朝日新聞社
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里山~自然と文化の交差点
持続可能なくらしとは
朝日地球会議で考えた

2023.12.21

田畑があり、暮らしがあり、生き物たちの営みがある里山。人と自然が長い時間をかけて築き上げてきた環境を、これからの時代も守り続けるためにはどうすれば良いのでしょうか?

持続可能な地球について考える国際シンポジウム「朝日地球会議」が10月、東京で開かれました。神戸市もセッションに参加。里山の保全・保護をテーマに話し合いました。里山は自然環境に人が手を加えることによって成り立っています。景観・農業・生物多様性などの観点で重要な役割を果たす里山はいま、人の手による管理不足という危機にひんしています。

このセッションでは持続可能な里山のあり方、里山の再生について話し合われました。里山の環境を保全していくため、神戸市で行われている取り組みについても述べられていました。

セッションで紹介された神戸の里山の風景=井上晴史撮影
セッションで紹介された神戸の里山の風景=井上晴史撮影

「地球」を囲み 未来に向けて語る

朝日地球会議は有楽町朝日ホールで行われました。そこは東京駅の隣、有楽町駅前。大都会の中でも、ヒト・モノ・カネが行き交う中心地です。私(伊藤まり)は、神戸から新幹線で取材に出かけました。

会場に到着して目に入ったものは地球のオブジェです。自然との調和やSDGsを連想させるような緑色の基調のもと、周りには草花や木々が植えられているデザインでした。その「地球」を囲い、それぞれのセッションで対話が繰り広げられました。

オンラインでも配信され、全国各地・世界各地からこの会議に参加することができます。たくさんの方々が、会場の地球を見つめながら多様な考えを巡らせることで、未来に向けて地球規模の課題について考えることができました。

久元喜造・神戸市長=井上晴史撮影
久元喜造・神戸市長=井上晴史撮影

ホタルが舞う幻想的な風景 今は

「(1964年の)東京オリンピックのころ、里山で走り回って、池でフナを釣り、雑木林でカブトムシを捕り……本当に楽しい時期を過ごしました。そういう思い出の詰まった里山が、どんどん開発されて消滅をしていく。一種のノスタルジーですけれどもね」

神戸市の里山の昔と今、そしてその変遷について、まず神戸市長の久元喜造さんが語ります。

数十年前、神戸の郊外には美しい里山が広がっていました。雑木林、棚田、ため池、そして茅葺きの民家。村祭りや農村歌舞伎が催されるなど、人と自然の豊かな営みがあったそうです。「夜になったらホタルが舞い、 私も1回だけ遭遇したことがあるのですが、オレンジ色の火の玉が二つ、三つ、山裾を登っていくような幻想的な世界でした」

佐々木リディアさん=井上晴史撮影
佐々木リディアさん=井上晴史撮影

生態系のモザイク 世界にも「里山」

ルーマニア出身で環境地理学を研究する東京都立大学国際センター准教授、佐々木リディアさんによると、ルーマニアにも日本の里山のような伝統的な農村風景が存在しているそうです。その風景は日本とは異なると思われがちですが、ルーマニアの農村風景も日本の里山と同じような過程でできたものだそうです。

佐々木さんは、日本の里山は人と多様な生態系が合わさって「モザイク」のようになっていると述べます。里山は日本のスピリチュアリティー(精神性)に大きな影響を与えており、日本人の「心のふるさと」となっていることが大変すばらしいと話しました。

財前直見さん=伊藤まり撮影
財前直見さん=伊藤まり撮影

空き家の放置 高齢化 獣害…

里山が直面している危機はどのようなものなのでしょうか。

久元さん、佐々木さんのほか、故郷の大分と東京で2拠点生活を送る俳優の財前直見さん、NPO法人よこはま里山研究所理事長の松村正治さんを加え、四つの視点からお話を伺いました。

“里山 in 大分”で暮らす財前さんの“生活者視点”によると——。

高齢化、若者の減少、空き家の放置、イノシシやシカによる獣害の問題があります。特に空き家は、相続ができていないことによって放置されるケースが増えているようです。

“里山 in 横浜”と向き合ってきた松村さんは“社会学的視点”から——。

横浜では、イノシシやシカの被害はそれほどではないのですが、アライグマやハクビシンが田んぼのカエルを食べてカエルが減ってしまうという問題があります。また、関東地方では、雑木林でコナラが枯れてしまう「ナラ枯れ」の問題があります。枯れた木を切るにもコストがかかるので放置され、危ないので近寄れないとか、そのような問題も見られます。

耕作放棄地 よどんだ水 悪循環

“里山 in 神戸”を見つめてきた久元さんの“市長視点”では——。

私たちの目には一見、昔と変わらない里山の姿が見えること自体が大きな課題です。人の手が入らなくなったことにより、日が差さなくなって植生が単調になる。竹やぶが広がり、耕作放棄地も増える。ため池では水路が壊れるなど管理が行き届かなくなり、水がよどんでいく。そんなふうに自然環境が荒れていくと、生物の多様性が失われて、アライグマ、ブラックバス、アカミミガメといった外来生物が入ってくる。

一方で、こうした課題を克服するための熱意と行動が神戸の中からも生まれてきています。課題だらけではありますが「光」が見えてきていることはありがたい。

“里山inルーマニア”に詳しい佐々木さんは“国際的視点”から——。

生物多様性が低くなって「モザイク」が失われ、きのこや山菜などが育たなくなっている。エサとなる植物が少なくなることで、野生動物がエサを求めて人里に近づき、人間とのコンフリクト(衝突)も起きています。

松村正治さん=伊藤まり撮影
松村正治さん=伊藤まり撮影

移住・ビジネス 「光」も見える

ここからは、私、井上晴史がリポートします。

危機にひんしている里山ですが、その可能性も見えてきています。

久元さんは、コロナ禍で「三密」を避けるため、都会から里山に移住する流れがあったと説明します。

「ゆったりとした時間が流れ、自然が身近にある里山。そこで農業をしたり、野菜を育てたり。神戸の里山なら、車ですぐに行けます。そういう環境に魅力を感じる人が少しずつ増える傾向にあるのは、間違いない」

会社を辞めて「第二の人生として今までとは違った暮らしがしたい」というシニア世代のほか、若い世代で移住する人も多いといいます。

佐々木さんは、里山での女性の活躍にフォーカスを当てました。

「日本でもヨーロッパでも、若い世代の中で特に女性が里山に魅力を感じて、移住しています」

移住先で、有機農業やペンション経営、工芸活動に取り組むなど、新しくビジネスを生み出す役割も担っているそうです。また、女性が地域のネットワークを形作ることで、コミュニティーを活性化させる効果もあるといいます。

松村さんも、同じような傾向を感じているそうです。

「脱プラスチックのような価値観の変化に対して『自分たちに何かできることはないのかな』と思って参加する方がすごく増えてきています。暮らしと自然を近づけて、自分のライフスタイルに取り入れようとする動きが広がっています」

横浜エリアでは、自然環境を生かした幼児保育なども広がっている、と話しました。

神戸で活躍する茅葺き職人の相良育弥さん=神戸市提供
神戸で活躍する茅葺き職人の相良育弥さん=神戸市提供

茅葺き・リン再生 神戸の取り組み

話題は、里山の文化や資源をどう生かすかへと移りました。

財前さんが大分の七島藺(しちとうい)を紹介しました。七島藺は、イグサと同じく畳表の材料となる植物。普通のイグサよりも硬いので、オリンピックの柔道の畳でも使われたほど。一度作ると、何十年、何百年と持つそうです。

神戸市は、茅葺き民家の残っている数が全国でトップクラスだそうです。

久元さんによると、神戸市では茅葺き職人の育成に取り組んでいて、神戸で誕生した茅葺き職人は、神戸の茅葺き民家の茅を葺くだけではなくて、京都の神社やお寺、庭園にある建物に茅を葺く活動もしているといいます。

里山の保全にとどまらず、日本の伝統技術を継承していく役割も果たしているのです。

さらに、里山を含めた資源循環の取り組みとして「こうべ再生リンプロジェクト」も。神戸市の下水処理場で、下水汚泥からリンを抽出して肥料に変える。それを神戸の農家や市民が野菜や果物、お米などの栽培に使って、循環させる仕組みです。

「かつては食べ物の残りカスは土に返してきたわけです。私なんか、ゴミ捨て場でミミズを掘って、それをエサにフナを釣ったりしていたわけです。ところが、もうそういうような循環型社会に戻ることができない。里山の持つ価値にSDGsの観点から光を当てながら、今の時代にふさわしい循環型社会に向けた、神戸市の一つの試みです」

循環型社会は、一つの自治体だけでは実現できません。生物多様性や里山の保全について、隣接する明石市との連携もスタートしているそうです。

「こうべ再生リンプロジェクト」のイメージ=神戸市HPから
「こうべ再生リンプロジェクト」のイメージ=神戸市HPから

「人間の存在 自然に抱かれてある」

都市と里山の「循環」を生み出していく上で、佐々木さんは観光という要素も生かせるのではないかと提言します。「きれいな景観、おいしい食べ物。空気や水までも、おいしいですね。里山のおもてなしも、大きな観光資源になります」

一方、久元さんは「お叱りを受けるかもしれませんが、里山を観光地化することには、あまり魅力を感じません」と語ります。神戸には、六甲山や有馬温泉などの観光地がたくさんあります。観光客が観光バスを連ねてどんどん里山に入ってくるとゴミは増え、トイレを用意する必要も出てきます。それが持続可能な里山づくりにつながるのか、と疑問を投げかけたのです。

里山を守るためには、里山に移り住んでもらう必要があります。そのためには、里山に愛着を持ってもらい、移住の前にこまめに足を運んでもらう。一時の観光だけでなく、里山の問題解決に継続して関わってもらうことが大事なのです。

持続可能な里山の環境を保つには何が必要か問われ、松村さんは次のように答えました。「何のために私たちは里山を守るのか、それを考えることが大事です」

里山は、人々の暮らしと、なりわい(仕事)とつながっていて、人と里山を切り離すことはできません。だからこそ、里山のことを考えるとき、私たちが何を目指していくのかが大事になるのです。「教育、医療、福祉、観光、スポーツ、レクリエーション……そうしたものをうまく自然と絡ませることで、私たちが抱える難しい課題を乗り越えていける可能性があるのではないか」(松村さん)

久元さんは「人間の存在が、自然に抱かれてあると感じること。これが大事ではないか」と語りかけました。人間は自然の一部を構成していて、自然の中で動き回ることによって、五感を研ぎ澄ませて生きていく能力を祖先から受け継いできました。「あまりにも人工的、バーチャルな世界が肥大化すると、確実にその能力が失われていくのではないか」と久元さんは締めくくりました。

井上さん(左)と伊藤さん
井上さん(左)と伊藤さん

ルンルンな街 そのすぐそばで
伊藤まり(神戸大学)

「非日常がつながる世界」を味わってきました。

東京で朝日地球会議を取材したこと。里山や宇宙開発や気候変動への取り組みなど、普段あまり触れないようなテーマについて考えたこと。これらは私にとって非日常でした。

里山の保全や環境問題。人間が地球を壊している、という現実を忘れがちです。今の私にはそれが日常的になっています。

昔はよく自然と共生する場所に遊びに行っていたのに、今遊びに行く場所は鉄筋コンクリートなどで造られている大阪・梅田や神戸・三宮。日本では、自然環境が人間の手で壊されているという現状が見えないように上手に隠されているように感じます。緊迫した気持ちを持つことができず「人間は自然に抱かれた存在である」ということも忘れてしまいます。

美しい街並みはとても素敵で、神戸は大好きな街です。心がルンルンになる非日常感を味わえます。一方で、人工の環境に慣れてしまう、その弊害にも今回は気づいてしまいました。

自然が好きだった私。ルンルンな街を求めている私。

時間があって家庭菜園をする余裕があったころ。社会人となり時間に追われるだろう日々。

何を日常にして、何を非日常にしたいのか。

「危機感を持ったら、ただやるだけ」という言葉がありました。「動かないといけない」と思う一方、今の私は時間に追われ、木が育つのをただ待つ忍耐力が失われていると思います。ジレンマを感じながらも、里山のようなゆったりと流れる時間の中に身を置いてみたいと思いました。

まずは一歩を踏み出すこと。気が付いたら見逃さない意志を持つこと。そして自身に達成感が得られる機会を自分から取りに行くこと。

日常と非日常がつながったからこそ、こうしたことの大切さに気づくきっかけをいただけたと思います。

行動しよう 私たちは一人じゃない
井上晴史(神戸学院大学)

人と自然は、切っても切れない関係だ。
だからこそ、人間主体で考えるのではなく、自然環境と共存するために、今よりも状況を少しでも良くするために、行動しなければいけない。
とりあえず、参加してみよう、やってみよう。
現地へ、里山へ行ってみよう。
一人だけで行動すると無力感を覚えるかもしれない。それなら、同じ考えを持った人がいるコミュニティーへ飛び込んでみよう。そうすれば、新たな出会いやアイデアが生まれるかもしれない。みんなが一歩を踏み出せば、それは大きな力になる!
自然に対しての取り組みは、目に見える結果がすぐに表れるものではなく、10年、20年経ってやっと見えてくる。私たちの行動の成果は、長い時間をかけて分かるものだ。
「一人が動いたって……」と、無力感を覚えなくてもいい。里山に足しげく通えば、その土地に愛着が湧き、関係人口となり、いつしか移住しているかもしれない。
身近な里山から自然の状況について学び、考え、理解する。それは、里山や自然との対話を重ねることであり、人間中心で里山や自然をどうにかしようと考えてはならない、ということだ。
分かっているようで分かっていなかった、大切なこと。朝日地球会議の取材を通じて、自然と共生する姿勢を学んだ。