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2024年10月11日

広告特集 企画制作:朝日新聞社メディア事業本部

PR:公文教育研究会

「言葉の力を養うことは、生きる力そのもの」 
歌人・俵万智さんが白山乃愛さんに語る、楽しく国語力を身につける方法

高校の国語教師をしていた1987年、第1歌集『サラダ記念日』(河出書房新社)で日常の一瞬を鮮やかな言葉で表現し、一世を風靡(ふうび)した歌人・俵万智さん。子育ての日々や、コロナ禍など社会的な出来事から感じたことを、短歌やエッセー、SNSなどの形で発信し続けてきました。

言葉を通じて人々の心をつかんできた俵さんに、基礎学力を身につけることの大切さ、特に国語力の重要性や楽しく学ぶ方法について聞きました。公文式を学ぶ、俳優の白山乃愛さんの質問に答えます。

俵万智(たわら・まち)

1962年大阪府生まれ。歌人。早稲田大学第一文学部卒業。学生時代に、佐佐木幸綱氏の影響を受け、短歌を始める。1988年に現代歌人協会賞、2021年に迢空賞を受賞。『サラダ記念日』『プーさんの鼻』『アボカドの種』など、歌集・著書多数。

白山乃愛(しろやま・のあ)

2012年生まれ、埼玉県出身。2022年、第9回「東宝シンデレラ」オーディションにおいて、史上最年少の10歳でグランプリを受賞した。2023年、『Dr.チョコレート』(日本テレビ系)で俳優デビュー。KUMONのCMキャラクターとしても活躍中。

国語力は、生きる力そのもの
「読み取る力」と「使いこなす力」の二本柱

俵さんが考える
「基礎学力」ってどんな力ですか?
特に言葉の力や国語力について
教えてください。

生きるための基本であり、基礎となるものが「言葉」だと思います。世界を理解するのも、人とのコミュニケーションも言葉を通じて行うものですよね。

学習という面では、算数や理科、歴史や社会などの教科の問題も、全て教科書に書かれている言葉を通して学んでいくわけです。授業では先生が言葉を通じて説明し、子どもたちはその言葉を理解して「なるほど」と感じながら学んでいきます。

ですから、国語というのは一つの教科としてだけでなく、全ての教科の基礎として位置づけられているものだと考えています。言葉の力を養うことは、学力の向上だけでなく、「生きる力」そのものにもつながります。

基礎的な国語力とは、「読み取る力」と「使いこなす力」の二本柱です。

読み取る力とは、何が書かれているのかを理解する力です。当たり前のように思えるかもしれませんが、言葉というのは「一対一」の対応ではありません。例えば「お母さん」という言葉一つとっても、「お友達のお母さん」だと別の人、「犬のお母さん」だと飼い主を指すこともあります。比喩的に「科学の母」といった使い方をするときもありますね。

同じ単語でも文脈によって異なる意味を持ちますし、文章になればもっと複雑。言葉は常に文脈や状況に応じた解釈が必要です。これが「読み取る力」の一つの例ですね。

そして、自分の考えや感情を言葉にしてアウトプットする力も重要です。それができて初めてテストの答えを書くことができますし、他者とのコミュニケーションも成立します。頭の中で考えたり理解したりしていても、言葉にして伝えなければ相手に伝わりません。「読み取る力」と「使いこなす力」の二つが「国語力」の根幹だと考えています。

教科書って、「はずれのない読書」
知らないことが分かるようになる楽しさが原動力

俵さんはどうやって基礎学力、
特に国語力を身につけたのですか?

やはり一番効果的なのは、本を読むことだと思います。私自身、子どもの頃に母からたくさんの本を読み聞かせてもらい、それが国語力の基礎になっていると感じます。

私は『三びきのやぎのがらがらどん ノルウェーの昔話』(マーシャ・ブラウン絵、せた ていじ訳 1965年、福音館書店)という絵本が大好きで、母に何度も読んでもらって、文字を覚える前から絵本の全文を暗記していました。母が根気よく読み聞かせをしてくれたからですね。活字好きの母親なりに、子どもにいい本を読ませようとアンテナを張ってくれていたんだと思います。

私は教科書をもらったら、真っ先に読んでいました。教科書の中に載っている文章ってすごく厳選されているんですよ。教科書って、「はずれのない読書」だとも言えます。大人になってから教科書の編集に携わっていたこともあるので、そこでわかったのですが、教材を決めるときにすごく吟味するんです。子どもの関心や、学習において押さえておかなければいけないことが詰まっているんですよね。

基本的に勉強って、知らないことが分かるようになる楽しいものです。知らないことに挑戦できて、分からないことが分かるようになる。すごくシンプルな楽しさですよね。

私自身は教科書を読んで、それを学校で先生が説明してくれることがまるで天国のような気分で、勉強を楽しんでいました。そんな子どもは多数派ではないと思いますが、子どもたちにとって勉強が苦しいものになっているとしたら残念ですね。

会社勤めをしながら博士号を取った父は、すごく勉強が好きな人でした。物心ついたときから勉強している父の姿が目に焼きついています。ある時、「子どもは勉強が好きなだけできていいな」と父が言っていたのが耳に残っています。「大人は日々の仕事があった上で、一生懸命勉強する時間を見つけているけど、子どもは好きなだけ勉強ができるからうらやましい」と。その言葉にはすごく説得力がありましたね。

親が楽しく学ぶ姿を見せてくれたから、私も自然と勉強は楽しいものだと捉えていたんです。

私がテストで100点を取ると、父は「100点ってあんまり意味がないんだよ」と言うんです。「むしろ、90点とか80点のほうが、自分が分かっていない部分が見つかるから、テストを受けたかいがあるんだ」。だからテストが嫌じゃなかったし、100点が取れなくても「分からないところが見つかった! ラッキー!」という考えでいられました。

創作の面で振り返ると、短歌に興味を持ったのは大学生になってからです。でも子どもの頃から作文は得意でした。他の人と違う視点を持って、読み手を意識して書くことで、先生が褒めてくれたりコンテストで評価されたりして、創作活動の楽しさを知っていきましたね。

遊びの中で五感をフルに活用し、
自然に学ぶ経験が、基礎学力につながる

俵さんは息子さんがいて、
また高校の国語の先生もされていました。
どのように国語を教えてきたのですか?

母になり、息子に絵本の読み聞かせをしながら、息子がどうやって文字を覚えるのか興味を持って観察していたんです。

ある日、絵本の表紙に「のりもの」と書いてあって、息子が「の」の字を指さして、「これが『の』だ!」って、ピカーンと理解した瞬間があったんです。息子が最初に文字を覚えた瞬間でした。それから、世の中の「の」の字を探すことに興味を持ち、買い物に行ったり、家の中にある文字を見つけたりして遊ぶようになりました。

漢字の方がかっこよく見えたのか、小学校に入る前から漢字に強い興味を持っていました。「川」という漢字が川の形からできていることや、「山」が山の形を表していることに感動していましたね。

その後、「草」という字が草花に関係していることを知り、「くさかんむりの漢字を挙げようゲーム」などをしながら部首の意味を覚え、芋づる式に漢字を覚えていました。ハンデとして息子だけに新聞を1枚手渡して、「さんずい」の漢字を出し合う、といった形で、私と遊びながら漢字を覚えていきました。

息子はゲームに勝ちたいと思っているから、「漢字がたくさん載っている漢和辞典という無敵の辞書があるんだよ」と言うと、身をよじって欲しがっていましたね。

親子のかかわりも大切ですが、今は子ども同士で自然に遊ぶ機会が少なくなってきていると感じています。友達同士で言葉で思いを伝え合い、コミュニケーションの難しさを知る機会もすごく大事ですよね。

机の上での勉強は論理的に整理整頓されて効率的に学べる一方で、遊びの中での経験は学びの楽しさを教えてくれます。遊びの中で五感をフルに活用し、自然に学ぶことができた経験は、息子の基礎学力につながったと思います。

今の時代はやはりゲームやスマホとの戦いですね。ゲームを全部禁止するのは無理だと思い、「ゲームはおやつだよ」と言っていました。楽しいけど、そればかりだと栄養にならないからまずはちゃんとご飯を食べて、それからおやつを楽しもう、という感じで。

「読む力」を養う公文式
学年に関係なく楽しみながら学びを進められる魅力も

KUMONの国語では、
俵万智さんの作品も出てきました。
KUMONについて、どう思いますか?

国語では文章題をどれだけ解いたかというより、どれだけ多くの本を読んできたかが大事。私が高校で国語を教えていたときも、力のある生徒はたくさん本を読んでいる子たちでした。

ためになる本を無理して読ませようとすると読書が嫌いになってしまいますから、子ども自身が面白いと感じる本を読めばいいんです。どんどん続きが読みたくなるような面白い本を読むことが一番の栄養になります。

「読む力」を重視して、KUMONの教材でもさまざまなジャンルの文章からしっかりと選んでいることがわかります。教材という形で思いがけない文章に出会うことができるのも魅力です。続きが読みたくなるところで教材の文章が終わるのも、その本を読んでみたくなるきっかけになりますね。

よく学校の宿題になる読書感想文は「書評を書こう」と言っているようなもので、内容をまとめて自分の視点で評価するのは、大人でもなかなか難しいものです。高校教師時代の同僚で、感想文ではなく本の「紹介文」を書かせている先生がいて、なるほどと思いました。それに近いと思ったのが、公文式の国語の「縮約」という、文章を丸ごと縮める練習。文章の内容を理解して、短くわかりやすく伝える力になると思います。

学年に関係なく、自学自習でどんどん進められるKUMONのプログラムは、自分で学ぶ面白さを感じながら進んでいけるところもいいですね。漢字も一年生で習う漢字がこれだけ、と決まっているよりは、興味があればどんどん覚えていけるのが理想的ですよね。学校で基本を学んで、その先は自分の興味次第でどんどん学びを進めていくのが大事だと思います。

大人も問われる国語力
学ぶ楽しさを知って、子どもたちに言葉で伝えよう

俵さん、どうしたらもっと楽しく国語を学んだり、
言葉を使ったりできるようになりますか?

まずは、大人たちが学ぶことの楽しさを知って、子どもたちに伝えてほしいです。押しつけではなく、まずは親や先生が教材や学ぶことを好きになることが大事だと思います。自分が好きでないものを生徒や子どもたちに伝えるのは難しいですから。

目の前のテストの点数に一喜一憂する必要はありません。100点が良くて80点は駄目だと考えがちですが、父の言葉通り、80点にも大きな意味があります。

私は、物事を肯定的に捉えたいと思ってきました。基本的には子どものことを肯定的に見てあげて、良いところをしっかり理解し、褒めて伸ばすことが大切です。「すごい、すごい」と繰り返すだけではなく、理解と愛情を持って、何がすごいのか言葉にして伝えてあげましょう。大人も国語力が問われますね。

子どもが小さい頃に先生や周囲の大人が「勉強って楽しい」と教えてくれるかどうかは本当に大切なことです。先生を評価する基準は、結果だけでなく「興味をもたせること」にあると思います。

子どものうちはどれだけ失敗してもいいんです。文法や言葉を習っても、人間関係を築くことは難しい。人間関係の中でも、言葉の使い間違いで失敗する経験をいっぱいした方がいいと思います。言葉をしっかり使えると気持ちが伝わる、一方で言葉が足りなかったり言いすぎたりすると失敗することもある。そういった感覚は、子ども同士で手探りでぶつかり合っていく中でしか見えてきません。

「人は論理的じゃないとだめ」と言われてもわからないと思いますが、「あのとき感情的になりすぎて失敗した」と経験から学んでいきます。言葉を覚えるという基礎があって、そういった経験が応用になっていくのです。

机の上の「勉強」はものすごく効率よくできています。それをちゃんと栄養にするための、土台としての「経験」。それはともに、車の両輪のように重要だと思いますね。