
2012年、専修大学3年の時、所属していた体操部で練習中に頸椎を損傷、
一時は首から下が完全麻痺となった大山晃司さん。リハビリの過程で
さまざまなスポーツに挑戦しながら、障がい者アーチェリー競技と出会う。
感覚ゼロの状態から回復して個人練習を重ね、17年には全国大会で優勝、
日本代表入りするなど、将来を期待されるアスリートとして注目されている。

中学の頃、部活の帰り道に友達といたファーストフードで、若い警察官に声をかけられました。未成年が喫煙しているとの通報を受けたそうで、カバンの中、ポケットの中を確認されたんですが、その方が「君たち高校生に見えたよ。大人っぽいね!」とフレンドリーで、カッコよく見えて。この時から「自分も警察官になりたい」と思うようになったのです。
私は専大3年の時に体操部の練習中、事故に遭ってしまい、頚椎損傷で首から下がまったく動かなくなる状況に。「すべてが終わった」と思う日々を送るなか、機能回復の専門医の方に「この1年頑張るかどうかで、あなたの一生が変わる」と言われて、「じゃあ、やってやろう。もしかしたら警察官になれるかもしれない」という気持ちになり、リハビリに取り組みました。
リハビリでは担当の先生が、自分が身体を動かすイメージをした時に腕を曲げてくれたり、伸ばしてくれたり。ひたすらその繰り返し。何度も繰り返しているうちに親指が“ピクッ”と動いて、それは感動しましたね。
当時、石村修教授のゼミで憲法を勉強していましたが、自分がケガをしてから先生は何度も病院に足を運んでくださって、なんとか自分を卒業させたい、と力を尽くしてくださいました。学校には通えませんでしたが、お陰様で卒業させていただき感謝しています。
2013年、そのケガをした翌年に、警視庁の障がい者枠を知り、公務員試験を受け、同年は試験で落ち、14年は一次を通るも面接で落ちて。いったん一般企業に就職したのですが、どうにも諦めきれず、15年に改めて受験し、警察行政職員として採用されました。


ケガしてからの1年間、もはや自分にはリハビリをするしか道がなかったので、死に物狂いです。その一環として、もともとサッカー、体操とやっていたこともあり、何かしらの“競技”をやりたいという思いがあって、スポーツをやりました。水泳やウィルチェアーラグビー(車いすラグビー)に取り組んだのですが、水泳は一人で泳ぐには動作が難しく、車いすも腕の力が必要で、競技として続けることはできないな、と。そんな頃、都内の障がい者スポーツセンターを見学し、車いすに乗りながら“的”を見つめて射っているアーチェリー選手に会ったんです。私は首から下に麻痺があり、今でも右腕が上がらず弓を引けません。しかし、足で弓を引く人もいるという話を聞いて、自分でも動画サイトを探すと、口で弓を引いている海外の選手が。このスタイルなら自分でもできるかなと思い、アーチェリーを始めてみたのが警視庁に採用された16年の初頭です。
最初は初心者教室からスタートし、教室が終わってからも射場に通い、弓を借りて撃つ。自分の弓を買ってからは本格的に練習を開始し、1年間はひたすら練習に打ち込みました。17年からは公認の記録会に出るようになって、その年の秋、全国大会が東京であり、優勝しちゃった、という感じですね(笑)。この大会には国際大会出場経験者、日本代表選手も出場しており、優勝できるとは夢にも思っておらず、「試合に慣れること」「一試合やり切ること」を目標にしていて、結果は二の次でした。
ここで優勝したことが、自分にとって自信となり、それは大きかったかなと思いますね。それからは、より大きな大会を目指せるのではないか? という期待が出てきたように思います。
自分が所属する「W1」というクラスは、日常生活から車いすに乗っていて、腕や体幹に障がいがある人が50メートル先の的をめがけて矢を放つスタイルです。計72本を射ち、合計点で順位が決まっていきますが、国際試合ではこの72本の結果で予選順位が決まり、そこからトーナメントのマッチ戦がスタートします。15本勝負で1対1の戦い、1本のミスも許されない緊迫したなかで行われ、予選だけで2~3時間かかります。天気が雨でも、的が倒れるぐらいの強風、もしくは雷雨でなければ試合中止にはなりません。


日々のトレーニングは基本的に一人で練習しており、練習場で友人や先輩方がいれば、その都度アドバイスをもらっています。競技を始めた頃は、ちょうど入庁した時期で、仕事についていくだけで精いっぱいでしたが、それでも土日の休みを使い練習し、現在は仕事終わりにも練習します。
17年には、シーズン通算成績が日本代表入りの条件を満たし、翌年には自分も代表として初めての世界大会「2018WRTドバイ大会」に出場。このドバイへの移動は、私の身体への負担が大きく、宿舎で寝落ちのような状況で、食生活の順応も難しかったものです。残念ながら3位決定戦で負けてしまいましたが、国際試合でマッチ戦に出場できたのはいい経験です。
また、海外の選手は大きく、腕も太く、風にも揺らぐことのない身体をしている。世界で戦うためには身体を大きくすることが重要だな、と感じましたね。その年はドバイ、イタリア、インドネシアに参戦し、世界での経験を積んできました。
3つの世界大会の経験から、遠征慣れが必要だと実感し、そのために国内でも、あえて地方の大会にエントリーし、土日にかけて前泊し、試合に出て、翌日仕事に行く、というハードなスケジュールをこなしています。

19年は世界選手権の代表入りができず、秋にタイの大会へ出場しましたが結果は残せませんでした。競技人生は長いので、腕を磨いて次のチャンスに備えています。また、スポーツは勝ち負けだけじゃない。アーチェリーで得る経験を糧に、試合結果だけにこだわることなく、これからも続けていきたいですね。専大を退職された石村先生をはじめ、職場や地域で支えてくださっている方々の声援に報いていきたいと思っています。(談)
おおやまこうじ●1991(平成3)年生まれ。千葉県松戸市出身。専修大学松戸高校卒。専修大学法学部法律学科卒。大学を卒業後に一般企業に就職。中学時代からの夢を捨てきれず、公務員試験を受け、平成28年に警視庁に入庁、月島署会計課所属。翌年の平成29年には障がい者アーチェリーの全国大会で優勝。平成30年の世界大会、「2018WRTドバイ大会」にて個人4位の成績を収める。