06蕪栗沼 宮城県

保井 崇志

  • 早朝のマガンの「飛び立ち」。ねぐらである沼から餌を求めて水田へ向かう=2021年1月15日、保井崇志撮影
  • マガンの「ねぐら入り」。日没の20分後をピークに、水田にいたマガンが沼に戻ってくる=2021年1月6日、保井崇志撮影
  • 早朝の蕪栗沼。毎年約7万羽のマガンが訪れる国内最大級の越冬地だ=2021年1月7日、保井崇志撮影
  • モニタリングのため鳥の数を数えるNPO法人「蕪栗ぬまっこくらぶ」の戸島潤さん=2021年1月6日、保井崇志撮影
  • マガンの「飛び立ち」は日の出前に始まり、日の出の約20分前にピークを迎える=2021年1月6日、保井崇志撮影
  • 空一面に広がるマガンの光景は圧巻だ=2021年1月6日、保井崇志撮影
  • 朝日を受けて雪に覆われた田んぼや山がピンクに色づく=2021年1月6日、保井崇志撮影
  • V字型の隊列を作り飛行するマガンの群れ。鳴き声でコミュニケーションを取り合っている=2021年1月7日、保井崇志撮影
  • マガンと同様に越冬のためにやってくるオオヒシクイの群れ=2021年1月6日、保井崇志撮影
  • 成鳥のマガンはおなかの部分に黒い模様があるのが特徴だ=2021年1月7日、保井崇志撮影
  • 空に浮かび上がるマガンの美しいシルエットをとらえて=2021年1月15日、保井崇志撮影
  • 蕪栗沼周辺ではオオハクチョウも多く見られる=2021年1月7日、保井崇志撮影

水鳥と人が共生する場所

国内最大級のマガンの越冬地

太陽が姿を現し、地平線に近い空からオレンジ色に染まり始めた冬の早朝。マガンの群れが高めの声で鳴きながら羽を上下に素早く動かし、空を渡っている。宮城県大崎市にある蕪栗沼(かぶくりぬま)周辺。4000km離れたシベリアから毎年約7万羽のマガンが訪れる国内最大級の越冬地だ。マガンだけではない。ヤナギの枝にはノスリがすっとした姿で立ち、また雪で真っ白になった田んぼの上にはハクチョウが体を休め、列をなして歩いている。約200種類の鳥が確認され、ここはさまざまな渡り鳥の貴重な生息地になっている。

蕪栗沼と周辺水田は2005年、「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」に基づく「ラムサール条約湿地」にも登録された。沼だけではなく、周辺の水田も対象になっている点が珍しく、特徴的だ。

水鳥と人が共生するお手本のような場所。それが実現できているのはどうしてなのだろうか。「SATO」プロジェクトのナビゲーターで上智大学大学院のあん・まくどなるど教授と話を聞く旅へ出かけよう。

次世代を生む環境教育

「ほとんどオオハクチョウかな」

快晴だが風の強い1月下旬。蕪栗沼の保全や管理をしているNPO法人「蕪栗ぬまっこくらぶ」副理事長の戸島潤さん(49)は三脚に立てた望遠鏡をのぞきながら、左手に持ったカウンターのボタンをカチャカチャと押して水鳥の種類と数を確認した。月に4回実施しているモニタリング調査だ。30年の蓄積があり、年ごとの結果を比べて沼の状態が良くなっているのか、悪くなっているのか、鳥たちの状態はどうなのかを調べている。「近年は大きな変化がなく、環境は安定していると言えます」と戸島さんは話す。

戸島さんと蕪栗沼の間には、近くのヨシでできた高さ1.5m余りの「ブラインド」と呼ばれる衝立(ついたて)がある。鳥と観察者の距離を一定にし、鳥が人間を見ても驚かないようにするための目隠しのようなもの。「地元の小学生と一緒に作ったんです」。戸島さんの隣で確認できた鳥の数をメモ帳に記録する同くらぶ事務局長の高橋のぞみさん(32)は生き生きとした表情で言った。

高橋さんは大崎市生まれ。好きな地元で好きな生き物に関わる仕事がしたくて、小動物を扱うペットの専門学校を卒業後、同くらぶに就職した。モニタリング調査の補助をするほか、学校や野外での活動を通じて蕪栗沼のことを小学生に伝えている。「子どもたちは見た目が派手でわかりやすい生き物に触れることが楽しいようなのですが、小さな生き物のことも知り、蕪栗沼や地域のことを好きになってほしいです」

高橋さんが蕪栗沼を知ったのは小学5年生の時。地域のことを学ぶ授業で蕪栗沼に初めて足を運んだことがきっかけだった。自転車で30分ほどかけてやっとたどりついた蕪栗沼は、湖のような景色が広がっているのかと思っていたら湿地帯で予想とは少し違った。ただ、ガンを見て、こういう鳥が自分の身近にいるんだと驚き、そこから生き物に興味を抱いた。

当時、先生として蕪栗沼のことを教えてくれたのが今の上司である戸島さんだった。専門学校を卒業して就職先を考えるにあたり、頭に浮かんだのが蕪栗沼のこと。戸島さんに電話をして「私も蕪栗沼の役に立ちたい」と相談し、働くことが決まった。

20人ほどの生徒とはご近所づきあいがある関係で、電話をかけてきた高橋さんのことはすぐにわかった。「環境に関心があることがうれしかったし、好きなことを仕事にしてみようという意気込みに感心しました」と戸島さんは振り返る。

「今、蕪栗沼で一番引きつけられることはなんですか」。地域に根ざした活動をうれしそうに語る高橋さんにあん教授が尋ねるとこう返ってきた。「早朝、マガンが餌を求めてねぐらである沼から水田などへ向かう様子(マガンの飛び立ち)や、夕方餌場からねぐらに戻ってくる様子(マガンのねぐら入り)は気象条件などによって、飛び立つ時間や群れをなす鳥の数が変わる時もあります。毎年全然違うんです。これが自然なんだなぁ、おもしろいなぁと感じます」

鳥にいい環境は人にも優しい

水鳥と人間が共生し、蕪栗沼では当たり前のように見られる水鳥たちの越冬。だが、ガンは50年前の1970年には急激に減少し、絶滅の危機にさらされた過去があった。

「ガンは、かつては日本各地で多様な姿が見られ、日本人にはなじみ深い鳥でした。その証拠に、日本最古の歌集『万葉集』にはガンを詠んだ歌が多く記載され、お城や神社のふすま絵にはガンの図柄が多く残されています」

「日本雁を保護する会」の呉地正行会長(71)は言う。

一転したのは第二次世界大戦後。食料を増産するために干拓が進むと同時に狩猟の影響もあり、生息地が次第に消滅すると、ガンは絶滅の危機を迎えた。国は1971年にガンを天然記念物に指定することで保護を試み、狩猟を禁止。個体数は増加に転じた。しかし、ひとたび消えた生息地が戻ることはなく、越冬するガンの9割ほどが宮城県北部の伊豆沼と内沼に集中することになった。一極集中は感染症などが発生すると群れが全滅する可能性が高くなり、食物が足りなくなると農業被害に及ぶ。同会は1994年、伊豆沼から10kmほど南にある蕪栗沼へ生息地を分散させることを環境庁に提案した。

「ふゆみずたんぼ」。蕪栗沼へ生息地を分散させるにあたり呉地さんが蕪栗ぬまっこくらぶやNPOふゆみずたんぼプロジェクト(現NPO法人「田んぼ」)などと考え、進めたのが、冬の田んぼに水を張ってガンのねぐらを作る方法だ。「干拓地を以前の沼に戻せば生息地も戻せるものの、現実味は乏しい。そこで、農家に協力を仰いで田んぼに水を張り、水面を作り出すことにしました」。効果はてきめんだった。ガンやハクチョウが「ふゆみずたんぼ」を利用し、蕪栗沼は見事、生息地のひとつになった。

「ふゆみずたんぼ」は農家にも思わぬ効果をもたらした。水を張ると微生物やイトミミズが増えて活性化し、田んぼの表面に「トロトロ層」という層ができる。雑草が生えにくくなり、化学肥料と農薬の使用を抑えることにつながったのだ。水鳥のねぐらとなり、生物の多様性を生み出し、自然に優しい農法を実現できる――「ふゆみずたんぼ」で作られたお米は「ふゆみずたんぼ米」として売り出されている。

ガンは、日中は田んぼの落ち穂や雑草を食べ、夜はキツネやタヌキといった天敵から身を守るために陸地を離れて沼で休息する。当初、「ガンは害鳥」と考えていた地元の農業者たちは呉地さんらと話し合いを重ねるうちに理解を示して「ふゆみずたんぼ農家」となり、「ふゆみずたんぼ」は日本の新しい農法として定着するまでになった。

「害鳥ではなく資源だ、と農家の人たちのガンへのまなざしが変わり、鳥がいることが農業に恩恵をもたらすようになったことで、地域の人たちの心が豊かになりました」。蕪栗沼を今のような生息地にするにあたり、行政や農家などの関係者と粘り強く折衝を続け、尽力した呉地さんの言葉だ。

「生物多様性を育む農法」。あん教授は、「ふゆみずたんぼ」に二つの生物多様性を感じるという。「生き物が多様に生きられる土台を作っています。同時に、色々な立場の人たちがお互いの違いを認めた上で尊重し、ともにひとつのことに取り組んでいます」

ガンに魅せられた人生、これからの課題

呉地さんは神奈川県平塚市で生まれ育った。夜になると波の音が聞こえ、夏は南北の窓を開けておくとヤマガラが通り抜けた。鳥はもともと好きだったが、東北大学に入り、ガンがいる伊豆沼に行くと大きな鳥がたくさんいることに驚いた。少し近づくと警戒して首を挙げる野生の緊張感。さらに近づくと今度は一斉に飛び立ち、空を覆い尽くす姿が圧巻だった。以降、時間を自由に使えるように塾経営などをしながらガンとともに歩む人生が40年近く続いている。伊豆沼の近くに住み、毎朝、毎夕、沼を出て、沼に戻るガンの群れを見ている。「一生つき合える、なかなかいいものと出会えました」

これからの課題は生息地のさらなる分散化だ。干拓などによって日本の湿地面積はこの100年ほどで6割が消失している。ガンが過ごすには広く見晴らしが良くて浅い安全なねぐらとなる沼と、餌を得るための広い田んぼがセットになっている場所が必要だ。かつての日本に多くあった湿地環境だが、今はあまり残っていない。

突破口になるのは、やはり「ふゆみずたんぼ」だと考えている。冬は使っていない田んぼに水を張ることで、ガンのねぐらになることはもちろん、田んぼに多様性をもたらし、農家にも、そこで作られた米を食べる人にも優しい。「既に全国的に広がっている『ふゆみずたんぼ』をさらに進めることで、今は宮城県に閉じ込められているガンがもう一度全国の空によみがえることがゴールです」。呉地さんの思い描く未来はガンのように大きく羽ばたいている。

「湿地の減少は日本だけでなく世界的な課題です。残された自然をどうリハビリしていくのか。蕪栗沼はそのモデルになりますね」。あん教授は「ふゆみずたんぼ」に希望を見る。

渡り鳥のように

ガンの生息地の分散化の成功例に耳を傾けたあん教授は、渡り鳥と蕪栗沼のあり方が重なって見えた。そして蕪栗沼の未来をこう想像した。「里は渡り鳥と同じように動的であり、絶えず動かなければいけません。色々なところに飛んで新たなものを吸収し、進化し続けるからこそ蕪栗沼は未来へと羽ばたいていけるでしょう」

■あん・まくどなるど教授による現地の方々へのインタビューは、昨今の社会情勢をかんがみて、2021年1月29日にリモートで実施しました。

あん・まくどなるどあんまくどなるど

カナダ生まれ。高校生だった1982年から1年間日本に滞在。1988年、熊本大学留学。全国環境保全型農業推進会議推進委員を務めたほか、気候変動に関する政府間パネルの評価報告書作成に携わる。「にほんの里100選」の選考委員。 2009年上智大学地球環境学研究科非常勤講師、2011年同大同科教授。

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