われら専修人 vol.17 スポーツ写真で人の心を動かしたい! 松本かおり フリーカメラマン

ラグビーの現場を主戦場にスポーツ写真を撮り続けている松本かおりさん。
2011年、2015年のラグビーW杯を撮影し、今年日本で開催されるW杯も、
クルーの一人として現地に乗り込む予定の彼女のルーツを探っていくと、
中学生時代の一枚の写真に行きつきました。

きっかけは、1枚の写真


松本 かおりさん

中学からバスケットボールをはじめて、高校では「もっとうまくなりたい」と強豪校に進学しました。でも、私にはレベルが高すぎたんです。

自宅から遠い学校まで通って、へとへとになるまで練習する毎日でした。疲れてしまって、授業中はよく寝ていたものです。ダメな生徒ですよね。そのくらいバスケに打ち込んでいたのですが、卒業するまで一度も公式戦に出ることはできませんでした。悔しいし、情けないと思ったことは一度や二度ではありません。挫けそうになったことも何度もありました。そんなとき、自分を励ましてくれたのが、一枚の写真でした。

それは、中学時代の試合中の写真です。先輩のお父さんが撮影してくれたもので、コートの外へ出そうなボールへ必死に手を伸ばす私が写っていました。シュートを決めた瞬間などと違って、別にカッコいいプレーをしているわけではありません。でも、その写真の中にいる自分の表情を見ていると、バスケが好きなことやひたむきさが伝わってきて、元気がわいてくるんです。

「写真って、すごいな」と思いました。たった一枚で選手に力を与えられるんですから。私も、こんな写真を撮りたい──そう思ったのが、カメラマンを志望するようになった原点です。でも、このときから明確にカメラマンを目指し始めたのかというと、そうでもありません。バスケの雑誌もよく読んでいて、私の中では写真と記事がセットになっていたので、スポーツに関わるマスメディアへ進めたらいいなと、漠然と考える程度だったからです。

ラグビーの魅力にどっぷりとはまる

進学先を考えるとき、真っ先に思い浮かべたのは写真を学べる芸術系の大学でしたが、学費が高くて、親に申し訳ないな、と。専修大学を選んだのは、大学のパンフレットを山のように取り寄せて調べているうち、マスメディアについて学べることを知ったからです。

入学後、専大スポーツ編集部と出会えたことも、スポーツカメラマンになる、大きなきっかけの一つでした。『ニュース専修』に掲載されていた部員募集の記事を目にして、ワクワクしながら部室を訪ねたことは、今でもはっきり覚えています。部室はボロボロで、周りをアメフト部に囲まれた汗臭い部屋でしたが、そんなことは気になりませんでした。

貸し出された一眼レフカメラでアメフトの試合を撮影したのが、カメラマンとしてのデビューです。露出とシャッタースピードの関係など分からずにフィルムカメラで撮影した写真は、ブレていたり、写っていなかったりと、散々な出来でしたが(笑)。

そんな失敗を繰り返しながら、少しずつカメラを覚えていき、1年の秋頃から担当を持つようになりました。女子バスケ、アイスホッケー、相撲、陸上、そしてラグビーです。どの競技も撮影するのは楽しかったのですが、ラグビー部のみなさんは、撮影に行くととても喜んでくれるので、通う回数が徐々に増えていきました。監督やコーチからも「選手たちに写真を焼き増してあげて」と頼まれるなど、私の写真で誰かが喜んでくれるという実感を一番得られたのがラグビーだったんです。


大学2年生時。ラグビー部の納会で4年生と

公式戦は全試合撮影に行き、夏合宿や納会などにもお邪魔して撮り続けました。あまりにも気持ちが入り過ぎて勝敗に一喜一憂しているとき、ふと「自分は部員じゃない」と虚しさのようなものを感じることがあったため、自分で自分の気持ちを抑えなければと思うほど、いつのまにかラグビーにはまっていました。

私が専大スポーツ編集部に在籍した4年間、ラグビー部はずっと2部でしたが、一度だけ入れ替え戦まで進んだことがあります。結局、1部に上がることはできませんでしたが、入れ替え戦出場を決めた試合の写真は、私にとって、もっとも思い出深いものの一つになっています。勝ちを決めた瞬間、ベンチの選手と観客席を写した一枚で、喜びを爆発させている人や噛みしめている人、隣同士で喜び合う人など、みなさんが、とてもいい表情をしているのです。今にも写真から声が聞こえてきそうだと、コーチにもほめていただきました。

好きなことを仕事にする幸せ

大学時代は、専大スポーツだけでなくゼミにも力を注ぎました。ありがたい偶然だったのですが、私が入学した年に、元岩波書店の編集者だった川上隆志先生が専大の教授になられて、私がいた基礎ゼミを担当してくださったのです。先生も教授1年生だったこともあって、「何をしようか?」と学生と一緒になって授業をつくっていく感じで、とても楽しいゼミでした。1年間かけて自分たちで雑誌をつくるという課題では、東京オリンピックを題材に記事をつくりました。築地の移転問題についていろいろな先生に取材したり、記者会見に潜入したりしたことは、いい思い出です。


卒業式。送り出してくれた専スポの部員たちと

専大スポーツでも、撮影だけでなく、取材・記事作成もしていたので、就職活動では新聞社や出版社の記者職を志望しました。無事、編集プロダクションから内定もいただき、在学中からアルバイトとして仕事も始めていたのですが……。ラグビー部のOBと日本選手権を観に行ったとき、「今までのようにラグビーに行けなくなるね」という話になって、残念な気持ちをクドクドと話していたんです。すると突然、先輩がラグビーマガジン編集部で働く知人に電話をし始めて。しかも、ちょうどアルバイトを募集していたところなので、一度話をしませんかというんです。即決しましたよ。後日、内定を辞退した編集プロダクションからはものすごく叱られましたが、気持ちは固まっていたので後悔はしていません。あれから9年。ラグビーマガジン編集部にアルバイトとして入り、撮影できることをアピールして、少しずつカメラマンとしての仕事を増やしてきました。現在は、フリーカメラマンとして依頼をいただけるようになっています。2011年と2015年のラグビーW杯も撮影に行くことができました。誌面を飾った写真も、だいぶ増えてきましたし、先日は個展を開くこともできました。

でも、いまだに心から満足できる写真を撮れたという手応えはありません。むしろ、撮れば撮るほど、自分が下手になっていくような感覚すらあります。その理由が、写真を知るにつれて、自分の中の理想が高くなっているからであれば、いいのですが。

いずれにしても、今年は日本でW杯が開催されるので、少しでもラグビーの魅力を伝えられる写真を撮れるよう、今からはりきっています。そして、いつの日か、心から満足できる写真、見た人が元気づけられる、そんな力を持った写真を、この手で撮影したいと思っています。(談)


昨年9月24日の関東大学リーグ戦、法政大に29年ぶりに勝利した試合も撮影。試合終盤、サヨナラトライを奪った夏井勇大選手

まつもと かおり●1987(昭和62)年生まれ。広島県出身。専修大学文学部日本語日本文学科卒業。大学1年次に専大スポーツ編集部に入部し、ラグビー担当となる。卒業後はベースボール・マガジン社『ラグビーマガジン』編集部に編集補助として入り、現在はフリーランスのカメラマンとして活躍。2016年冬に東京で、2019年春に青森・弘前にて個展を開催。