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里親制度を知っていますか

子供は、自分だけを見てくれる人がいれば、
生きていける

シンガー・ソングライター 川嶋あいさん

澄んだ歌声と心にすっと染み入るメロディー、歌詞の素直なメッセージ。路上ライブから活動を始め、デビューして16年、多くの人を魅了する川嶋あいさんは、小さい頃から歌手になる夢をお母さんとともに追いかけてきました。実は、そのお母さんは産みの親ではなく、川嶋さんは3歳のときに児童養護施設から迎えられた里子でした。血のつながりがないと知ってからも、お母さんとの強い絆は揺るがなかったと語ります。

全身全霊をかけて愛してくれた母のもとで

私のつくる楽曲には、自分でも気づかないうちに、母に見てもらいたい、母だったらどんな言葉をかけてくれるかな、という思いが流れているかもしれません。母は私が16歳でデビューする直前に病気で亡くなってしまったのですが、ずっと、私が歌手になることを誰よりも応援してくれて、私だけを見つめ、あふれんばかりの愛情をかけて育ててくれました。父は私が10歳の時に病死しているので、母娘ふたりだけの家族になって、母のために歌手になりたい、母の夢をかなえたいという気持ちでがんばれた面があります。

血のつながりがないことを知ったのは、私が12歳の時でした。偶然、金庫の中にあった書類を見てしまって。私が知ってしまったことで、いつもは豪快で明るい母が、今まで見たことのない悲しい表情をしていました。父も母も、その事実を明かす気はまったくなかったようです。よく言われるような反発とか不信感は全然感じませんでした。目の前にいる人が、本当に全身全霊をかけて私に向き合ってくれているのを、子供なりに理解していたのだと思います。本当のお母さんじゃないことが、いつかどこかでしこりになったりするかな?とも考えたのですが、次の日からも母は変わらない笑顔で接してくれたので、そんな心配も忘れるくらいでした。血縁がないからといって反抗する必要はどこにもなかったのです。

私は生まれてすぐ乳児院に預けられ、2歳からは児童養護施設にいました。そこに養父母となる2人が会いにきてくれていた記憶があります。本当の両親だと思っていたので、いつうちに連れて帰ってくれるのかな、と思っていました。3歳の私は、誰かに教わらなくても、自分にはお父さんお母さんがいるはずだ、とその存在を探していたんじゃないかと思うんです。時々来るこの人たちがお父さんお母さんなんだろう、と期待したのでしょうね。

本当の親子にはない強い気持ちが、子供に伝わる

やっと両親のいる家に迎えられたはずでしたが、当初の私は泣きっぱなしで、「施設に帰る」と言い続けていたそうです。そこで困り果てた母が音楽教室の先生に相談し、私が音楽に興味を示しているのを見て、音楽とともに育てようと決めたようです。今になって母の気持ちを想像すると、母は、私が思う以上に私の親になりたかったんだと思います。私が離れてしまったらどうしよう、と不安だったのでしょう。

今、里親として子供を迎え入れている人たちも、本当の親子では感じないような強い思いを持っているのではないでしょうか。血のつながりがあると「なんとかなるだろう」と思ってしまうことも、里親は一生懸命向き合うでしょう? この子を育てるにはどうしたらいいか、と自問しながら……。子供にはその必死さが自然に伝わるから、安心して過ごせるのだと思います。

里親制度のイベントなどでは、里子を迎えることに不安や恐れを抱いていて、どう乗り越えようかと悩んでいる人を見かけます。子供の立場から言うと、自分だけを見てくれる人が一人でもいればそれでOKなんです。ほかの人がどんなに無関心だったとしても、その一人の言葉があれば生きていける。だから、うちの母のように、時間をかけて子供を見てあげてほしいと思います。たぶん、一緒に過ごす時間が親子を作っていくんです。

運命を受け入れて、奇跡の出会いを大切にする

私が実親のことを知りたいと思ったのは、母が亡くなってからでした。それまでは気にしていなかったのに、なぜこんな運命に生まれてきたんだろう、産みの親と離れ、本当の親だと思っていた両親ともまた別れが来て、母はあんなに楽しみにしてくれていた、私の歌手としての舞台を見ないで亡くなってしまった。自分の運命を卑下し、もがいていました。それで、目標としていた路上ライブ1000回を達成したあと、自分のいた施設を訪ねてみたんです。勇気がいりましたね。3歳までそこで過ごしていた自分と、今の自分が一致するのか、不安でした。

施設では当時の先生に再会できました。もう辞めている先生でしたが、偶然いらして、私はその先生が大好きだったことも思い出したんです。産みの母は、24歳の若さで亡くなっていましたが、私を望んで産んだこと、愛という名前をつけてくれたこともわかりました。施設の子供たちの前でライブもやらせてもらい、この子たちのためになるなら、自分の生い立ちのことを公表していこうとその時考えたんです。

私の歌の歌詞にもあるんですが、人と人が巡り会うことは一番の奇跡だと思っています。出会って、そこから生まれるものがあって、その時感じる幸せはお金でははかれないもの。奇跡はかならず誰にも来ると考えています。誰かが誰かを助ける出来事があって、お互いがかけがえのない存在になっていく。そういう心許せる存在を、みんなが大切にしていってほしいと思います。

夢や目標を自分に課して戦っていくやり方が好きなんです。失敗してもその先に新しいことや小さな成功があったら、すごくうれしい。それは母の愛情があったからというより、自分の根本的な性格だと思います。だから困っている人のことを知ると、何かせずにはいられないですね。中学生のときに知ったアフリカの貧困が頭から離れず、途上国に学校を作るNGOを立ち上げたのも自分に課した目標のひとつです。2006年からこれまでに世界の8カ所に学校を建設しています。国内の被災地にも、言いたいこと、泣きたいことを我慢している子供がいます。いつもまわりの大人の表情を見ながら自分がどう動くべきかを考えている。里子のなかにもそんな子がいるかもしれません。

私が考える「子供」とは、たとえ30歳を過ぎていても、そんなふうに他人の顔色を見ながらつらさを抱えて生きている人です。そういう子たちに何かしてあげたいなといつも思っています。一瞬で笑顔にさせられるように、音楽で力になれたらいいですね。

profile

かわしま・あい/1986年生まれ。2002年から路上で歌い始め、2003年渋谷公会堂でのライブを実現。I WiSHのaiとして人気番組の主題歌「明日への扉」でデビュー。06年からソロ活動をスタート。代表曲に、卒業ソングの定番「旅立ちの日に…」、「My Love」「compass」「大丈夫だよ」「とびら」など。ライフワークとしてボランティア活動にも積極的に参加している。

  • 虐待から保護された子供に、
    安心できる「家庭」を

    くれたけ法律事務所 弁護士 磯谷文明さん

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