
専修大学時代から本格的にチアリーディングに取り組みはじめ、本場NFLのチアリーダーとしても活躍した中山麻紀子さん。現在は、株式会社チアリングインターナショナル代表として経営にも手腕を発揮している彼女が伝えたいものとは……。
中山麻紀子さんがチアリーディング(以下、チア)に出合ったのは、高校3年生のときだった。それまで運動部とは無縁で過ごしてきたが、友人に頼まれて野球部を応援するためのチアリーディングチームへ加わることに。そこで、かつてないほどの衝撃を受けたのだ。
「普段はふざけてばかりいるクラスの男子たちが真剣にプレーしている姿にも驚きましたが、汗をかいて一生懸命に応援すると、選手たちがそれに応えるかのように良いプレーを見せてくれることに感激しました。応援することがこんなにも楽しくて、相手がそれに応えてくれることが自分にも、すごいエネルギーを与えてくれることを知り、虜になったんです」

そんなとき、専修大学(以下、専大)のチアリーダー部「BLASTS」が大会で好成績を収め、テレビで紹介されているのを目にする。演技中の映像も流れ、そのアクションや技にも惹かれた彼女は、「専修大学に進み、ここでチアをしたい」と決意した。
運動部ではなかった中山さんにとって、「BLASTS」での練習は楽なものではなかったという。腕立て伏せや腹筋、ランニングといった基礎トレーニングすら、初めての経験だったからだ。
ただ、それをつらいと思うよりも、「楽しくて仕方なかった」と当時を振り返る。
「野球やラグビー、アメフトなど体育会の応援とチアの大会に向けて、仲間たちと練習を重ねていくのですが、次第にみんなの中で絆が生まれてくるんです」
チアの技には、空中高く選手を飛ばしたり、それを受け止めたりするものがあるのだが、成功させるためには選手同士の信頼感が欠かせない。「必ず受け止めてくれる」と信じているからこそ、伸びやかな演技ができるし、最高の笑顔が湧き出てくるからだ。
一方で、危険な技であるため、ケガをすることも少なくない。中山さんも仲間を受け止めるとき、相手の体が顔にぶつかって鼻の骨を折ったことがあるという。インタビュー中にその話をする彼女は「ぶつかったメンバーの気分を悪くしてしまったのではないかと、心配しました」と続けた。自分は鼻を骨折しているのに、相手を気遣う──このひと言からも、仲間同士の絆がどれほど強いものだったのかがうかがい知れる。
「今ではそれぞれ仕事も違えば、住んでいる場所もバラバラです。でも当時の仲間とはつながっていますし、時間があれば集まっています。会えば当時の感覚に戻って笑い合える関係は、良いものです」

大学生活の中でより一層チアにはまった中山さんは、より高いレベルで学びたいと、専大の姉妹校であるオレゴン大学にあるチアのチーム「DUCKS」を目指す。しかし、オレゴン大学の学生でも同チームのメンバーになるには2日間のトライアウトに参加するという高いハードルが課されている。そもそも同大学付属の語学学校に留学していた中山さんは、正式メンバーにはなれない。ただ、その程度では諦めない。「何とか入ることはできないか」と、「DUCKS」のコーチを日参。その熱意を買われて、アシスタントとして練習に参加することを許されたのだ。
念願叶って、加入することのできたオレゴン大学のチアリーディングチームは、日本にいたときとまるで違った。専大「BLASTS」では体育会系のノリが強く、練習中はピリピリとした空気が流れ、技が失敗しないように神経を尖らせる。それを当たり前だと思っていた。ところがオレゴン大学では、みんな真剣に厳しい練習へと取り組んでいるものの、その雰囲気はとても明るく、メンバー誰もが楽しんでいたのだ。何か失敗したときもコーチが口にするのは「That's OK(大丈夫だよ)」。雰囲気も文化もまったく違うことに衝撃を受けたという。
「みんな楽しめているからこそ、明るい雰囲気が醸成され、成長できる。チアのあるべき姿だと感じました」
その感覚は、中山さんが高校時代に初めて味わった、チアの楽しさに近いものがあったのだろう。ここからますます、その世界へのめり込んでいくことになる。

帰国後、就職先を探すときも、チアが軸となった。当時、日本のアメリカンフットボールリーグである「Xリーグ」に競技チームとチアを擁していたオンワード樫山に入社。そこでチアに打ち込んだ。そうして技に磨きをかけていった結果、XリーグオールスターチアリーダーやUSAオールスターチアリーダーにも選ばれた。そして2002年には、本場NFLワシントン・レッドスキンズチアリーダーズオーディションに、日本人として初めて合格したのだ。
「最高峰のチアにはどのような人がいて、どんな練習をしているのかを知りたかった。オレゴン大学の仲間たちは、努力家で成績もよくて素晴らしい。そんな彼女たちでも落ちてしまう最高峰がどんなものなのか、体感してみたかったんです」

チアの最高峰はどんなものか、それはオーディションから体感することとなった。中山さんは「参加者全員がライバル」だと思って臨んだが、現場には「助け合いみんなで受かろう」という雰囲気があり、オーディション経験者が率先してさまざまなことを教えてくれたという。
オーディション参加者からしてそうなのだから、ワシントン・レッドスキンズのチアもまさしく、素晴らしい人々の集まりだった。
「自立した女性たちで、自分の考えを持ち、それを発信していける。かといって、他人を貶めるようなことはせず、相手への思いやりも忘れない。そういう人たちの中に入る自分のことを誇らしく思えるほど、貴重で素晴らしい体験でした」
3年間、ワシントン・レッドスキンズのチアリーダーを務めたあと、本場で学んだことを日本の女性たちに伝授したいと帰国。当時、千葉ロッテマリーンズで監督をしていたボビー・バレンタイン氏と偶然出会ったことをきっかけに、ロッテのチアリーディングチーム創設に挑む。しかし、これによって、日本でアメリカと同様のチームをつくるのは時期尚早だと思い知ることになった。
「女性の意見はどうせ受け入れられないという雰囲気で、発言しない。日本のジェンダーギャップ問題は深刻でした。ここを無視してチアリーディングチームをつくっても、私が伝えたい本場のチアを実現することはできません。それなら子供たちに“チア道”を教え、身につけてもらうことで、自立した女性を増やす後押しをできればと、CheerRing School(チアリングスクール)を設立したのです」

中山さんは子供たちに伝えたい、“3つのC”を掲げる。「Confidence(自信)」「Compassion(思いやり)」「Communication(発信)」だ。日本ではおとなしく、ある意味で控えめなことが良しとされる。しかし、チアにおいて発言をしない、発信をしないことは、自分の意見を持っていないと見なされ、マイナスにとられてしまうという。
「だから自分で考え、意見を持ち、自信を持って発信しよう、と。ただ、周りがそれを聞いてくれなければ、自信を失い意見することに憶病になってしまうかもしれません。そこで大切になるのが、思いやりです。相手が話すことに耳を傾けて吸収する。互いを思いやれれば本当の意味でチームになることができるし、だからこそ意見を出し合ってより良いものにしていこうという気持ちも生まれるでしょう。この好循環の中で学び、育つことで、自立した大人の女性になってもらいたいのです」
現在、「CheerRing School」は国内外20校にまで拡大し、ダンスをしながら英語も学べる「POP Ring English」も開校。今後は“チア道”を学べる企業研修プログラムの提供や、女性起業家を支援する事業も始める予定だという。
「YouTubeチャンネルも立ち上げて、エンパワーメントのような活動も始めます。輝く女性を増やすため、やりたいことはまだまだたくさんあるんです。そして、新しいことに1つでも多く挑戦しながら、私自身も、まだまだ輝いていたいと思っています」
(2023年2月11日取材)
専修大学校友会誌 鳳翼No.103より転載
なかやま まきこ●千葉県出身、1975年生まれ。2000年に経済学部経済学科卒業。元NFLワシントン・レッドスキンズ(現在はワシントン・コマンダーズ)チアリーダー。プロ野球やプロバスケットボールなどのチアリーダーチーム・ダンスチームにおけるエンターテインメントディレクターを経て2006年に株式会社チアリングインターナショナルを設立。
