
チョウが舞い 緑が芽吹く
この風景を残すため
ゆるく草刈り 自然を楽しむ
2022年12月24日、土曜日。世間は週末でクリスマスイブ。
同世代の大学生たちが友達や大切な人と過ごす写真がInstagramにあふれる日。
そんな日の朝10時から、私(出口真愛)は神戸市北区の山の中に来ていました。
極寒の山道 自分史上かつてないクリスマスイブ
自分史上、例を見ない特殊なイブやな……。
なんて思いながら、白い息を吐き、耳が冷たくなるのを感じつつ、山道を登っていきます。
絶滅が危惧される希少な植物を守るという「草刈り」に参加するためです。
この日集まったのは、神戸を拠点に里山・里海の再生に取り組む私たち学生団体「Re.colab KOBE(リコラボコウベ)」の大学生3人のほか、農家の方や、高校で教師をしている方など十数人。主催するのは、神戸市で活動する市民団体「里地・里山の保全推進協議会」です。
参加者みんなで手鎌や両手ばさみ、草刈り機などを手に、うっそうと茂るススキやササ、絡み合うツタなどを刈り取っていきます。

この草刈りの目的は、「ヤブレガサモドキ」という希少な植物が育つ環境を守ることです。
ヤブレガサモドキは、よく似た名前の植物「ヤブレガサ」と同じく、破れた傘のように広がる葉っぱが特徴。林の中の暗い地面で見られるヤブレガサに対し、田んぼの畦(あぜ)や池の土手など日当たりの良い明るい場所で育ちます。
環境省のレッドリスト2020で、近い将来に野生での絶滅の危険性が高いとされる「絶滅危惧IB類(EN)」に分類されています。

山の中にある農地が放棄され、日当たりの悪い林へと戻ってしまえば、ヤブレガサモドキが育つ場所がなくなってしまいます。
そうならないために、里地・里山の保全推進協議会は年に1~2回、耕作放棄地で草刈りに取り組んでいるのです。
これも絶滅危惧? 「普通」を失う前に
「人間の悪いところは、(希少な生物が)いなくなってからもったいながって、悔しがるところ。それやったら、残っているうちに何とかしましょうよという気持ちが我々にはありますのでね」
協議会の事務局を務める大嶋範行さんはそう言います。
強い気持ちの奥には、「原体験」があるそうです。

子どもの頃は昆虫少年だったという大嶋さん。身近にいた生き物たちが絶滅危惧種と言われるようになり、衝撃を受けたそうです。
たとえば、トンボのアキアカネ。「赤とんぼ」の通称で知られ、数十年前まで神戸市内の田んぼ周辺でいくらでも見られましたが、今ではすっかり珍しくなり、神戸市版の絶滅危惧種リスト「神戸版レッドデータ2020」に記載されています。

「昔は普通に遊んでいたものが、え、これも絶滅危惧種?って。もともと珍しいものが珍しいのは当然なんですけど、昔はなんぼでも普通におったものがレッド(リスト)に出てくるというのは、ただならない事態ですよね」と大嶋さんは言います。
日本で大事なのは「草原」
希少な生き物を守るために、私たちに何ができるのか。
そのヒントを探ろうと、私たちは神戸大学国際人間科学部の環境共生学科を訪れ、里山の植物を研究している丑丸敦史さんにお話を伺いました。
「研究したいと思った花が、もう存在していないということがあるんですよ」
生物多様性の危機に、丑丸さんも心を痛めていました。
丑丸さんによると、森林の割合が低い欧米では、農地を放棄して森林に戻すのは良いことだと言われることもあります。それに対して、国土の7割を森林が占める日本の場合、生物多様性を守るために大事なのは「草原」の存在だといいます。

田んぼが広がる日本の里山には、キキョウやリンドウ、チョウやバッタなど、さまざまな生き物が生息しています。ところが、農家の高齢化や後継者の不在などで農地が放棄されてしまえば、背の高い草や木が生い茂り、草原の環境を好む昆虫や背の低い植物たちは生きていけなくなるというのです。
実際に、丑丸さんの研究チームが「伝統的な農地」、農業を効率化するために区画整理などをした「圃場(ほじょう)整備地」、農業をやめた「耕作放棄地」という3種類の土地で植物やチョウ、バッタの種の数を調べたところ、「伝統的な農地」で最も多くの種が確認されました。

植物やチョウ、バッタの種の数(グラフの縦軸)は、圃場整備地(赤、各グラフの右の棒)や耕作放棄地(青、同左)に比べて、伝統的な農地(緑、同中央)が最も多かった=丑丸さん提供
生物多様性を守るためには、農業をやめて土地を放棄したり、逆に、効率的な農業のために農地を徹底的に整備したりするのではなく、ほどほどに草を刈りながら伝統的な農業を営むことが最も効果的だと分かったのです。
年1~3回の草刈りで 多様性は守れる
さらに、丑丸さんらの研究によると、耕作が放棄された土地でも、年に1~3回草刈りをするだけで、何もしない土地に比べて格段に多い生物の種が確認されました。
草刈りをするだけで、希少生物を守れる? 私たちはその話に仰天しました。
それって、私たちが毎週末、「リコラボファーム」でやっていることやん、と。

私たちリコラボは、神戸市北区で耕作放棄地を借り受けて、リコラボファームと名づけて小麦や野菜などを育てています。
長年放置されていたその土地は、私たちが最初に訪れたとき、繁殖力の強さで知られる外来種のセイタカアワダチソウで埋め尽くされていました。
その後、草を刈り、畑に戻していく中で、周囲にはヨモギやスギナなど、さまざまな植物が見られるようになりました。

私たちには少し、負い目もありました。
リコラボファームに行けるのは、基本的に土日だけ。平日は大学の授業もあり、バイトや他のサークル活動もあるため、「土日に行ける人が行く」という、ゆるいスタイルで活動を続けてきました。
できることなら、毎日毎日畑に通って、もっと真剣に農業に取り組むべきだろうか……。そんな悩みを持ち続けていました。
でも、生物多様性を守るためには、週末に自然を楽しむだけの活動も十分に意味のあることだったのです。
「自然共生サイト」 神戸の里山も
里山の自然を楽しみながら、生物多様性を守る。
そのことが実は今、世界的な文脈で注目されています。
2022年12月、カナダのモントリオールで開かれた国連の生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で、2030年までに陸と海の面積の30%以上を保全する「30by30」という目標が採択されました。

環境省のウェブサイトによると、日本国内で2021年現在、保護地域とされているのは、陸域の20.5%、海域の13.3%に過ぎません。環境省は2023年度、企業や団体、自治体などが生物多様性の保全に取り組む地域を「自然共生サイト」として認定し、保護地域を拡大することを目指しています。
その事前準備として、環境省は2022年9月と23年1月、国内で計56カ所を自然共生サイトの「認定相当」エリアとして発表しました。その一つに、ヤブレガサモドキの生育地やリコラボファームを含む「神戸の里山林・棚田・ため池」が選ばれたのです。
神戸市自然環境課の岡田篤課長は「神戸は大都市にもかかわらず、豊かな里山があり、希少な動植物も生息・生育している。いろいろな方たち、特に若い方たちに里山保全の取り組みに加わってほしい」と話します。

ヤブレガサモドキを守る草刈りでお会いした「エコロジー研究所」の丸井英幹さんは「農業と自然がかかわりを持ちながら、草原という環境を守ってきた。人間の都合で勝手に手を引いたら、生き物は困ってしまう」と話していました。
そして、私たち若い世代に向けて、こんなメッセージをくださいました。
「関心を持つだけで、見える世界が変わる。『希少種だから』ではなくて、まずは身近な生き物を観察してほしい」
私たちもリコラボファームに通い始めて1年余り。都会育ちでほとんど見たことのなかったバッタやカエルにも触れるようになり、同じ世界の生き物なんだと愛着も湧いてきました。こういう私たちの「原体験」を、次の世代にも経験してほしいと思います。
まずは自然とふれあうのが大事。
みなさんも、まずは身近な生き物を観察してみるのはどうでしょうか。
この記事があなたの行動のきっかけの一つとなれば幸いです。
- 【文】
- 太田帆香、出口真愛
- 【構成】
- 乾彩海、井上大地、太田帆香、下坂悠斗、出口真愛、船引香歩、雪定弦生
- 【写真】
- 高田将之、出口真愛、船引香歩ほか
- 【動画編集】
- 雪定弦生
- 【動画撮影】
- 船引香歩、雪定弦生
- 【監修】
- 朝日新聞DIALOG編集部