虐待から保護された子供に、
安心できる「家庭」を
安心できる「家庭」を
くれたけ法律事務所 弁護士 磯谷文明さん
長年にわたり、法律面で東京都の児童相談所を支援してきた弁護士であり、東京都児童福祉審議会、日弁連子どもの権利委員会など、多くの組織で委員を務める磯谷文明さん。児童虐待防止法が制定される前から、虐待や子供の権利の問題に取り組み、今年4月の「東京都子供への虐待の防止等に関する条例」の立案にも関わりました。虐待から子供たちを守る手段である里親制度について、その意義を聞きました。
虐待防止条例でも定められた、「里親制度」の推進
子供への虐待が大きな社会問題として取り上げられるなか、日本最大の自治体である東京都が虐待防止を条例にしたことは、「虐待から子供を断固として守る」という都の姿勢をはっきりと表した、画期的なことだと思います。2000年に施行された児童虐待防止法も改正を重ね、前進してきましたが、条例では、通告しやすい環境づくりや虐待を受けた子供へのサポートを定め、さらに事業者一般にも児童相談所への協力を求めるなど、法律よりも進んだ内容になっていると思います。
特に注目すべきなのは、体罰を禁止したことです。これにより、子供への体罰を「しつけのため」という親に対し、「それはいけないことです」とはっきり言えるようになりました。なぜ体罰がいけないかというと、暴力は必ずエスカレートするものだからです。最初は手をぺちっとはたいただけでも、徐々に「もっと力を加えないということをきかない」「もっと、もっと」と、激しい暴力になっていきます。最近の研究では、体罰や暴言が子供の脳に影響を与えることが明らかになってきました。
体罰についてはいまだに「効果的だ」と肯定する層も一定数います。その人たちを排除するのではなく、「ほかにやり方はなかったでしょうか」「たたかれた子供がどう感じたか想像してみましょう」「体罰に頼らない子育てのあり方を考えましょう」と、議論をしていくことが大切だと思います。罰則に結びつくものではありませんが、体罰はダメだとルールにきちんと書くことで、社会的に体罰肯定論が減ったという外国の例もありますので、大きな意味があると思います。
一方、子供にも、自分が守られるべき存在だと知る機会が必要です。条例の第8条では、学校やその他の場所で、都が子供の権利について子供たちを啓発し、相談先などの情報提供をすることを定めています。虐待をされていても「これは虐待だ」と思っていない子がいます。たたかれている自分を否定したい、つらくて忘れたいという感情が働くのもありますし、たたかれるのが普通という環境で育っている。そういう子に「たたかれるのはおかしい」と教えていく必要があります。普通の関係とはどういうものか、それを侵害されたときは「嫌だ」と声をあげ、助けを求めていいのだということを。

子供が安心できる場で、ケアをしていく
親がいない、事情があって親と生活できない、虐待されたなどの問題を抱える子供を、家庭に代わって公的に育てる仕組みを社会的養護といいます。虐待された子にとって、この社会的養護は非常に大事です。子供は傷ついていて、普通の家庭というものを知りません。保護するだけではなく、安心できる安全な場所で、温かく育まれて成長することが大切なのです。
里親制度は、社会的養護のなかの家庭的養護にあたります。その最大の特徴は、1対1で子供に対応できることです。児童養護施設も安全な場所を提供できますが、どうしても先生と大勢という関係になります。家庭という場だからこそ、愛着や、家族同士ぶつかっても修復していくなど、人間関係を学ぶことができます。虐待されるような家庭にいた子は、普通の生活習慣さえわからないので、将来成長して自分が家庭を持つときのモデルがなく、「家庭って何? わからない」ということになってしまいます。自分が親になったときに「どうふるまうか」は、無意識に自分が親から「どうふるまわれていたか」に影響されます。泣くと殴られる幼少期を過ごした人は、自分が親になって子供に泣かれたとき、頭が真っ白になってパニックを起こすことがあるのです。
また、里親家庭で愛情を注がれ「普通」を学ぶのは幼少の子供だけかというと、そうでもありません。私の知った例では、高校生になってから里親家庭に保護され、電話の受け答えや、家族で外出し、電車に乗るときのふるまいなど、私たちが当たり前と思っていたことを初めて経験できたという子がいました。年齢が高くなってからであっても、里親に委託される利点を再認識しました。

社会的養護の必要な子を、地域社会で受け入れる
里親に申し込んでくださる方は「子供を育てたい」「社会貢献がしたい」と意欲を持っておられますが、そこには覚悟も必要です。しばしば見られるのが子供の「試し行動」。主に小学校にあがる前くらいの年齢に見られ、「この人は本当に自分を迎えてくれるのか?」と試すように、いたずらや問題行動を起こすのです。家を汚したり、冷蔵庫の中身を外に出してしまったり、親が困るようなことを繰り返す子もいます。こうした行動は個人差もありますが、自分がこの場所に受け入れてもらえるのだと理解すれば、やんでいくものです。
また、思春期にも摩擦が起こることがあります。普通の家庭でも、この時期の反発はあるのですが、それに「しょせん他人なんだ」という要素を加えて、親に不満をぶつけるのです。里親をしていくなかで、そんな悩みにぶつかったときは、先輩里親の話を聞くことが有効です。定期的に集まる「里親サロン」で、お互いの悩みを話し、対処法をアドバイスする支え合いが行われています。
例えば、今は学齢期になる前に、「本当の親ではない」という真実告知をするようにお願いしています。思春期になってから知ると、衝撃の大きさから反発したり不信感をもったり、里親との決裂につながる可能性があるからです。また、産みの親にも感謝するよう教えます。子供は実親を否定しないで済むと、安心するのです。
東京都では里親を中心に、児童相談所、学校、医療機関、民間の里親支援団体、地域の子供家庭支援センターなどの関係機関がそれぞれ役割を果たし、チームで子供を養育していく体制を奨励しています。そのため、里親はこのようなチーム養育に理解のある人であってほしいと思います。里親以外の人も、虐待の報道を見て「かわいそう」と思ってくださるのであれば、その意識を一歩進めて、身近な地域のなかの社会的養護の子たちを見守り、ほかの子と等しく受け入れてほしいと思います。そうした寛容な地域社会をつくっていくことが大事でしょう。
いそがえ・ふみあき/1967年生まれ。東京大学法学部卒業。米国テンプル大学ロースクール修士課程修了。東京都児童相談所協力弁護士。98年に、子供たちのための活動に関わりたいという共通の志を持つ仲間と、共同でくれたけ法律事務所を設立。現在、日本弁護士連合会子どもの権利委員会事務局長、日本子ども虐待防止学会理事、法制審議会特別養子制度部会委員、同民法(親子法制)部会委員。






