
幼い頃から物語を書くのが好きだったという井上亜樹子さん。
祖父、父ともに脚本家という家で育ち、創作はごく自然の行為だった。
大学在学中に小説家の道を拓き、現在は脚本家としても活躍する。
井上さんが現在の道に至るまでと、その仕事、また創作への想いを語っていただいた。
井上亜樹子さんは大学在学中に『小説 仮面ライダーディケイド 門矢士の世界~レンズの中の箱庭~』にて小説を発表し、テレビアニメ『魔法つかいプリキュア!』にて脚本家としてもデビューした。以降、数々の作品に脚本家として参加し、2024年には『仮面ライダーガッチャード』の第19話にて、自身初となる特撮作品の脚本を担当。実は、この仮面ライダーシリーズへの参加は特撮ファンの間で大きな話題となっていた。その理由は井上さんの祖父の伊上勝(ペンネーム)氏、父の井上敏樹氏も特撮作品をはじめとする脚本家であったことから、ファンからは“井上家の三代目”として大いに注目されていたのだ。
「注目されたのはとてもありがたいです。また、『プレッシャーを感じるのでは?』という声もいただきます。ですが、生まれつきそういう家庭だったので、子どもの頃から作品をつくることは私にとって普通のことでした。結局私が出すものは私のものでしかないので、それ以上でもそれ以下でもなく、自分にはどうしようもないところでもあります」
井上さんの言葉には、自身の背景よりも作品を見て欲しいという想いが込められているようだった。


「子どもの頃、文字が書けるようになってからずっと、話を書くということが唯一の趣味でした。初詣で神様に『傑作が書けますように』とお祈りするような子どもでした」
幼い頃から、物語をつくり出すことが楽しかったと語る井上さん。誰に教えられたわけでもなく、ごく自然に自分で物語をつくっていたという。大学進学時には最も関心のある日本文学の学科のある学校の中から専修大学を受験、合格し、大学生活がスタートした。
実は大学生の頃、出席日数が足りず、学校から家に手紙が届くことがあったがこれも物語の世界にのめり込んだのが原因だった。
「あまり真面目な生徒とはいえず、大学1年生、2年生は半分ぐらいしか学校に行っていませんでした(笑)。当時、学校に行かずに何をしていたかといえば、日本の近代文学が好きで、ずっと読み漁っていました。その読書経験が今の仕事に役立っているという感じはあります」
好きな作家は谷崎潤一郎で、小説に登場する、ぎりぎりの境界線に立っている人物に特に惹かれるという。
「大学生時代は友達と行動するタイプではなく、一人で教室で食事していても苦にならない、あまり寂しがり屋ではない性格でした」
しかし興味のあることには積極的な一面があり、1年次には「夏休みに北海道に行きたいから」という理由で、「北海道道人会」という連合県人会に参加。希望が叶って、1年の夏休みに北海道に行くことができた。ほかにも国際交流や映画など、興味の赴くままに積極的にサークルに加入したが、それ以上に学生時代、特に熱を入れたのはゼミだ。そこでの経験は彼女のその後の人生を決定づけることになる。
「実は専修大学に入学したのも日本語日本文学科のほかに、文芸創作ゼミがあったからです。小林恭二先生の文芸創作ゼミに参加しました。ゼミでの活動により改めて自分にとって書くことが好きなんだと再確認し、将来は小説をはじめとする、なんらかの創作物で食べていきたいという思いに至りました」
当時の小林ゼミでは、ゼミ生が自ら小説を書き、それを全員の前で音読、その場で、ゼミ生や教授から感想をダイレクトに言ってもらうといった、真剣勝負的な活動が行われていたという。
「なかなか気骨のあるゼミで、この経験がいまにすごく生きている部分でもあります。脚本家は毎週の打ち合わせで、提出物に対してさまざまな意見をもらい、その意見と戦ったり、受け入れたりする作業があります。人からの批評に慣れていない若手にとっては、大きなハードルになりますが、私はその耐性をゼミで身につけることが出来て、とてもいい経験をさせてもらえました」
当時の小林ゼミは50名程度の学生が籍を置いており、約半数に分かれて作品の発表が行われていた。
「当時、私が書いていた作品は、同世代の女性を主人公にした一人称ものでした。内容は誰からも共感を呼ぶというよりも、他人が理解できるギリギリのラインの感情を狙っていきたいと思っていました。例えば、絵に対する異常な執着や、ぼんやりした寂しさといった、『こんなこと考えるヤツいる? うーんいるかも』、というところを描きたいと考えていました」
ゼミ生は年間約3本のペースで作品を発表し、互いに批評することで切磋琢磨していた。幼い頃から物語をつくりたいと考えていた井上さんにとって、それは充実した日々となり、将来創作に携わって生きていきたいという思いは次第に強くなっていく。そんな折、転機が訪れる。
「就職活動では、就活生がきちんと“世界に羽ばたく”準備が出来ていることに驚きました。私は子どもの頃から、自分の夢の世界みたいなものに浸っていたいという思いが強くて、社会の一員になることは自分の世界をある意味で壊されてしまうという感情を抱いていました」
就職に迷いが生まれた頃、父である敏樹さんに自身の作品を見てもらった。
「子どもの頃から何度も作品を読んでもらっていますが、『いまの流行りや売れそうなものではなく、ちゃんと亜樹子らしさがあっていい』と感想を言ってくれました」
これをきっかけに『仮面ライダーディケイド』の小説版となる、『小説 仮面ライダーディケイド 門矢士の世界~レンズの中の箱庭~』にて“鐘弘亜樹”の名前で小説家としてデビューに至った。この作品が評価され、小説版『ふたりはプリキュア』につながり、さらに『魔法つかいプリキュア!』の脚本執筆に参加し、脚本家の仲間入りをする。


改めて、脚本家の仕事がどのようなものなのか、また、アニメや特撮の脚本が出来上がるまで、どのようなプロセスを踏むのか井上さんに説明してもらった。
「『脚本家はセリフまで書くの?』と聞かれることがよくありますが、まさに私たちの仕事は“セリフを書く”仕事になります。また、場面転換や演者の動きなども脚本として上げていきます。脚本が仕上がるまでのプロセスは、まずプロデューサーから、このような内容でいきたいと発注を受け、つくりたい話の説明が口頭であります」
シリーズものであれば、その時点で魔法使い物やヒーロー物など、大きな枠組みとおもちゃの販売スケジュールが決定しており、メインのライターのもと、キャラクターや世界観がつくられている。プロデューサーから各話の発注が行われる際には、その話数のおおまかなエピソードが説明される。
「プロデューサーの注文は発注メモにまとめられ、渡されることもありますが、発注メモはその後のプロットの段階で大きく変わることもあります」
脚本家は発注の約1週間後にプロットを用意し、それを持って“シナリオ打ち”という会議が行われる。打ち合わせでさまざまな意見を受け、約1週間で初稿を制作し、再度“シナリオ打ち”を経て第2稿を上げる。その後は“入稿打ち”といわれる打ち合わせの工程に入る。
最初の発注からプロット提出まで1週間、さらに初稿提出まで1週間と、非常にタイトなスケジュールで脚本制作は進められる。
「“やるしかない”というか、“慣れている”というか、アニメでもスケジュールとしては週一のペースで進んでいくので、逆にそれ以上の時間があっても、持て余してしまいます。ただ特に特撮は撮影スケジュールがあるため、風邪などで体調を崩して休んでしまうと、かなり大変なことになる、というプレッシャーは常にあります」
第一線で活躍する井上さんだが、「自分がずっとこの仕事を続けていくのだ」と思ったのは、意外にもここ数年だという。
「脚本家の仕事は自分一人の意思だけではどうにもならないことが多くあります。来年はたくさんお声がけをいただけるのか、そうではないのか、わからないことが多く、目の前でできることを一つひとつ頑張っていこうと」
特撮、アニメともに大勢が関わりチームで制作は進められていく。それだけに仕事を始めた当初は自身の想像を形にする創作と、仕事との違いに難しさを感じた。
「自分で作品をつくるには、自分のなかの内的世界を表現するだけで良かったのですが、既存のキャラクター、世界観のなかで大人の事情なども汲みつつ、作家性を出す必要があります。それぞれの両立が難しいと感じていました」
ところで、父である敏樹さんから作家としての矜持や、脚本家の仕事について、学ぶことも多いのだろうか。
「私は父の作品をそこまで多く見ていないんです。直接学んだということもほぼなく、デビュー当時に『ソードガイ』というアニメ作品で一緒に仕事をした際、その仕事ぶりを見て『打ち合わせってこういう雰囲気なんだ』『脚本から書くってこういう感じなんだ』とふんわりとしたことを実地で感じました」
同作品において井上さんは各話のサブのシナリオライターとして入っていたが、父とは師弟のような関係ではなかったという。
むしろ、師匠として多くを学んだのは『アイカツ!』『妖怪ウォッチ』などの脚本を手掛けた加藤陽一氏だと語る。
「多くの現場でご一緒させていただき、私は加藤さんに育てていただいたという認識があります。ただ、加藤さんは『弟子は取らない主義』とおっしゃっているので、私は弟子ではないのでしょう(笑)」
着実に経験と実績を積み重ねていく井上さんに、脚本家、作家としての「井上亜樹子らしさ」について尋ねた。
「“つまらない”セリフを書かないようには気をつけています。でも全てのセリフを面白くしようとすると、胃もたれする感じになるので、要所、要所で、私らしいセリフを入れるように心がけています」
幼少期から続く、井上さんの創作の源泉はどこから出てくるものなのだろうか。
「やはりいろいろな作品を見る事です。マンガでもアニメでも映画でも何でも良いのですが、全くそういうものに触れない日というのはないですね。とはいえ、何本もプロットや初稿の締切が重なると、正直アイデアが出てこない時もありますが、意外と髪を乾かしている時など、日常生活のふとした瞬間に、イメージが浮かんできたりします(笑)」
作品にはその時の自分が少なからず反映されるという井上さん。少女時代には、不思議な女の子たちが異世界空間で活躍する話、仕事をはじめたばかりの頃は、これまで殻に閉じこもっていた主人公が世界に羽ばたくような話を書いたという。現在は脚本というある種の制約がある創作物のなかで、「井上亜樹子らしさ」を追い求めている。
この機会に井上さんの作品に興味を持った人に、井上さん自身がぜひ見ていただきたいと思う作品を尋ねた。
「私のなかで転機になった作品は『ゲゲゲの鬼太郎』の第6期だと思っています。そのなかでも「霊形手術」という話があり、はじめて脚本家として自分を出すことのバランスが取れた作品だと思います」
現在の井上さんをつくり上げたともいえる専修大学の文芸創作ゼミにて、知り合った後輩女性がいる。
井上さんは、現在、その後輩に時々仕事を手伝ってもらっている。井上さんを世に送り出した小林ゼミから、また新たな才能が世に出てくることもそう遠くないのかもしれない。
(2024年8月取材)
専修大学校友会誌 鳳翼No.109より転載

いのうえ・あきこ●東京都出身。専修大学在学時に『小説 仮面ライダーディケイド 門矢士の世界~レンズの中の箱庭~』(ペンネーム・鐘弘亜樹)にて小説家デビュー。次いで『小説ふたりはプリキュア』を発表し、その縁で、テレビアニメ『魔法つかいプリキュア!』にて脚本家デビュー。脚本家としては『HUGっと!プリキュア』、『ゲゲゲの鬼太郎』(第6期)、『ONE PIECE』、『メジャーセカンド』、『デュエル・マスターズ』シリーズなど多くの作品を手掛ける。児童書では『おしりたんてい』のスピンオフ作品『すずのまたたびデイズ はちゃめちゃパティシエしゅぎょう』(ポプラ社)など多数。
※テレビアニメ、特撮テレビドラマについては単独の脚本ではなく、複数の方が脚本を担当されています。