
専修大学卒業後、イギリス、ギリシャ、アメリカと国を移りながら海外で15年以上生活を送っている松本久代さん。ギリシャでの日本国大使館勤務を経て、2016年から在シカゴ日本国総領事館で広報担当を務めている。異国での道を志向するようになった経緯、国外暮らしでの気づきなどを、帰国中のタイミングでうかがった。

屈託なくはっきりと通る口調から、国際人としての生きる力を感じた。
専修大学文学部を卒業以降、海外で生活を続ける松本久代さん。現在は、アメリカ中西部イリノイ州の大都市・シカゴにある在シカゴ日本国総領事館に勤務し、広報担当官として日本文化の発信、普及に尽力している。


「ロサンゼルスやニューヨークに比べて、シカゴ周辺は、まだまだ日本文化が市民権を得ていません。日本酒をたしなむ人たちもいますが富裕層がほとんどで、日本では庶民の味として親しまれているラーメンなどもあまり知られていない、もしくは、食べたことのない人がほとんどです」
そこで、現地の人たちに少しでも日本文化に親しんでもらえるよう、イベントを開いたり、SNSで情報を発信する日々だという。
特にイベントは、日本酒のテイスティングを実施したり、落語家を招いて一席設けたり、毎回工夫を凝らしているそうだ。2019年には、日本のラーメン関連企業が同国に集まる展示会「ラーメンエキスポ」がシカゴで開催されたことを受けて、ラーメンのテイスティングイベントを企画。日本から有名なラーメン店の調理人やラーメンどんぶりのメーカーの人に来てもらい、地元レストラン経営者などを招いて楽しんでもらったという。

「大切なのは、日本文化をいかに地元へ広めるか。それを考え抜いた企画を練ることです。レストラン経営者から“ビジネスになる”と思ってもらえれば、シカゴにラーメン店が誕生して一般の人が親しむきっかけになるかもしれませんからね。同様に、日本酒を紹介するときも、ステーキなどアメリカの食事にあう銘柄を選ぶことで、『日常的に楽しめるお酒』だと認識してもらえる機会を増やすようにしています」
ラーメンのイベントでは、ラーメンよりもどんぶりが注目を集めていたというが、「そうした想定外のことも含めて、ビジネスチャンスが生まれ、日本とシカゴの結びつきを強めることができれば、すべて結果オーライ!」だと、楽しそうに話す。


ところで、なぜ海外での仕事を選んだのだろうか?
「もともと英語に力を入れている高校に通っていたこともあり、同級生には海外志向の子がたくさんいました。また当時、テレビで途上国の現状やその発展に尽力する日本人の特集などを見て、漠然と国連で働きたいとの思いもあって」
専大では3年次から廣田康夫先生(現名誉教授)のゼミに入り、移民コミュニティーに関する研究を選んだのも、そんな気持ちがあったからだ。
「東京の大久保で韓国や中国人コミュニティーを、群馬県太田市ではブラジル人コミュニティーをフィールドワークにできたことは、いい思い出になっています。でも、海外の大学院へ進みたい、海外で暮らしたいという気持ちを決定づけたのは、同じ3年次から過ごした国際研修館での1年半でした」
また、今の松本さんがあるのは、生田校舎の国際研修館(在学時。現在は国際交流会館)での「レジデントアシスタント」経験からだという。
国際研修館とは、海外留学生を迎え入れるための学内寮で、レジデントアシスタントはそこで留学生と共に生活し、学生生活をサポートする学生ボランティアのこと。TOEFLを勉強するために通っていた生田9号館の国際交流事務課でレジデントアシスタント募集のチラシを見つけたとき、「英語を身につけるのにピッタリの環境」だと即応募したという。
松本さんがそう思うのも道理だ。レジデントアシスタントは、基本的に4人部屋で留学生と寝食を共にする(現在は1室2名)ため、英語で会話する機会が必然的に多くなる。短期留学で訪日する学生も多いため、この間にフランスやイギリス、アメリカ、アジアなど、さまざまな文化圏の外国人と濃密な時間を過ごすことができた。
自己主張が非常に強かったり、極端にマイペースだったりと、それまで自分の周りにはいなかったタイプの同年代と何人も出会ったそうだ。
「ロシアとアイスランドの子がエアコンの設定温度で大喧嘩して、どちらも譲らなかったため、部屋替えになったこともありましたね。日本人同士なら、どこかで譲り合って関係を修復しようとすると思うのですが、彼女たちは自分の意見を主張することにためらいがなくて」

こんな調子で、日々カルチャーショックの連続だったことも、とても刺激的で楽しかったと笑う。
「異文化に触れることは楽しい! と思える自分を知ったことで、私は海外で文化の違う人たちと働きながら暮らしたいのだ、と本気で考えるようになったと思います」
専大を卒業後、松本さんはイギリスの大学院へ進学。途上国における開発プロジェクトのマネジメント手法などを学べる「開発経済」を専攻する。国連職員となって途上国の発展に貢献したいという気持ちがあったからだ。
しかし、主に途上国からきている同級生たちを見るうち、やがてその思いに疑問を感じるようになる。政府から派遣されてきた彼らの多くは、帰国すれば仕事があるといった甘えもあるのか、真剣に学ぼうという姿勢に欠けているのではないか、と感じ始めたのだ。真面目に勉強しているのは、本来この学問を必要としている彼らではなく、松本さんを含む数名の日本人のほうだった。
「国連職員となるためには、途上国で数年のボランティア経験が必須とのこともあり、そもそも何のために貢献したかったのか、気持ちが揺らいでしまい……」
そんなとき、心の隙間にスルリと入り込んできたのが、ギリシャだった。旅行で訪れたギリシャに松本さんは魅了されたのだという。

「ギリシャ人は、日本人に似たところがあります。外国の人をもてなす気持ちが強く、家族同士のつながりをとても大切にするのです。茨城県の田舎育ちで、親戚同士の付き合いを重視する文化の中で育ってきた私には、ギリシャ人の考え方がとてもしっくりきました」
そこで、大学院を出た後、イギリスの国立病院で医療事務職員として働きながら、ギリシャで働く機会をうかがっていた。そして、SNSで参加していたギリシャ在住の日本人コミュニティーで、日本国大使館が専門調査員を募集していると知ったときには、迷いもなく応募。採用後、すぐさま同国に渡る。
同大使館では経済班に所属して、ギリシャ経済で起こったことを日本外務省に報告したり、ギリシャに進出している日系企業の支援などを担当していた。
「入職後、ちょうどギリシャ危機が始まる直前だったこともあり、ギリシャ国債を発行する役所の長官に何度も会いにいったことも。日本で同国債を保有する機関が、財務省を通じて問い合わせてきたからです。慌ただしい日々でしたが、刺激的で面白い経験でしたね」


さらに、国外での暮らしをかさねていくにつれて、日本の良さを再認識するようになったそうだ。丁寧で責任感が強く、人に対する心遣いや思いをくみ取ろうとする細やかさといった日本人気質、国民皆保険制度や保育園の無償化のような社会制度など、海外では稀有な独自の文化・風土・仕組みのありがたみを実感するようになる。
「大学生の頃、私は就活をする気すらなく(笑)、大卒を対象にした新卒採用には懐疑的だったのですが、今はそのありがたさがよくわかります。欧米では経験が重視されるため、就ける職種は限定されてしまいますからね」
国外から見ると、未経験でも多様な職種が選べる新卒採用制度は、学生にとって、とても可能性に満ちた制度のようだ。また、コロナ禍により一時帰国中の松本さんは、子供を保育園に無償で預けているが、こうした制度もアメリカにはないという。一方、日本人の働き方も世界では特有のものだと松本さんは続ける。
「海外では残業などしません。定時になれば帰りますし、休みの日は仕事のメールは見ず、返信もしてこない。だから、日本の組織で働く人が外国のスタッフとビジネスで上手に付き合おうと思うなら、日本で当たり前の考え方は、ひとまず捨てることです」
“相手が察してくれるだろう”といった日本人的発想は忘れて、“相手に何をしてほしいのか、なぜこれをする必要があるのかを事細かく説明する”ことがコミュニケーションを図る上でとても重要になる。
「ただ、相手の文化を尊重して、誠意を尽くしながら意思疎通の手順さえ間違えなければ、外国の人であろうとなかろうと、最後は人と人のつながりや信頼関係で何とかなるものです」
長年、国際社会に根ざし、日本人の総領事の下、ローカルスタッフと協力しながら業務を遂行する立場にある松本さんの言葉だけに説得力がある。
海外暮らしの苦労を知り、母国の良さを実感しているのなら、日本へ戻ってくる気はないのだろうか。
「日本の良さを再認識しても、帰ろうという気持ちはまだありません。飽きっぽい私にとっては、異文化と触れることで得られる刺激が楽しいからかな」
今でも思いは国際研修館で暮らしていたときと、ちっとも変わっていないと語る松本さん。海外に軸足を構え、そこから母国をサポートする仕事がつくづく向いているのだろう。
写真提供=松本さん
まつもと ひさよ●茨城県出身。専修大学文学部人文学科を卒業後、国際貢献を志してイギリスで大学院に進学。修了後は同国国立病院で医療事務に従事、その後ギリシャへ移住し、日本国大使館の専門調査員として着任。2016年に渡米、在シカゴ日本国総領事館で経済班を2年務め、現在は同館広報文化センターで広報業務を担当。プライベートではギリシャ人の夫、一児と暮らす。