【後編】 見えないものの中にこそ
三機工業株式会社 環境システム事業部 主任
第56次南極地域観測隊
越冬隊
環境保全担当
重松孝太朗
国立極地研究所 国際北極環境研究センター
第55次南極地域観測隊
夏隊
第56次南極地域観測隊
越冬隊
気水圏モニタリング担当
松下隼士
(前編から続く)
——滞在中、楽しみといえばどんなことでしたか。
松下 写真が好きなので、特に冬季はオーロラの撮影などでよく外に出ていました、居住棟から観測塔までの「通勤経路」が20〜30メートルほどあるので、その行き帰りにも何げない風景をずいぶん撮ったと思います。
重松 ただ、最初のうちは「オーロラだ!」というだけで感動するのに、目が肥えてくると「今日のオーロラは大したことないな」と段々ぜいたくになってきますよね(笑)。本当にすごいオーロラは、僕は滞在中に一度しか見ていません。カーテンのように空にふわっと広がる程度じゃなく、上下左右、全身がオーロラに包まれているみたいとでもいうか。あの美しさは僕の言葉で説明できるレベルを超えています。
松下 それは僕も一緒に見たときですね。でも本当に特別な瞬間というのは、意外に写真や映像に残していないんです。その場で見ることだけに夢中になって。
重松 極夜明けの季節の夕日も忘れられません。見たことがないぐらい強烈な赤で、景色が全部真っ赤に染まって。オーロラがきれいだというのは知っていましたが、南極の夕日があれほどすごいというのは意外でした。
——あらためて、南極での仕事についてうかがいます。松下さんの観測では、日常それほど大きな変化があることはまれだと思います。そのなかでどうモチベーションを維持していましたか。
松下 たしかに、自分の滞在中は南極の大気に変化はありませんでした、という結果だけを持って帰るかもしれないのが僕らの仕事です。しかしモニタリング観測というのは、自分の前から続き、自分の後にも続いていくものです。受け継いだものを途切れさせないよう「つなぐ」ということが最大のモチベーションだったかもしれません。
地球環境の将来についても、観測データが正確であればあるほど精度の高い予測を立てることができます。自分ひとりで大きな成果は出せなくても、「数値を残す」ということには意味があるんです。極端なことをいえば、僕が生きていた時代には何も変化はありませんでした、でもいい。そして100年とか、もっとあとの人たちが僕の残したデータから何かを読み取ってくれたらうれしいです。

——重松さんの仕事は、南極観測という目的のなかで見れば黒子です。どんな点にやりがいを感じていましたか。
重松 何より、基地の生活を支えているという実感があります。水処理や空調設備についてわかる専門家はその場で自分だけですから。もちろん、隊員の生活に支障をきたせば観測活動にも影響が出てしまいますし、その意味では自分も一緒に観測をしていると思っていました。
南極でのゴミの分別・廃棄ルールは、僕ひとりが守らなくても正直バレないんですが、環境にはわずかでも影響が出る可能性があります。なぜ数値が変化したのかをみんなが懸命に研究しているときに、それは僕がゴミを燃やしたからです、というわけにはいきません(笑)。見えないところで暮らしを支えているというのは、今の仕事もやっていることは同じです。
——南極での経験から得た、一番大きな財産は何ですか。
松下 環境、特にゴミ問題についての意識はずいぶん上がったと思います。重松さんが「これはリサイクルできるのか」と悩んでいるような顔は毎日見ていましたから(笑)、自分でも捨てる前に考えるクセがつきました。南極は、食べるものでも使うものでも、そこにあるものだけで全部やっていくしかない究極のエコ環境です。僕もできるだけ捨てないことが習慣になりましたし、良いことだと思うので今後もなるべく続けたいです。
重松 僕はメンタルが強くなったことでしょうか。重機が動かなくなったとき、部品についた氷をハンマーで割りながら時間をかけて整備して、周囲の除雪もして、さあ明日はたくさん作業ができるぞ……と思っていたらその日の夜にまた大雪が降ったり。そんなことの繰り返しですから、怒っても仕方がないことには怒らないし、がっかりもしない。そんなメンタルを鍛えられたと思います。

——最後にもうひとつ、後に続く人たちへのメッセージとして、南極観測隊に向いているのはどんな人か教えてください。
松下 好奇心の強い人ですね。僕は、わからないものをわかるようにしていくというプロセスにとても惹かれるんですが、南極はその点でわからないことだらけですから(笑)。きっと充実した時間を過ごせると思います。
また、普段はなかなか接点のない職業や分野の人たちと長い時間を過ごすので、自分の知らない世界の話を聞く機会がたくさんあります。好奇心を持ち、何事にも心を開いて接すれば、驚くほど多くのものを持ち帰ることができるはずです。
重松 出発前、当社の南極観測隊員第一号である梅沢副事業部長に、希望者がたくさんいるなかでどうして僕を選んでくれたんですか?と聞いてみたことがあります。梅沢さんの答えは、『お前ならいまの顔と帰ってきたときの顔が同じだろうと思った』、というものでした。
その言葉の真意はわかりませんが、どんな状況も素直に受け入れ、自分らしく楽しんでこい、というような意味だと受け取りました。南極観測隊は本当に厳しい環境でしたが、自分なりに任務に尽力し、全力で楽しめたんじゃないかなと思います。




