われら専修人 vol.26 “好きなこと”を仕事にするなら NO.1でなければ意味がない

 専修大学卒業後、トヨタ自動車のグループディーラーに入社しカーセールスの世界へ飛び込んだ小川浩史さん。常に顧客を思い、現在はレクサスブランドのトップセールスとして活躍を続けている。モノが売れない、といわれる時代にあって、頂点を制し続けるその実績を支えているのは、ごくシンプルな一つの思いだった。


はじめて自分で購入した愛車、トヨタ・MR2と

清潔感のある落ち着いた立ち居振る舞い、相手が話しやすい間のとり方、行き届いた気遣い
──小川浩史さんの第一印象は、さすがトヨタ自動車のプレミアムブランド「レクサス」のトップセールスだと感じさせるものだった。長期にわたるトレーニングと厳しい審査によって選びぬかれた「レクサススペシャリスト」でもある。専修大学を卒業後、入社したトヨタ自動車のグループディーラー・トヨタビスタ北千葉(現ネッツトヨタ東都)から、13年前にレクサス市川(千葉県船橋市)へ転籍。以降、常に営業成績トップを獲得しているというのも頷けるだけの雰囲気を身にまとっている。

売ることに心血注ぐ超問題児


“イケイケ”だったトヨタビスタ北千葉時代の小川さん。営業マンには見えない長髪がトレードマーク

 しかし、トヨタビスタ時代の彼は、今とはかなり印象が違った。肩くらいまである長髪で、やんちゃな「超問題児」だったという。

 「『売ればいいんでしょ』。当時は、本気でそう思っていました。担当エリアの一戸建てを片っ端から飛び込み訪問したり、高校時代お世話になった体育講師の教官室へ通いつめて紹介を依頼したり。お客様に気に入ってもらうため、芝刈りを手伝ったこともあります。お客様が希望している、人気がある抽選待ちのナンバープレートを取ることに何カ月もかけたり、予算が足りず純正パーツを取り付けられない方には、割安なOEM供給品をこっそり勧めたりと、車を売るためにできることなら何でもしました」

 その営業スタイルは、ときに破天荒でさえあった。ある特定の地域でしか購入することができない限定車というものがあるのだが、小川さんはそれをインターネットオークションで“勝手に”販売してしまったのだ。これは会社の販売戦略を逸脱した行為で、当然社内で大問題となり、こってりと絞られることとなった。

 ところが、当の本人は、ここでも「売れたのだから、いいでしょ」とあまり意に介さず、態度を改めることもなかった。それだけの実績を上げていたからだ。小川さんは入社2年目に新人営業として「新人王賞」を受賞。3年目には店舗内で営業成績トップを獲得し、5年目でトヨタビスタ全社のトップに輝いている。この年から4年連続でトヨタ自動車スタッフ年間優秀賞も獲得するなど、「強気になる」のも仕方がないほどの成績を残していた。

 実は、これほどまで、がむしゃらに結果を求めたことには理由があった。

両親の反対を押し切り“好き”を仕事に


常に「やりきる」ことを心掛けていれば、ピンチに陥ったときも過去の自分自身が気持ちを奮い立たせてくれると小川さん

 小さい頃から車好きだった小川さんは、18歳で自動車免許を取ってからは運転することに魅せられていく。免許取得後しばらくは、父親の車を運転する経験しかなかったものの、ハンドルを握る楽しさを知るほどに「自分の車を持ちたい」という思いが日に日に強くなっていく。大学へ通う電車の中や、授業の合間は、むさぼるように自動車雑誌を読み込んだ。

 念願がかなったのは、21歳のとき。中古のトヨタ・MR2を手に入れたことで、車への思いはさらに加速していくことになる。

 「大学時代に盛り上がった車への熱はいまも冷めることがなく、店舗で扱っているレクサスに加えて輸入車、他社オープンカーなど計5台に加えバイクまでを所有しています。運転が好きなのはもちろんですが、日常整備や簡単な修理、部品交換、カスタムからレストアまで自分でやっていて、15年前からは耐久レースに参戦。国内A級ライセンスも保有しています」

 これほど車好きなのだから、いまの仕事は天職といえるだろう。

 実は、この道へ進むきっかけとなったのは、叔父のひと言だった。大学3年次、たまたま実家へ泊まりにきていた叔父から「就職するなら大手企業か、それでなければ、好きなことを仕事にしなさい」と言われ、これが進路に悩んでいた彼の背中を押したのだという。

 しかし、銀行員だった両親は、安定した仕事を希望していた。子どもの頃の小川さんは、初対面の人を前にすると親の後ろに隠れてしまうようなところがあった。当時の印象が強かったのだろう、いまの会社に入社することを知った両親は「お前に歩合の営業職は無理だ!」と猛烈に反対した。

 一方、自分なりに相当悩んだ末、進路を決めた小川さんは考えを変えるつもりはなく、両親の意向を振り切って好きなことを仕事に選んだ。その手前、なんとしても結果を出して両親を見返したい、という気持ちがより強まったという。

 「もともと負けず嫌いなところがあり、どうせやるなら上を目指そうとする性格ですが、両親への反発が『絶対トップになってやる』という思いに直結していったのは事実です」

 持ち前の上昇志向に、両親への対抗心がスパイスとなって十二分に力を発揮。実績を上げ続けていることが評価されていった。やがて、トヨタ自動車が北米地域のみで販売していたレクサスブランドを国内でも展開することに。小川さんは、その新店舗の開業準備に向けたプロジェクトチームへ大抜擢されることになったのだが、ここで大きな壁にぶつかるのである。

プレミアムカーの“上質な体験”を伝える


「営業は、あらゆる体験や知識が肥やしになる仕事。だから、専修大学時代に学んだ法律知識も、バンドを組んでライブをしたことも、アウトドアサークルでの体験も、すべてが今に活きています」

 レクサスはプレミアムブランドであり、ブランドイメージを守るために安売りはしない。トヨタビスタ北千葉に在籍していたとき、小川さんに限らず多くの営業にとって“値引き”は売るための大きな武器だった。ところが、レクサスへ転籍してからは、その武器を封じられたことにより、それまでの営業スタイルを一から変えなければならなくなったのだ。

 「値引きは、購入するかどうかで迷っているお客様の決断を促す最後のひと押しになることが少なくありません。それに代わる武器が見つからず、迷っていた私の目を開かせてくれたのが、菊谷先生です」

 株式会社インクの代表取締役を務める菊谷聡氏は、レクサスブランド全般の研修をトヨタ自動車から一任されている凄腕講師だ。そして、彼が教えてくれたことの一つが、ライフスタイル提案型の営業だったという。

 「まず、自分の意識を“売る”から“買っていただく”へと転換します。そのうえで、買っていただくために、どうするかを考える。その答えが、『レクサスというプレミアムカーに乗る』意味を自分が理解して、お客様がレクサスを手に入れることで、ライフスタイルがどう変化するのかを示すことでした」

 A地点からB地点まで移動するだけなら軽自動車でも十分事足りる。しかし、プレミアムカーとは移動自体を「上質な体験」にしてくれるものだ。広い室内スペースや疲れにくく座り心地の良いシート、圧倒的な静粛性、滑らかでシームレスな加速──。

 「プレミアムカーに乗ると、良い服を着て良い場所に出かけたくなります。食べるものも変わるし、文字通り見える世界が変わるのです。自社のレクサスはもちろん、菊谷先生に勧められて、レクサス以外の様々な輸入車も購入したのですが、本当に“移動が上質な体験になる”のだと実感しました。この感覚をぜひお客様にも知っていただきたい。体感していただきたい。そう思うようになったおかげで、営業スタイルは180度変わりました」

自分のためだけでなくレクサス全体のために

 レクサスを通して顧客に何を感じてもらいたいのかを見極めるには、より深く相手のことを考える必要がある。顧客の立場に立ち、顧客の目線で考え、幸せになっていただけるようなサービスを提供する。そこを突き詰めるようになったことで、「ライフスタイルに合わなければ売らない」という判断を下すようにもなったという。「売ること」がゴールではなく、買っていただいた車に「満足していただくこと」がゴールだからだ。

 こんなことがあった。ある7人家族の父親が、レクサスのクーペを購入する気満々で来店したのだが、母親や子どもたちは乗り気ではなく、店内にも入ってこない。その様子を見て「これでは、ご家族の皆さんからレクサスのファンになっていただくことは難しい」と判断し、購入をお断りしたのだという。こう話す小川さんに、“売る”ことを最優先していた、かつての姿はもはやない。

 近年はカーシェアリングが普及し、特に若者の間では自動車の所有欲が低下しているといわれる。それでも小川さんは、自動車の魅力を顧客にもっと知ってもらうため、販売の最前線にいる自分たちがスキルを高めることで、一人でも多くレクサスのファンを増やそうとしている。全国のレクサススペシャリストを対象に、小川さんが中心となって自己研鑽団体「ナイトスペシャリスト会」を設立。会社としては別であるグループディーラー同士の垣根を越えるだけでなく、トヨタ自動車の役員やチーフエンジニアにも加わってもらい、不定期ながら懇親会を兼ねた勉強会を開催しているという。いつの間にか、彼の視野は自身の成績からお客様へ、そして、レクサス全体へと広がっていたようだ。

 「これからも常に最前線で、たくさんのお客様に車の魅力をお伝えしていきたいんです。もちろん会社員として上を目指し、偉くもなりたいですが、どうしても販売現場は離れたくない。だから“取締役営業マン”を目指します」

 そう笑う小川さんには、“好きなこと”を仕事にできた喜びが満ちていた。専修大学在学時に加速した車への思いは、ますます輝きを増している。

(2021年5月12日取材)

専修大学校友会誌 Adonis(アドニス)No.96より転載

おがわ・ひろふみ●1975年7月生まれ。北海道函館市出身。専修大学松戸高等学校から専修大学法学部法律学科へ進む。1998年に卒業後、好きなことを仕事にするためカーディーラーに就職。以来、トップセールスとして現在に至る。長期研修と厳しい審査によって選ばれる「レクサススペシャリスト」認定者。