水池と奥池にそれぞれ約500株ずつの計約1千株。
何とか根付いて、育ってほしいと願っていますが、9月には大雨で奥池の水が増水し、せっかく設置した杭とネットの一部が崩れ、市の職員さんたちが急きょ復旧するということがありました。
課題はたくさんありますが、私たち学生も引き続き、「山のブルーカーボン」推進に取り組んでいきます。
水草は邪魔者だと考えられていた!?
カメに食べられたり、増水で流されたりしながらも、めげずにササバモの植栽を続けていく。
この地道な作業にどんな意味があるのか、改めて学ぼうと、神戸市の取り組みに協力している神戸大学大学院の中山恵介教授(水環境工学)を訪ねました。
神戸市水道局の清水武俊係長と市自然環境課の野坂翔馬係長も同席してくださり、市としての狙いや思いも改めて伺いました。

神戸市の「山のブルーカーボン」の取り組みについて、中山教授は「沿岸域(海)でのブルーカーボンの取り組みは国内でも一般的ですが、湖沼での取り組みは国内では初めて。世界的に見ても、少なくとも論文レベルで認められているものはないと思います」と言います。
海に比べて湖沼での取り組みが遅れたのは、なぜでしょうか。
中山教授は、湖沼の水草が「邪魔者」として扱われていたのが一因ではないか、と言います。
市水道局の清水係長によると、ササバモのような水草は1950年頃まで国内の湖沼の多くに生えていて、貴重な肥料源として使われていました。しかし高度経済成長期に入り、化学肥料がたくさん使われるようになると、有機肥料がほとんど使用されなくなり、水草の価値が下がってしまいました。
その結果、使われなくなった水草はどんどん増えて、船の航行の邪魔になるなど、害のほうが前面に出るようになってしまったのです。そのため、「水草は邪魔者。とにかく減らそう」という流れになったと言います。
中山教授は「沿岸域の海草アマモも邪魔者と言われていましたが、魚の生息域として重要だと分かり、考え方が変わりました。2000年代の初めです。湖沼はそれに比べて15年くらい遅れています」と指摘します。

地球上に500万平方キロ 湖沼に大きな可能性
「山のブルーカーボン」には、大きな可能性があると中山教授は言います。
「沿岸の浅い海域は地球上に180万平方キロと言われているのに対し、湖沼は500万平方キロあると言われています。面積だけ見ても大きなポテンシャルを持っています。貯水池やため池など、アクセスが良い場所も多いです」
「海のブルーカーボン」については、国土交通省の認可法人「ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)」が、アマモなど海の生態系に吸収された二酸化炭素の量を独自の「Jブルークレジット」として認証しています。これに対して、「山のブルーカーボン」を評価する方法はまだ存在していません。
ササバモはどのくらいの量の二酸化炭素を吸収し、固定するのか。中山教授は研究の成果をもとに、来年度(2023年度)には計算式を提案したいと考えています。将来的には「海」と同じようにカーボンクレジットの認証にもつなげたいと言います。
中山教授のお話を伺って、神戸市が全国に先駆けて取り組んでいる「山のブルーカーボン」の活動に参加できていることを、改めて誇らしく思いました。
「山のブルーカーボンには大きな可能性がある」という中山教授の言葉に勇気をもらい、これからも一歩一歩、活動を続けたいと思います。
この記事を読んで興味を持たれた方は、私たちと一緒に活動してみませんか?
- 【文】
- 松本奈々、雪定弦生
- 【写真】
- 出口真愛、水本葵、雪定弦生ほか
- 【動画編集】
- 福重唯子
- 【動画撮影】
- 雪定弦生
- 【監修】
- 朝日新聞DIALOG編集部