われら専修人 仕事を通じて、世界が広がる。田中紀子 月刊誌『東京人』副編集長

「知らないことを知る。これが一番面白い」 願いに願って得た仕事で、実感している。
「誰かと話すことで、知識も視野も広がる」 その考えの原点は、大学時代にあった。

作り手の「面白い」が、読者を引き込む

 東京の魅力を伝える月刊誌『東京人』。田中紀子さんは、この雑誌の副編集長を務めている。

 東京という一都市を、歴史、文化、風俗、文学、建築、風景―多様なテーマで掘り下げる。それだけに毎号が、「ゼロからの出発」。多くの資料に当たり、たくさんの人の話を聞きながら、「最初の一読者のようなつもりで雑誌を作っている」という。

 「まずは作り手が面白いと思うこと。そうでなければ、読者は面白いと思わない」という編集長の言葉は、雑誌を作るうえで心に留めている。

 昨年8月号の特集「凸凹を遊ぶ 東京地形散歩」。企画のヒントは、プライベートで参加した“東京スリバチ学会”のフィールドワークにあった。高低差に注目しながら東京を歩いてみると、見慣れた街の違う顔が見えてきた。「これは面白い」。その思いは読者に伝わり、好調な売れ行きで増刷となった。
「街を歩いていると、建築や路地、商店街に自然と目が行く」という。これは仕事柄だけではなく、学生時代に身に付いた習慣でもあるそうだ。

 都市社会学の広田ゼミに学んだ学生時代。外国人が多く住む池袋や川崎のエスニシティ問題、金融街日本橋の昼夜間人口比率、水郷の町・千葉県佐原の水質浄化など、いくつもの街を調べ歩いた。その時磨かれた感覚は、今の仕事に活かされている。

願いが強かったから、縁もつながった

 今の仕事に就くまで、少し遠回りをした。

 子どもの頃から本が好きだった。高校時代は放送部に所属。そこで制作した地元静岡県三島市に伝わる民謡「農兵節」を取材したラジオ番組は、NHK杯全国高校放送コンテスト県内予選の3位に入賞した。「ものづくりの面白さを知った経験だった」。

 マスコミへの就職を目指し、マスコミ講座のある専修大学に進学。就職活動ではテレビ局、レコード会社、出版社の採用試験を受験した。だが、縁がなかった。卒業後は、アルバイトをしながらマスコミを目指した。

 金銭的には親の援助に頼らざるを得なかったが、そんな状況を両親は受け入れてくれた。「女の子だし、すぐに結婚して家庭に入るだろうと思っていたのかもしれませんが…」と前置きをしつつ、当時を振り返る。
「両親は私のやりたいことが東京にあることを分かってくれていました。アルバイト先での経験も、その時の私の人間形成には必要なものと思ってくれていたのだと思います」

 週2、3日のアルバイトは、NHK解説委員室で解説委員の秘書的な仕事。「専門家の方たちから学ぶことは多く、今の仕事にも役立っている」という。

 現在の仕事と繋がったのは卒業から1年後。学生時代から愛読していた雑誌『東京人』の編集部に電話をしてみると、たまたまアルバイトの空きがあった。NHKのアルバイトとかけ持ちしながら1年間、編集部でアルバイトとして働くと、その働きぶりが認められ、正社員として採用された。
「願いが強かったから、縁も繋がったのだと思っています」

 学生時代、周りから「我が強い」と言われた性格だ。頑なな思いが結ばれたのは、卒業から2年後のことだった。

人と話すことで、自分が分かる

 正社員になっておよそ1年半後、初めて特集記事を任された。97年11月号の特集「劇場へようこそ」。学生時代からよく観ていた演劇がテーマだった。自分の得意とするジャンルではあったが、それをいざ形にするとなると、「自分がいいと思ったものが、読者に受け入れてもらえるか怖かった」という。

 独りよがりな考えになってしまっていないか、別の見方はないか。自分の考えをできるだけ人に話し、意見をもらいながら考えた。当時、まだ駆け出しの劇団俳優だった、堺雅人、阿部サダヲ、マギーなどの初々しい姿を伝えた誌面―その出来には、「満足している」。

「人とコミュニケーションをとることで、知識や視野が広がる」。仕事でもプライベートでも、対話を大事にしているが、この考えの原点は大学時代にあった。

 今も心に残る哲学概論の授業。段ボール箱を被って外の世界を眺め暮らす男の奇妙な生活を描いた安部公房の小説『箱男』を題材に、「我」と「汝」という本質的な問いを投げかけられた。
「自分一人では何もできない。他者との関係性の中でしか自分は成立しない」。そんなメッセージを作品から受け取った。
「一人で本を読むこと、一人で映画を見ることも大切なことだけれど、それを誰かと話すこと、共有することによって知識は倍になり、より視野が広がると思います。そして、人と話すことで、自分と他人の違いを知ることができるし、そこで自分のやるべきこと、自分の個性もわかってくるのだと思います」

 仕事でも誰かと話すことで、「自分の足りなさを、相手によって知らされる」。だからこそ、「いつまでたっても、勉強の日々」なのだと。そして、それが楽しいと実感している。
「この仕事の面白さは、今まで知らなかったことを知ることができることです。仕事を通じて、自分の世界が広がっていると強く感じています」

月刊『東京人』

月刊『東京人』
毎月3日発行
都市出版株式会社
定価900円(本体857円+税)
今年、創刊28周年を迎えた月刊誌。東京という一都市を題材としながらも、豪華な執筆陣と凝ったビジュアルで、首都圏以外にも読者は多い

たなかのりこ●72年静岡生まれ。94年専修大学文学部人文学科卒。95年都市出版株式会社にアルバイトとして入社、96年正社員に。07 年より副編集長。趣味は、演劇・映画観賞、読書、そして、若き日の祖父母が過ごした台湾を旅行すること。

写真・渡邉茂樹/文・舘野孝之(ジ アース教育新社)